“事件”後も「はれのひ(株)」の篠崎洋一郎社長は雲隠れしたまま(1月13日現在)。その姿が最後に目撃されたのは、昨年12月27日のことだった。
成人の日の着付け会場として同社が予約した神奈川・横浜市内のホテルに、ひとりで現れたという。
「計画された破綻」
「10分から15分くらいでしたか会場を見ていきました。過去3年契約し、費用もちゃんとお支払いいただいていたので、今年も契約しました。ただ、期日の12月29日までに約100万円の会場代はお支払いいただけませんでした」と同ホテル担当者。
社長の来場が、本当に着付けを実施するための下見だったのか、あとあと刑事事件に発展した際に詐欺のつもりはなかったと主張するためのアリバイ作りだったのかは、本人にしかわからない。同会場には成人式前日、7日の夜10時から振り袖の搬入予定だったが、従業員の姿はなし。連絡をしても音信不通、振り袖は運ばれてこなかった。
翌朝、契約した新成人から「店側と連絡がとれない」といった被害相談が各地の警察や消費者相談所に相次いだ。式当日に振り袖レンタルなどの業者「はれのひ」(全国4店舗)が、行方をくらましたのだ。かろうじて営業したのは福岡店とつくば店のみ。それ以外の店舗は音さたがない。
中小企業診断士で起業家バンク代表の前薗浩也氏は、こう断罪する。
「今回の件は、計画された破綻と考えます。資金難による経営破綻は、数か月前に予測できます。この会社は2017年9月期に粉飾決算をしている様子なので、その時点で破綻を予測できたはずです」
従業員・取引先への未払い
資金繰りに窮していた実態を、元従業員の高橋瑠衣子さん(仮名)が証言する。
「'16年の年末ごろから給料が遅れるようになりました。その後は支払われても月に3万円とか、ゼロの月もあり、交通費も自腹でした。これ以上は無理と思い、昨年の秋に退職しました」
未払い賃金の総額は100万円を超えていたが、それでも働いていたのは「喜んでくださるお客様がいたから」、と高橋さんは振り返る。
「今となっては信じられないかもしれませんが篠崎社長の教えは、“お客様を一番に”でした。社長は口がうまく、ビッグマウスというか、人によく思われようとしていた感じはありました」(高橋さん)
従業員への未払い賃金があるほどだから、当然、取引先への支払いも滞っている。その結果、複数の取引先から、取引中止を告げられていた。
京都府で着物の卸しなどを行う会社の担当者が明かす。
「'11年から振り袖を卸していましたが、1年半ほど前から営業上の取引は中止しています。支払いが滞るようになったからです。現在、未回収の費用は約1千万円あります」
当初は支払いをしていたが、だんだん遅くなり、社長との電話連絡もままならなくなり、面談の約束もすっぽかされ、“月末には100万円振り込みます”と約束しても振り込まれない……というありさま。
「費用の回収はできませんので、私たちも泣き寝入りです。怒りはお金のことだけでなく、世間を騒がせて(着物業界の)信頼を裏切る行為をしたことが大きいです」(前出・担当者)
資金繰りに窮し、商品の納入ルートも閉ざされる中、人材募集広告では「業績も好調に推移。全国100店舗を目標に、上場も視野に入れ……」と大風呂敷。
前出・高橋さんは訴える。
「いちばんの被害者は、騒動に巻き込まれたお客様です。社長には罪を償ってほしい」
今年、新成人を迎えた被害者は涙に暮れるしかなかった。
「ちゃんと出てきて謝罪しろ」
横浜市内でその日、被害者への着付けの対応をした「晴れ着の丸昌」には、「はれのひ」の会場だったホテルから連絡があったという。
「他社さんとも連携をとりながら、被害に遭ったお嬢さんたちに対応しました。ここには10人弱の方が訪れました」
と当日の様子を伝える。
「普段どおりの対応をしようと心がけ、ほかのお客様と同じように声をかけたりしました。支度ができると、みなさんホッとしているという感じでしたね。成人式の後に、対応したお嬢さんたちから“ありがとうございました”と声をかけていただきました」
同市の「ふりそでsanQ」でも急きょ、4人の新成人に対応したという。
「みんな泣きながら来店し、“許せない”って言っていました。私たちは“大丈夫だから、ちゃんと着させてあげるから、いい思い出にしてね”って声をかけました。最初は泣いていた女の子たちも、最後には笑顔になっていきました」
被害に遭ったのは今年成人式の女の子たちだけではない。
来年の成人式用に娘(19)の着物の契約をしていた小島慎吾さん(仮名)もその1人。
「娘が自分で選んだ着物、楽しみにしていたことを踏みにじられた怒りがあります。ちゃんと出てきて謝罪をしろ、と言いたいですね」
と逃げ回る篠崎社長へ憤る。支払い額は着物のレンタル代に髪飾りなども購入し30万円弱で、ローンを組んだ。昨年12月に振り袖を着て前撮りをしたが、その際立ち会った母親の真弓さん(仮名)は、おかしな感じを抱いたという。
「料金に含まれている前撮りの枚数は3枚。100枚くらい撮影したし、親としては娘の写真を見たら欲しくなるので10枚ほど追加で購入しました。内金を1万円、残り5万円を振り込みました。12月9日の土曜日に撮影したのですが、振り込みは11日の月曜中と言われ、ずいぶん急かせるなって思ったんですが……」
明治大学専門職大学院の野田稔教授(経営学)は、
「事業は拡大させるときより、苦境に陥ったときにどう企業努力するかがポイントです。社長は今年の成人式はどうにか乗り切らせ、その後は自分の資産で清算するべきでした。消費者の心に寄り添うことを忘れた経営者はひどいことをすると改めて思いました」
篠崎社長は資金繰りがうまくいっていないにもかかわらず横浜の高級タワーマンションに住み、高級外車を乗り回すなど自分だけの“晴れの日”を満喫していた。従業員や取引先も犠牲にしたその代償から逃れることはできない。