村主章枝

 華麗な演技で“氷上のアクトレス”と呼ばれたフィギュア女子シングルの村主章枝。これまでに様々な世界大会を経験してきた彼女に、“聖地に潜む魔物”について聞いてみたーー。

 初出場で5位の好成績を残した'02年ソルトレークシティ大会の選手村では、忘れられないこんな出来事があった。

「練習中に転んで、エッジの部分がひざに当たってしまったんです。そこが内出血で腫れて注射針を3本刺し、血液をしぼり出しました。長時間、医務室で過ごさなければならなかったことが印象に残っています(笑)」

 哀愁すら漂う演技とはうらはらに、気持ちは常にポジティブだったという。

「五輪会場の底に流れている空気は透明ですごく澄んでいて、まさに聖地にいるような感じ。全然ネガティブなプレッシャーはなかったんです」

 '03年にはGPファイナルを日本人として初制覇。しかし、'06年のトリノ大会では4位にとどまった。

 そのとき発したのが、「トリノで氷の魔法にかけられた。この魔法はバンクーバーでしか解けない」という名言。しかし、'14年のソチ大会まで現役を続けたものの、その願いは叶わなかった。同世代の荒川静香らが引退していったことも、モチベーションの維持に影響を与えたそう。

「本当はあのころが一番よかったのかも。トリノの後でふるわない、スポンサーも離れていくという苦しさを経験したことが今、指導者として生きています。あのときがなければ今の自分はないと思う」

 彼女の目に五輪の大舞台はどう映っているのだろうか。

「プレッシャーというのも、国を背負って戦えることは幸せなこと。オリンピックにどれだけの人が出られますか? みんなネガティブに考えるからダメなんです」

 常に、お互いを意識していたといわれたライバル、荒川静香との関係も聞いてみた。

「荒川さんとはケンカしてとかはなかったんですけど、浅田真央さんや安藤美姫さんとともに、能力的にはたどり着けないくらいの差があったので、一緒に練習できて学ぶものも大きくて、すごく感謝しています。荒川さんに追いつきたいっていう気持ちが常にありました」

 そこには、世界の舞台でともに戦ってきた者にしかわからない絆があった。