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吸水性、保湿性にすぐれ、時間がたつと、吸い込んだ水分や湿気を自然に放出することから、“呼吸する素材”といわれる珪藻土。その特性を生かし、バスマットなどさまざまな商品が開発されている。
では、このジャンルの草分け的存在である「ソイル」が、もともと左官業を営む会社だったことはご存じだろうか?
左官とは、こてを使って建物の壁や床などを塗り仕上げる仕事。ソイルの前身となる『株式会社イスルギ』は、石川県金沢市で100年にわたってこれを生業としてきた。
しかし、そんなイスルギにも、時代の波が押し寄せる。
「昔は10億円の建物なら、そのうち2億円は左官工事だったけど、いまはせいぜい2000万円。大勢の職人さんを抱えていたから、仕事を作らなきゃマズイと思ったんです」
と、当時イスルギの専務だった石動(いするぎ)博一さん(現ソイル社長)。石川県のデザインセンターが主宰するモノ作りプロジェクトへの参加をきっかけに県内外のデザイナー、コンサルタントと協議を重ね、左官の技術と珪藻土を使った商品のアイデアが生まれた。
繊細な作業は女性の方が向いている
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「ただ、ここで問題が発生します。せっかく新しい仕事を作ったのに、北陸新幹線の開通にともなって本業が忙しくなってしまったんですよ(笑)。職人たちも、こんな細かいモノを作るより、壁を塗ってるほうが楽しいみたいで(笑)。唯一、ベテラン職人の梶昌一さんが、“手伝うよ”と名乗りをあげてくれました」
当初は現場から退いたOBに協力を仰いで生産していたが、供給が安定しなかったため、石動さんは新たに人を雇おうと決めた。それも、左官職人ではない素人を、だ。
「ソイルの商品は、ごく一部を除き完全手作業。珪藻土の粉に水を入れて練ったものをシリコンの型に流し込み、上から左官のこてで平らにならすのですが、これがなかなか難しい。当然、梶さんは大反対でしたね。修業もしていない一般の人に、左官のこて使いができるわけないと。このあと、梶さんとは相当やり合うことになります(笑)」
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しかし、そこには石動さんなりの思惑があった。
「なにも左官職人になって壁や床を塗れと言っているんじゃない。毎日同じモノを作り続けていたら、その技術だけは上達するんじゃないかと」
梶さんは、当時のことをこう振り返る。
「自分は文字どおり“こて先”ひとつでいい仕事をしようと生きてきた人間だったので、生産性を上げるために素人さんを雇うという考えには共感できなかった」
結局は石動さんが反対を押し切り、梶さんは先生として指導に当たることとなる。現在、ソイルの商品を作っているのは、主婦をはじめとした女性がほとんどだ。
「やっぱりね、左官職人たちとは全然仕事が違います。はっきり言って、いま働いている女性のほうがうまい(笑)。男性の職人はおおざっぱでダメですね。いざ試してみたら、こういう繊細な作業は女性のほうが向いているみたいです」(梶さん)
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以降、石動さんが「バスマットを作りたい」と言えば、梶さんは「人がのったら割れるから無理」と答え、「歯ブラシスタンドはどうか」と尋ねれば、「立体物は無理」と突っぱねる。
「僕が作るならどうとでもなりますよ。だけど、素人のみなさんに作ってもらうわけですから、簡単にOKは出せないんですよ」(梶さん)
もちろん、ダメ出しでは終わらない。経営者であり、素人代表の石動さん、プロの職人である梶さんが、それぞれの立場から意見を交換し、製品化にこぎつけているのだ。
「2度とこんなツーショットないからね」(石動さん)
そう言って、テレくさそうな笑顔で肩を組む2人には、何度もぶつかりながら築いてきた、確かな信頼があった。