オンナアラート#6 松居一代
この闘いにいったい誰が勝ったのか。映画『七人の侍』じゃないけれど、離婚成立で高らかに勝利宣言会見をした松居一代。そもそも誰も勝敗を気にしていなかったような。
ブログとyoutubeを駆使し、サスペンス仕立てで夫の不義理を訴えてきたこの半年。オンナアラートは別の意味で鳴る。「こ、これは決して近づいちゃいけない案件だ……」という生理的警戒心だね。
テレビ局もフジ『直撃LIVE グッディ!』以外は及び腰というか、「君子危うきに近寄らず」からか、あまり深く触れずにしれっとスルーしてきた。NHKなんて、痛々しい船越英一郎を慮って一切触れず、触れさせず。
この、ひとりサスペンス松居一代劇場を、淑女の皆さんはどう思っていたのか。一番的確な表現としては「怖いもの見たさ」だったのではないか。
何者かに狙われている被害妄想的展開から、浮気した夫の下半身健康事情を暴露し、すっぴんで謎の全国行脚をするも、大半のワイドショーからはスルーされ、家庭裁判所で離婚成立すると、朝っぱらから華やかな衣装と外連味たっぷりの演説調でとうとうと語る。素晴らしい演出である。
正直、共感も反感もない。我々とは別の世界に住む、奇天烈な人として、一連のショーを楽しんだという感覚だ。でも、ちょっとだけ松居の人生に心を寄せてみよう。
「糟糠の妻」の概念を覆した
そもそも、元夫の船越英一郎は“2時間モノ”で活躍していた。初めの頃はただの2世俳優であり、脇役で年齢不詳の2.5枚目と言う立ち位置だったと記憶している。売れていないわけではないが、パッとしない俳優の一人だった。
しかし、2001年に松居と結婚後は、“2時間モノ”で数々の主役を獲得。心もとなかったヘアスタイルも一新して、かなり若返った。
私が好きだったのは『火災調査官 紅蓮次郎』(テレ朝)、『外科医 鳩村周五郎』(フジ)だが、連ドラでも『その男、副署長』(テレ朝)『刑事吉永誠一 涙の事件簿』(テレ東)と主演をはたすまでの人気俳優にのぼりつめた。
そう考えると、松居が「糟糠の妻(苦労を支えた女房)」であったことは確かだ。「私が名優・船越英一郎をつくったのよ!」と言いたい気持ちは1ミリだけわかる。1ミリだけど。
が、糟糠の妻が自己演出にたけていて、夫の裏切りと下半身事情を世間に暴露するまでいくと、なんかもう意味が違ってくるな。「その定義、新しいね」と素直に感動したよ。
鬼の形相と得意満面の笑みで、夫に社会的制裁を加える姿に、ちょっとだけ共感した女性も少なくない。それも一代の思うつぼなのである。
しかも、財産分与ナシが最大の目的だったという、ある意味で清々しい銭ゲバ感。怨念や復讐というサスペンスチックな色をつけておきながら、最後は金だと。
怖いもの見たさで松居を見続けてきた人は、うすうすわかっちゃいたけれど、これを勝ち負けととらえるあたり、ちょっと古い演出だなと思わざるを得ない。
いまどきのネットを駆使して広くあまねく浸透させる手法と、テレビが元気だった時代の前近代的な演出手法で、まんまと話題をかっさらった松居。ハイブリッド一代。すげえ。
巻き込まれた母・政枝さん……
朝っぱらから離婚成立の記者会見を行い、花柄ブラウスに黄色のスカート、つやつやの笑顔で登場した松居一代。かねてから松居に密着し、他局がスルーするこの案件に食らいついてきた『直撃LIVE グッディ!』は、なんと記者会見当日に松居の母・政枝さん(85歳)に密着。
莫大な財産をもつ松居の母とは思えない、庶民的な出で立ちの政枝さん。そして、記者会見で涙の見せ場を作るために、母に電話をかける松居。でも政枝さんは言葉少なく、経緯にさほど興味がないのではないかと思われる。
どう考えても「娘の演出に付き合わされた感」が。そして、当然だが、松居、泣いているけど涙は1滴も出ておらず。女優だな! この茶番に付き合わされるテレビ各局の間抜けなこと!
被害者か加害者か、勝者なのか敗者なのか
あの記者会見を観ていて、「ホントよかったねぇ」と思う人も多いだろう。松居に共感してなのか、それとも一連の騒動で不憫な状況に追い込まれた船越に対してなのか。
船越は被害者か加害者か。果たして、この勝負に負けたといえるのだろうか。個人的にはダンマリを決め込んだ船越は、饒舌な松居の奇天烈さを悪目立ちさせることに成功したのではないかと思っている。そして、着々と主演ドラマもこなしている。
今までのバラエティ番組の夫婦出演などでこびりついた「松居棒の夫」というスタンスを、今回卒業するきっかけになった気もしている。
普段ドラマを観ない人々は船越の横に必ず松居の影を見ていたと思う。ドラマを観る私ですら、船越主演のドラマ『黒い十人の女』(日テレ系)を観ていたとき、どうしても松居の顔がちらついてしまったのだから。
現在は、『赤ひげ』(NHK BSプレミアム)で無骨な人格者の医師を演じているし、俳優・船越英一郎にとってはマイナスだけじゃなかったようだ。支配と管理からの卒業というか、毒嫁からの卒業というか。「おめでとう」という言葉を、松居にも船越にも捧げたくなる。
今回は、モヤっとでもイラッとでもない、本当に警戒という意味でのアラートでした。
吉田潮(よしだ・うしお)◎コラムニスト 1972年生まれ、千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。テレビ『新・フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターも務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)ほか多数。新刊『産まないことは「逃げ」ですか?』に登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/