「あの人がいなくても、あの家は変わらんでしょ。だから逮捕されたからってどうってことはないの。あの家があのままあることが問題なの」
ゴミ屋敷の近隣住民は、ゴミ屋敷の主が暴行容疑で逮捕されたことを受けても問題解決にならない現状をそう嘆く。
「自分は芸術家だ」と15年前から空き缶集め
11月21日昼ごろ、ゴミ屋敷のゴミを片づけようとした女性に暴力をふるったとして、愛知県警中署は、無職・相澤秀行容疑者(61)を暴行容疑の現行犯で逮捕した。
相澤容疑者が路上に放置していたゴミを、女性が容疑者宅の敷地内に移動したことに激高し、女性の衣服の右肩部分をつかんで、引っ張る暴行を加えたという。現場にいた警官が犯行現場を目撃し、現行犯逮捕した。
古参の住民によれば、
「あの家は40年前に建てられました。しゃれたきれいな家でしょう。ベランダがあって窓に柵まであって、当時としては最先端。タイル張りの壁とか、ピカピカ光っていましたよ」
周囲の羨望を集めるような3階建てのお屋敷だった。
「最初はね、今から15年前に、空き缶を集め始めたんですよ。それから」
近所の男性が、おしゃれな屋敷がゴミ屋敷に変貌し始める経緯を話す。
「自分は芸術家だって言ってた。空き缶で芸術をやっていると。最初はそう言っていたよ。そうしたら“空き缶をあいつのところに持っていけば、処理してくれる”といろんな人が持って来るようになった。そうこうしているうちに、どんどんたまっていくわけよ」
空き缶からやがて衣類、食器、大型家具など集められるゴミは無秩序に増えだした。
困った周辺住民は、何とかしてくれと行政に相談する。名古屋市役所の担当者の話。
「最初の相談は、2008年ごろだったと記憶しています。当時はまだ、道路まで出ていなかったと思いますけど、敷地内にかなりの物品が堆積しているという情報はいただきました」
町内会でも当初、相澤容疑者に何度も改善を申し入れたことがあった。
ゴミを「資源」と主張
「以前は、積極的に声をかけていたんだけど、何をしても無駄でね。町内会で総会をするんですが、基本的には関わらないでおこうと。見捨てるというのではなく、あきらめですよ、こちらとしては」
と町内会関係者がため息まじりに明かす。
「家からはみ出たもの、われわれにはゴミだとしか見えないものを資源と主張する。見解の相違ですよ。それが延々と続くんです。話してもわかってもらえない人に言うのは、ストレスがたまるだけ。周辺の環境価値も下がるし、もう大迷惑をかけているわけです。
道も通りにくくなって、もともと通学路だったのに、わざわざそれを変更したんですよ。危険ですからね。でも本人は、迷惑をかけているなんて思っていない。勝手に変更したと思っているだけだから」
今やあふれるゴミは屋敷内を占領し、隣地を侵食し、当の本人は家の外で暮らすという事態になっている。
「ひどいときは歩道にゴミがはみ出して、そこに座っていますからね。家の中に入れないから。寝るときも外、ガレージで寝ているらしいですよ。
家の表で鍋を炊くなんて誰が想像できますか。以前は寒いときに段ボールで囲ってガスボンベで鍋をやっていたよ。消防署の人にも言うんだけど、これでもし火事が起きたらどうするんだって。火事が起きる前に消防車は来ないわけだから火事があってからじゃ遅いんです。以前一度、ボヤ騒ぎを起こしているんだよ」
と前出・町内会関係者。住民の不安とフラストレーションはたまる一方だ。
周辺住民の訴えもあり、名古屋市は、11月の市議会にゴミ屋敷問題に関する条例案を提出した。
市役所担当者が再び話す。
「ゴミばかりではなく、資源、財産といった物品の堆積によって周辺に悪影響を与えている場合があります。例えば道路にはみ出ているとか、道路際に可燃物があり放火のおそれがあるとかですね。そういう状態を不良な状態と定義いたしまして行政で指導勧告命令、最終的には行政代執行ができるという議案です」
条例の審議について、前出・町内会関係者は、
「進んだといえば進んだ。でも行政代執行が行われたとして、私有地内は何もできないと思うよ。財産権もあるわけだから。家の中は山積みのまんまで、前の道路がきれいになるくらいじゃない」
と成り行きに過度の期待はしない。
そもそもどうやって生計を立てているのか?
「無職なのに生活ができているのは、お母さんから仕送りをもらっているから。もとは材木屋の息子なんですよ。異母兄がいるんだけど、その子は賢くてね。お父さんが亡くなったあとはその長男が跡を継いだんですよ。でも働かない弟がいる。要は邪魔なわけでしょ。それで財産分けをして、あの立派な家が建ったんですよ」(同)
と家族内でも居場所はなかったようだ。
根底には寂しさがあるのでは
関西大学社会学部で社会心理学を研究している池内裕美教授は、ゴミ屋敷の住人について、
「ホーディング・ディスオーダーという病気です」
大量に物を収集することをやめられなくなると指摘。
「コレクションと違いホーディングは無秩序で、目の前にあるもの全部、自分のものになりそうなものは、手っ取り早く持って帰ってしまう。本人にしかわからないポリシーがあるかもしれませんが、他人にはそれは一切わからない。なかなか治らない病気です」
発症のきっかけとしては、幼少期に欲しいものが手に入らない経験をした、大事な人を失った、地域から孤立しているなどが考えられる。
「唯一、コントロールできるものが物。だから自分にとっては宝なのかもしれないですね。空虚感がちょっと満たされることを学習すれば、やめられなくなる一種の依存ととらえられなくはない。おそらく、複数の要因があると思いますが、根底には寂しさがあると思いますね」(同・池内教授)
市役所も、そういった点のケアを目指しており、
「行政代執行だけで片づけても解決にはならないと思っています。条例には、福祉の関係につなぐとか、本人に対する支援対策も入れております」
来年4月の施行を目指すがゴミ屋敷が一掃される魔法の法律になるのか、周辺住民は注視している。