世の中は不倫ブーム真っ盛り。しかし、実際に不倫している一人一人の女性に目を向けたとき、その背後には、さまざまな難題がのしかかってくる一方で、何の解決策も見つからないこの社会を生きる苦しみがあり、不倫という享楽に一種の救いを求める心理があるような気がしてならない。この連載では、そんな『救いとしての不倫』にスポットを当てていけたらと思っている。(ノンフィクション・ライター 菅野久美子)

熟年離婚直後に不倫相手と出会う

「私、昔、夫が女遊びをしていることで毎日泣いていたんです。それが今は不倫する側になって、相手の奥さんを逆に泣かせる立場にいるんですよね」

 待ち合わせ場所に指定した新宿駅の喫茶店で飲み物を待っている間、石田由美子(仮名・51歳)はいきなりそう切り出した。おしゃれな紫色のコートに身を包んで颯爽(さっそう)と現れた彼女は、根元まで染め上げられたゴールドブラウンのボブヘアにクリクリとした目が可愛らしい、ファッションモデルと紹介されても遜色のないスレンダー体形の美人である。

美形でスレンダーな由美子

 由美子自身は、夫と4年前に離婚し、バツイチ。元夫との間に子供が2人いるが、どちらも成人して手を離れている。いわゆる熟年離婚である。

 由美子は、離婚後、夫が営んでいた不動産業の知識を活かして、自らの会社を立ち上げ、今は小さな会社ながら代表を務めているのだという。

 簡単に言うと、女社長――。その名の通り、歯切れのいい言葉と、経営者としての頭の回転の速さと意志の強さ、そして、自信にあふれた立ち居振る舞い。いわゆる、バリキャリ(※バリバリのキャリアウーマン)のオーラが、由美子からは立ちのぼっている。

 由美子が今の不倫相手の斎藤真一(仮名・55歳)と知り合ったのは、夫と離婚した直後の4年前のこと。出会いは、新時代の経営をテーマにした異業種交流会だった。真一は、売れっ子の経営コンサルタントで、会社を立ち上げたばかりの由美子の相談に真摯(しんし)に乗ってくれた。

 それから、何度か電話しているうちに「わからない案件で聞きたいことがある」と会食を重ねるようになった。それはあくまで仕事上のことと線引きしていたつもりだった。だが、しばらくして、真一の猛プッシュが始まった。

「“今度、ごはんを食べに行きませんか?”って、彼に年末に誘われたんです。それでごはんを食べに行った後、今度は初詣に一緒に行こうということになって、もうその時には、腕を組んで歩いていましたね。気になる存在になっていました」

 由美子は、食事のお返しとして、バレンタインデーにマフラーとチョコをプレゼントした。真一は、うれしそうにそれを身につけてくれた。

「治るよ、絶対に大丈夫」と励ましてくれた真一

 真一は、会うたびに、由美子をポジティブな気持ちにさせてくれた。

 由美子は物心ついた時から摂食障害を抱えていた。摂食障害には波があるが、バイトで働いていたスナックで知り合った夫と結婚してからは、病状が悪化する一方だった。

「摂食が急激に悪化したのは、結婚してからですね。夫とはできちゃった結婚だったんだけど、結婚当初から夫は女遊びとか、DVが激しかった。何度も話し合ったけど、止めてくれない。でも、そんな苦しみも食べている瞬間だけは忘れられる。とにかく異常なくらい、食べては、ゲーゲーと吐く――。そして、狂ったように、また食べる。その繰り返しの日々だった。

 夫はそんな私を見て、“この野郎! おまえの家系は病んでるんだよ!”などと鬼のような形相で毎日責める。それで、また食べては吐く、その繰り返し。そもそもお互い若くて勢いでやっちゃった、でき婚だから最初から愛なんてなかったんです

 真一は、そんな暴君のような夫とは真逆のタイプ。

 摂食障害で苦しんでいた由美子を、何度も「治るよ、絶対に大丈夫」と言って励ました。

“おまえは病気じゃないよ”って、言ってくれた。真ちゃんのその一言が私の病気を治してくれたんです。彼と一緒にいると、“はい、飯食え飯食え”って言われるから、天ぷらとかハンバーグとか、今までは食べては吐いてたものを、私の胃袋が消化し始めるんですよ。私が摂食障害から回復したのは、絶対メンタルの部分が大きいと思う。だから、真ちゃんには、本当に救われたよね。救ってくれたのは、別れた旦那じゃなくて、真ちゃんだったの」

 由美子は、現在、摂食障害から完全に立ち直っている。

 一説によると、摂食障害は、自己肯定感が低いとなりやすいという。そして、その自己肯定感を取り戻していく作業は容易ではない。

 初めて、真一の愛に触れたとき、それは漠然とではあったが、まるで自分の父親みたいだと由美子は思った。しつけに厳しかった母親から、いつも自分を守ってくれた父。そんな優しい父の幻影を不倫相手に見出したのだ。

「こんなに私を大事にしてくれたのは、これまでに自分の父親以外いませんでした。そして、私の前に一生現れないと思ってた。だけど、真ちゃんは違った」

 由美子の視線が遠くを見つめる。

 真一に熱を上げた由美子だったが、初めてセックスしたのは、意外にも交際後何か月も経ってからだった。それまで、横浜の一人暮らしの自宅に真一が訪ねてきたことはあったが、最後まではいかなかった。だが、実際にセックスする前から、薄々と肌が合いそうな予感はしていた。そして真一は、初めてのセックスで、期待に違わず由美子を悦(よろこ)ばせた。この人、慣れてる――由美子はそう感じたという。

「それまで旦那とのセックスでイクことはなかったんです。だけど、彼とのセックスで、初めて、イクってこういうことなんだってわかった。明らかに彼に開発されたんだと思います。

 真ちゃんとセックスしているときが、とにかく超幸せなんです。旦那は、一方的で排せつのようなセックスだったし、心に穴が開いてるから不満足だったんだと思う。今は心と身体、両方そろってるから、幸せなんですよ」

 由美子はそう言って、にっこりと微笑んだ。

 会うのは週3日。由美子の家にやってきたり、二人でラブホに行くこともある。会ったときは必ずセックスする。真一は、多い時で5回くらいはできる。年の割には、性欲が旺盛なほうだと由美子も感じている。しかし、それまでに枯れた生活を送ってきた由美子にとって、それは女の性を取り戻したという感覚だった。

 しかし、真一は妻帯者である。

 終電間際になると、そわそわして落ち着かなくなる。そう、帰りの支度をして、家族が待つ家に帰るためだ。

「彼が家に帰っちゃうのは、寂しいよ。だからいつも『ふーん、知らない』ってブスっとした顔するけど、それは彼が帰りたいから帰って行くんだよね。それを止めるつもりはないの。かといって、うちだと狭すぎて、ずっと居ても困るしね。今はそう思ってる

「愛のない生活」からの出口を探していた二人

 真一には、妻と2人の子供がいる。しかし、真一にとって結婚は妥協の産物だった。彼は幼馴染みの女性との大恋愛の末、破局を迎えた出来事がトラウマになっており、最初から恋愛結婚を諦めていたからだ。

 たまたま友人を介して知り合った妻は、露骨に年収などの安定度を値踏みして接近してきたという。そこには恋愛というステップは皆無だった。彼には、「家族の収入源」と「子供たちの良き父」という2つの役割だけが求められ、2人目の子供を妊娠して以降は、夜の生活すらぱったり途絶えてしまった。

 だが、セックスレスは問題の本質ではなかった。「愛のない生活」に心底嫌気が差し、出口を探していたという1点において、由美子と真一は旧友と再会したかのような親近感を覚え、愛のある生活を育もうとしたというのが真実に近いかもしれない。

 真一は妻との関係は冷え切ってはいるというものの、面倒見のいい父親として子供たちからは慕われている。だから、由美子との逢瀬でどんなに遅くなっても、毎日家には帰る。その生活を崩す気はない。

彼の奥さんとは会ったこともないけど、私には奥さんの立場がすごく分かるの。彼の後ろ姿を見送りながら、もうひとりの私が(彼の奥さんに変身して)家で彼を待っているみたいに。こういうことを友人に話すと、“因果だね”って言うんだけど、別にこうなることを自分で選んだわけじゃない。気づいたらそうなってただけ」

 由美子は、静かにそうつぶやいた。そして一転して彼女は、自ら「地獄の結婚生活」と呼ぶ、恐るべき過去について少しずつ話し始めたのだった。

(後編に続く)

*後編は1月21日に公開します。


<筆者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。