2017年12月、「のぞみ34号」の台車に亀裂が見つかるという恐ろしい事象が起きた。博多発の東京行の列車で、車両はJR西日本の所属である。山陽新幹線を走行中に異常が感知されたが、床下点検がされたのは名古屋駅で、JR西日本の対応は遅れた。同社は、2005年に福知山線脱線事故を起こしているだけに、その安全性には疑念が沸いてしまう。
と、悪い話題の多いJR西日本だが、ここでは同社の旅行商品、「かにカニ日帰りエクスプレス」を取り上げたい。このツアーは、今冬で20年目を迎える人気商品である。
関西在住者に言わせれば、カニと言えば「松葉ガニ」である。松葉ガニは、北近畿・山陰で水揚げされるズワイガニのことで、漁期は11月上旬から3月中頃までで、まさに冬の味覚だ。味は絶品。カニ味噌だけは毛ガニに負けるが、身の旨さでは、タラバガニや毛ガニを圧倒する。
ちなみに、同じズワイガニでも、福井県で水揚げされたものは「越前ガニ」と呼ぶ。いずれもブランド名だ。ズワイガニの水揚げ量の分布は年によって大きく変わるが、2016年は1位が兵庫県、2位が鳥取県と、北近畿・山陰が半分以上を占める。残りは、北海道と北陸が1/4ずつで、漁獲量で言っても松葉ガニは一番だ。
松葉ガニだけでなく、北陸も含めて、ズワイガニは関西に近いところで水揚げされている。それだけに、ズワイガニに対する意識は関東と関西では大きく違う。年末年始の食材としても人気で、スーパーでボイルを冷凍したものが売られているが、現地に行けば、茹でガニの他、カニ刺し、焼きガニ、カニすきまで楽しめる。だからこそ、関西から大勢の人が、わざわざ日本海に足を運ぶのである。
このグルメ旅行を支えるのが、大阪、京都から北近畿、鳥取に向かう多様な特急列車だ。「こうのとり」は、大阪から福知山線経由で城崎温泉方面に向かい、「きのさき」は、京都から山陰本線で城崎温泉方面へ、「はしだて」は、京都から山陰本線を経て天橋立方面に向かい、「まいづる」は「はしだて」「きのさき」と併結して舞鶴方面に向かう。これらは福知山駅で接続しているため、乗り換えもスムーズに、北近畿へのネットワークを形成している。ほかにも、大阪から播但線を経由して城崎温泉・鳥取方面に向かう「はまかぜ」もある。
これらの特急列車では、カニの時期に合わせて臨時列車が運行される。カニを求めて日本海に向かう人たちの群れが目に浮かぶだろう。
カニを満喫するには、飲食店ではなく、落ち着いた旅館やホテルで食べるのが一番である。温泉に入ってカニのフルコースを味わえば、さらに格別だ。しかし、こういう贅沢は宿泊しないと味わえない。カニ料理は高額なので、宿泊すれば一人あたり2~3万円にもなる。これが頭の痛いところだ。
そこに、「かにカニ日帰りエクスプレス」が登場してくれた。日帰り、交通費込みで1万円代という価格を実現してくれたのだ。大阪や京都から北近畿までは特急列車で2~3時間なので、カニを食べるだけであれば日帰りで十分である。しかも、自家用車ではないので、雪仕様のタイヤを用意する必要もない。もちろん、お酒も飲める。
「かにカニ日帰りエクスプレス」は、城崎温泉、香住海岸、天橋立などの北近畿だけでなく、鳥取や北陸方面まで幅広くカバーしており、好きな場所を選べる。恐らく、毎年利用しているリピーターも多いだろう。20年のロングセラーになって当然である。
ところで、山陰本線の特急列車の利用者は、並行する京都縦貫自動車道の開通により大幅に減ってしまった。1987年度は1日当たりの乗車人員が4290人だったが、2016年度には2148人である。しかし、2010年代に入ってからは、山陰本線、福知山線とも特急列車の乗車人員は踏みとどまっている。「かにカニ日帰りエクスプレス」が一助になっているのは間違いない。
「かにカニ日帰りエクスプレス」は2名以上が対象だが、今後は、お一人様もターゲットにして欲しい。単身赴任者など、仲間が見つけられない人も少なくないし、焼肉と違って、カニは一人でも十分に楽しめる。その証拠に、カニを食べるときには誰もが無口になる。
文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』がある。また、自身のサイト『鉄道業界の舞台裏』も運営している。