昨年から今年、2年にわたって著名人の「不倫報道」がさかんにおこなわれた。それによるバッシングに辟易(へきえき)としている人も多いのではないだろうか。
結婚していながら他の人を好きになる、結婚している人を好きになるのが「不倫」と言われているのだが、それなら「結婚」という形態をとらなければ「不倫」はなくなるわけで、世の中で言われているほど「悪事」なのかどうか誰にも決めようがないのではないだろうか。
ともあれ、不倫といえども「恋」ではある。人はなぜ「いけない」と思いながら道ならぬ恋にはまるのか。亀山早苗さんの著書『人はなぜ不倫をするのか』(SB新書)では、そんな人間を多角的に考えたくて、脳研究者や行動遺伝学、ジェンダー研究、宗教学などの学者たちにインタビューを重ねている。
人間も動物である。それならもっとも原始的な生きもののひとつである昆虫は、どうやって恋をするのか。そして動物行動学から考えると、婚姻関係にあるものが他の異性と関係をもつことは御法度なのか。この問題に、昆虫学と動物行動学の研究者が出した答えとは──。
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昆虫は恋をするのか?
昆虫学者の丸山宗利さん(九州大学総合研究博物館助教)によれば、昆虫は生き方や姿形が非常に多様なのだという。
「昆虫には感情がないので、恋をするとは思えません。遺伝子を残すという目的を達成させるためにひたすら交尾ができる相手を探すのです。ただ、その目的のために交尾を工夫することはあります。どうやらメスにはブラシ状の感覚器がついていて、オスがそれを刺激することで交尾しやすくなるようなんです。それを刺激されると気持ちよくなるのではないかと考えられます。メスが気持ちよくなればオスは交尾がしやすくなりますから。多くの昆虫にそういうシステムが備わっています」
昆虫の世界は人間社会の縮図で、中には結婚詐欺をする昆虫もいるという。
「北米に住む肉食系のポトゥリス属のホタルのメスは、交尾前はポトゥリス固有の信号を出して同種のオスを誘って交尾します。そして交尾がすむと、エサとなる別種のメスの信号をまねてオスをおびきよせて食べてしまう。自分の種を守るための行動なのでしょう。
贈り物作戦を繰り広げる昆虫もいます。有名なのはハエの仲間のオドリバエ。オスは獲物の昆虫をメスに見せ、メスがそれに飛びかかるのを狙って交尾をおこないます。また、オドリバエの中には前脚から出る糸で獲物をくるみ、包装してから渡すものもいるんです。たぶん獲物の動きを封じるためなのでしょうが、人間から見るとプレゼントを包装しているかのように見えます」
いったい、そういう行為にどういう意味があるのか。
「オスは精子を生産すれば、何度でも複数のメスと交わることができます。でもメスは生産できる卵に限りがあるので、慎重にオスを選ぶ。オスとしてはなんとしても選んでもらわなければならない。だからオドリバエはプレゼントをする。多くの動物でオスの外見が派手になったのも同じ理由です。オスはいつでも他のオスと比べられ、進化していくものだけが残ってきたんです」
オスのクジャクは飾り羽が長く、オスのシカの角が大きいのも、メスが派手なオスを選んでいったからである。このように配偶者がふるいにかけられることを「性淘汰」、または「性選択」という。これは人間にも働いている。女性が男性に対して経済力を求めることに生物学的意味を見いだせるし、男性が女性に若さや腰のくびれなど、生殖に関わるさまざまなことを求めるのにも、生物としての意味があると丸山さんは言う。
「ただ、昆虫が不倫をするかどうかについては……わかりません。そもそも恋愛感情も社会通念もありませんから(笑)。ただ、カブトムシやクワガタムシで見られることですが、ときどき、オスでありながらメスのように小柄なのがいて、つがいに紛れ込んでメスと交尾しようとすることがあります。オスの目を盗んで、いい思いをしようとするのがいるんです」
それが成就すれば、人間社会では立派な「不倫」である。
子どもがたくさんいる女性のほうが浮気しやすい!?
昆虫にも通じる話だが、動物のオスはダメ元で数を撃ちたい、でもメスは妊娠・出産・子育てに日数がかかるため軽率に相手を選ぶわけにはいかない。だからメスはいい遺伝子をもっているオスを見きわめることが重要なのである。そう言うのは、動物行動学を研究する竹内久美子さんだ。
「人間も同じように思っているのではないかと考えたイギリスのR・ロビン・ベイカーとマーク・A・ベリスは非常に興味深い調査をおこなったんです。それは女性の年代別による浮気の確率について調べたものです。それによれば、10代後半、20代前半、20代後半と少しずつ浮気の確率が減っていくのですが、30代になると急に確率が上がることがわかりました。20代後半で4パーセントだったものが、30代で8パーセント、さらに40代では10パーセントとなります」
同じアンケートでは、すでに何人子どもがいるかについても尋ねている。子どもの数と浮気の確率を問うているのだが、それによると子どもひとりだと3パーセント、子どもふたりだと10パーセント、そして4人以上だと31パーセントの高確率。つまり、子どものいない女性より子どもがたくさんいる人のほうが浮気しやすくなるというわけだ。
「これがどういうことか推測すると、とりあえずそこそこの相手で手を打って結婚して子どもを産むのが一般的な女性の生き方。そしてその後、“女の浮気戦略”が発揮されるのではないでしょうか。ちなみにこの戦略のポイントは、30代から40代にかけてのほうが性欲が高まるようにプログラムされているということです。
またそこには子どもが多いほど浮気しやすくなる理由もあります。子どもがひとりの家庭で、妻が浮気相手の子を妊娠したら、夫は怒って『出ていけ』ということになる。でも夫との間に3人の子がいたとしたら、夫としても妻に出ていかれたら、ひとりでは育てていけない。だから夫からすると自分の子が多ければ多いほど、浮気相手の子をも引き受けざるを得ないんです」
動物の世界で起こる「不倫」めいたもの
動物の世界において、オスは常に交尾の機会を狙っている。そこで「不倫」めいたものも起こりやすい。
「ヒヒの一種であるゲラダヒヒは小さな群れで生活していますが、群れの中にはリーダーとセカンド、合計2匹のオスがいます。セカンドはメスと交尾してはいけないことになっていますが、リーダーの目を盗んでこっそり交尾することもあるようです。
一方、チンパンジーの社会は乱婚的ですが、オスには明確な順位があり、下位のオスにはなかなか交尾のチャンスが巡ってきません。そういうオスはメスに大きな誘惑をしかけます。気に入ったメスのそばに行って、黙ったままじっと寄り添うんです。これは駆け落ちの相談。お互い、黙っていながら、『一緒にどこかに行こう』という共犯意識が高まっていきます。話がまとまると、このカップルは自分たちの縄張りの境界付近まで出かけていって思いを遂げます」
完全に不倫の駆け落ちである。チンパンジーはさすがにやることが人間くさい。
もっと興味深いのは、アフリカのコンゴにいるチンパンジー属のボノボ。オス同士がペニスでフェンシングをしたり、メス同士が大陰唇をこすり合わせたりする。メス同士のこの行為は、日本のボノボ研究家が発見して「ホカホカ」と名づけられている。つまり、ボノボはコミュニケーションとして性的行動をとるのである。
「ボノボは争わず、穏やかな社会を築いていることで有名なんです。何か気まずいことがあると体を寄せ合って性的行動をとる。正常位でセックスもします。ボノボの社会は本当に乱婚でフリーセックス。父親は誰でもいいんです。
一方、他のサル社会では、子どもを抱えて集団を移籍すると、多くはオスに子どもを殺されます。なぜならサルは一般的に、離乳するまで発情しないからです。オスにしてみれば、子がいなければ、メスはまたすぐ発情して自分の子を産ませることができる。オスにとってはそれがいちばん重要な使命なので、「子殺し」もやむを得ない。でもボノボの社会に子殺しはありません。たとえ集団を移籍するメスがいても、メス同士の結束が強いので子殺しをさせない。また、ボノボは発情期間が長く、産後1年以内には排卵をともなわない発情をします」
いっそ乱婚であれば不倫は成立せず、誰の子であっても集団で育てていける。それが人間社会に当てはめられないのは百も承知だが、ボノボの穏やかな社会は学ぶべきものがあるかもしれない。
(文/亀山早苗)
<プロフィール>
亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。 明治大学文学部卒。フリーライター。 女性誌等で活躍中。 女性の生き方を中心に、恋愛、結婚、性の問題に取り組み、かつ社会状況を的確に分析する筆力に定評がある。 著書に『不倫の恋で苦しむ男たち』『不倫の恋で苦しむ女たち』『「妻とはできない」こと』『「夫とはできない」こと』(WAVE出版)、『男と女―セックスをめぐる5つの心理』(中央公論新社)、『「最後の恋」に彷徨う男たち』(双葉社)、『婚外恋愛』(メディアファクトリー新書)などがある。