写真はイメージです

 日常生活で目にしたり、買っていたりする商品に、ネーミングを変えてからヒットし、愛用されているモノがあるんです。ネーミング変更の裏側とは──。

『三陰交をあたためる』⇒『まるでこたつソックス』

■脱いで60分後も温かさ持続=「こたつ」を確信

 寒さが増すシーズンを迎え、こたつでほっこり温まりたい。そんな温かさが伝わるストレートな商品名の靴下『まるでこたつソックス』が、『三陰交をあたためる』からネーミング変更して人気を集めている。

漢方をイメージしたパッケージと商品名は不発に(左)。人気の「まるでこたつソックス』は靴下業界では異例の、商品に触れない仕様のパッケージも話題に(右)

 2018年に70周年を迎える靴下メーカーの岡本は、2013年に『三陰交をあたためる』を発売した。三陰交は、足のくるぶしの指3本分ぐらい上にあるツボで、刺激すると冷えに効くといわれている。冷え対策の靴下として、明治国際医療大学と共同開発した特許技術の温熱刺激を使い、商品化。冷えに悩むシニア世代をターゲットに、漢方をイメージしたパッケージにした。

「シニア世代といっても50代、60代のマインドは若く、“上の世代をイメージしたパッケージ”といった意見も寄せられ、売れ行きは不調でした。商品は、弊社の特許技術を生かしており、自信はありましたが、それを売り上げに結びつけるためリブランディング(再構築)することになりました」(岡本マーケティング戦略室広報担当・淺井有希さん)

 同時期には、『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』がベストセラーになり、足下への関心が集まっていた。そうした背景を受けて、毎日はく靴下で、美しく、健康になるためのサプリメントのような商品をコンセプトにした、『靴下サプリシリーズ』を開発。『三陰交──』は、シリーズ商品のひとつで、2015年秋に『まるでこたつソックス』としてリニューアル発売された。

「当時の担当者が打ち合わせを重ねるなかで、“まるでこたつみたいだね”という意見が出ました。商品は、脱いでから60分後も温かさが持続することが実証されていて、こたつと言い切ってもいいのではないか。また、他社との差別化にもなるため商品名にしました」(同)

 靴下サプリシリーズは13種類が販売され、主力商品の着圧タイプの靴下以上に、『まるでこたつ──』が人気に。秋冬の数量限定商品だが、予想以上のペースで完売。2016年は、前年比約4倍量産したが、予定数をオーバーし、売り上げは、’13年の『三陰交──』と比べると、実に17倍以上にのぼった。

「ネーミングがわかりやすいと好評です。テレビで紹介されたことや利用者によるSNSでの拡散が人気の要因にもなっています」(同)

 今季は、前年以上に量産し、新商品『まるでこたつレッグウォーマー』が販売されている。

『缶入り煎茶』⇒『お~いお茶』

■きっかけは問い合わせと大学生の意識調査

 1990年に発売された世界初のペットボトル入り緑茶『お~いお茶』は、『缶入り煎茶』から誕生した。

缶入り煎茶は、緑茶市場の活性化を目指し1984年に発売。ネーミング変更した『お〜いお茶』は30年、支持されている

『缶入り煎茶』は1984年に商品化されたが、当時は“お茶はタダで飲むもの”といった意識が強く、小売り店や消費者には抵抗感があった。営業にも苦労するなか、新幹線のホームで弁当と一緒にプラスチック容器入りの緑茶が売られていることに目をつけ、弁当店や当時増え始めたコンビニエンスストアに販路を求めた。

 取扱店舗は増えたが、売り上げは伸び悩んだ。低迷していた緑茶(リーフ)市場の活性化と知名度向上を信念としていたが、消費者から「“煎茶”の読み方がわからない」と問い合わせが入った。

 その後も「まえ茶? ぜん茶?」「日本のお茶か?」といった声が相次いだことをきっかけに、大学生の意識調査を実施することにした。その調査で「日本茶をなんと呼ぶか?」の問いに、ダントツ1位は「緑茶」、「日本茶」「グリーンティー」が続き、「煎茶」は4位という結果に衝撃を受けた。

 そうした結果を受けて、若年層との認識のギャップに商品価値の見直しを図ることになった。

 緑茶は家庭的で、自然な飲み物であることを訴求することや、台頭するコンビニのショーケースから消費者に語りかけるイメージと、’68年からCMに出演していた、俳優の島田正吾さん(故人)が、おっとりとした口調で呼びかけるなじみのあったフレーズ『お~いお茶』を商品名にした。容器のデザインは自然な飲み物を具現化するため、古くは水筒にも使われた竹をイメージした。

 ’89年に『お~いお茶』へとリニューアル発売された初年度の売り上げは40億円で、『缶入り煎茶』発売初年度と比べると約6倍に! 翌年のペットボトル入りが販売されて以降、売り上げは右肩上がり。

『お~いお茶』は、2000年秋には、飲料業界で初めてホット用ペットボトル飲料として発売され、翌年には、約10社が参入、市場拡大を牽引した。’09年に発売20周年を迎え、累計販売本数は150億本(500mlペットボトル換算)を突破している。

 今では海外や訪日外国人にも人気の緑茶ブームの一翼を担っている。

『日清カップカレーライス』⇒『日清カレーメシ』

■新ジャンルのカレーにシフトチェンジ

日清『カップカレーライス』は商品名に消費者の期待値が大きかった(左)。佐藤可士和さんプロデュースでモデルチェンジした『日清カレーメシ』(中)。現在は、湯かけ調理で容器の形が変わった『日清カレーメシ』(右)

 国民食のカレーライスを即席カップライスにした『日清カレーメシ』。現在では、日清食品を代表するブランドのひとつに成長しており、カレー以外にも、『ハヤシメシ』など、さまざまなバリエーションも販売されている。だが過去には、わずか半年余りでネーミング変更した経緯があった。

 カレーメシの前身となる『日清カップカレーライス』は、ライス、カレールー、具材が一緒になったボックス型の容器に水を入れて、電子レンジでチンするだけの調理の簡便性を売りに、2013年9月に発売された。

 消費者からのおいしさに対する評価は非常に高かったものの「ごはんとカレールーが分かれていない」「最初から混ざっているのは、カレーライスじゃない」といった意見が多く寄せられた。こうした反響を受けて、ブランドコンセプトを見直すことになった。トータルプロデュースは、ユニクロのロゴデザインなどで知られるアートディレクターの佐藤可士和さんが手がけた。

 ルーでもレトルトでもない、新ジャンルのカレーをイメージさせ、かつシンプルでわかりやすい『カレーメシ』とし、デザインも一新して’14年4月に発売した。

 ブランドコミュニケーションでは、“理解不能な新しさ”をコンセプトに、ターゲットを若年層の男性に絞り、ゆるキャラ“カレーメシくん”が登場するユニークなCMやSNSを展開。「カレーメシって何?」「ヤバい、面白い、おいしい」「ぶっ飛んでいる」など、大反響を呼ぶことになった。

「『カップカレーライス』は、販売期間が半年だけだったこともありブランド認知度が低かったので、『カレーメシ』は、まったく新しい食品として受け入れられたと思います」(日清食品ブランドマネージャーの金子大介さん)

 2016年8月には、電子レンジ調理からカップにお湯を注ぐだけの“湯かけ調理”にリニューアル。さらに調理が手軽になったこともあって、リニューアル後、1年間の売り上げが、前年比の2倍に。

 ブランド誕生から4年、認知度も売り上げもアップし、『日経トレンディ』で“2017年ヒット商品ベスト30”にも選ばれている。

『モイスチャーティシュ』⇒『鼻セレブ』

■100案から命名、鼻アップの動物写真も人気に

 日常生活の必需品、ティッシュ。その中でも、“保湿ティッシュ”の代名詞ともいえる『鼻セレブ』。その前身は1996年発売の『モイスチャーティシュ』だが、当時は“保湿ティッシュ”というカテゴリーが確立していなかったことや、パッケージデザインが店頭で目立ちにくいなどの要因で、苦戦した。

現行品の『鼻セレブ』のパッケージには子ヤギにかわって、子ブタの写真が使われている

 購入利用者からは、「使用感がとてもよい、デザインも品のある美しい青色で高級感がある」といった好意的な声がある一方で、保湿ティッシュを手に取ったことのない消費者も多かった。そのため、商品を試してもらうための方法を模索するなか、ネーミングやパッケージデザインの変更が検討された。

「当時、モイスチャーティシュを担当していた企画部員・デザイナーなどの企画会議において、代案となる商品名が100案近くあがりました。そのなかのひとつが『鼻セレブ』でした。当時の企画部長が、その商品名にピンときたことをきっかけに、その素案を時間をかけて現在のデザインまでにブラッシュアップし、商品化にこぎつけました」(王子ネピアマーケティング本部)。

 当初は、人間の鼻をデザインして面白さを押し出そうという意見もあったが、“しっとりふわふわ”“やわらかい”など商品イメージにもあった、白くてふわふわした動物をパッケージに採用。

 2004年にリニューアルした『鼻セレブ』が誕生した。発売直後から、ネーミングやデザインに「かわいい」「癒される」「おしゃれ」「面白い」といった多くの反応が寄せられ、保湿ティッシュの認知アップと利用者が増えた。発売翌年の’05年以降は、販売店舗数が加速し、売り上げは現在も『モイスチャーティシュ』の10倍以上になっている。

「ネーミングだけでなくデザインも併せて『鼻セレブ』であると感じています。今後も、お客さまに親しんでいただけること、身近に感じて可愛がっていただけることを第一に商品づくりに取り組んでいきたいと思っております」(同)

名前と消費者の主観・感覚がマッチした結果

 マーケティング論、広告論、ブランド論が専門の目白大学経営学部講師・越川靖子先生は次のように分析する。

「ブランドネームはいわば“名は体を表す”である。名前変更で売り上げがよくなるのは、ブランドコンセプトを表現する名前と消費者の主観・感覚とがマッチするからだといえる。

『まるでこたつソックス』は使用効果をストレートに理解させ、『鼻セレブ』はセレブという贅沢なイメージから鼻へのソフトな肌触りを連想させ、『カレーメシ』はカテゴリー創造による新奇性を感じさせ、『お~いお茶』は、父が「お~い(お母さん) お茶(いれて)」と言う姿を想像させる。

 このように私たちは言葉から何らかの解釈・意味づけを行い、ブランドイメージをもつ。ブランドネームは、これらを記憶から思い出す“取っ手”の役割をし、よくできた名前ほど購買時に一連の記憶が無意識によみがえり選択されやすく、購買や売り上げにつながる」