札幌市の共同住宅火災では生活保護を受ける高齢者ら11人が亡くなった=1日午前1時30分ごろ撮影(写真提供/共同通信社)

「室内からボーンッ、ボーンッって爆発音がして、ガラスの割れる音が続いた。音の恐怖がすごかった」

 と119番通報した男性はその夜を振り返る。

今でも耳に残る悲鳴

 生活困窮者の支援を掲げる札幌市東区の共同住宅「そしあるハイム」で1月31日午後11時40分ごろ火災が発生し、木造2階建て約400平方メートルが全焼、女性3人を含む計11人が死亡した。

 入居者16人中、13人が生活保護受給者だった。家賃は食事代別の月3万6000円で風呂、トイレ、食堂は共用。60~80代の高齢者が多く、天気がいいときは共同住宅前のベンチに座って談笑するなど仲がよかったという。

 冒頭の119番通報をした男性は、近くで焼き鳥店を経営する五十嵐隆之さん(70)。深夜に帰宅したとき共同住宅から煙が出ているのに気づき、通報すると同時に、鉄製のスコップを持って駆け寄った。

「身体の不自由な人などいろんなじいちゃん、ばあちゃんが暮らしていると知っていたし、1階の窓には全部木製の格子がはめられていて何かあったら危ないんじゃないかと前々から思っていたから本能的に動けた」と五十嵐さん。

 スコップをテコのように使って木製格子をはずし、1階の男女1人ずつを部屋から引っ張り出した。まだ消防隊は到着しておらず、五十嵐さんの日ごろの観察眼と迅速な行動が命を救ったといえる。

 ほどなく2階から「助けて。助けて」と女性の声が聞こえた。しかし、火の勢いは増し、2階に上がる手段はなかった。女性の声はだんだん小さくなり、消防車のサイレンが聞こえ始めたときには声は聞こえなくなっていたという。

「その声が耳に残っている。ただ悲鳴を聞いているだけで何もできなかった。助けてあげたかった」(五十嵐さん)

 五十嵐さんの両手の甲はいまもヒリヒリしている。熱を含んだ煙に触れてヤケドを負ったと気づいたのは、しばらくたってからだった。

 火災の1週間前、1月24日の東京・永田町。衆院本会議の代表質問で立憲民主党の枝野幸男代表は、10月から実施される生活保護費切り下げについて迫っていた。

「現場の実態に目が向いていない。今回の見直しで子どものいる世帯の4割以上、ひとり親世帯に絞っても4割近くが減額になり、全体では3分の2を超える世帯で減額になる。減額規模は月数千円とはいえ生活保護で何とか暮らしているみなさんにとって月1000円は大金。減額部分については中止するべき」(枝野代表)

 答弁に立った安倍首相は、「減額となる世帯への影響を緩和するため、減額幅を最大でも5%以内としつつ、3年かけて段階的に実施する」などと言い訳に終始した。

子育て世帯にも冷たい

 全体の削減額は3年間で国費計約160億円にのぼる。生活困窮者の支援などに取り組む反貧困ネットワーク埼玉の藤田孝典代表は「生活保護費引き下げは暴挙」と話す。

「2013年からも3年かけて引き下げられています。受給世帯にどのくらいダメージがあったのか、生活保護基準と連動するほかの制度にどのような影響があったのか、検証しないまま再び引き下げるのは拙速です」と藤田代表。

 札幌の共同住宅火災をめぐっては、入居者の地味な生活ぶりが各メディアで報じられた。藤田代表によると、実際、生活保護を受ける高齢者の暮らしは質素だという。

「食費を抑えようと1日2食に減らしたり、夕方以降のスーパーの値下げ品しか買わなかったりします。衣服なんて年に1回、買うかどうか。これがGDP(国内総生産)世界3位の日本で、健康で文化的な最低限度の生活水準といえるでしょうか」(藤田代表)

 受給者は高齢者だけではない。今回の見直しではほかに、ひとり親世帯の母子加算は平均月4000円減額される。児童養育加算についても3歳未満は月5000円の減額。その反面、児童養育加算の対象は現行の中学生までから高校生まで拡大される。安倍首相は得意げにアピールしていた。どう評価すればいいのか。

 花園大学社会福祉学部の吉永純教授(公的扶助論)は、

「加算のプラスマイナスだけを見てはいけません」として次のように説明する。

「保護費本体と加算の合計でみると、大都市部では例えば夫婦と子ども2人の4人世帯には、現行で月額約20万5000円出ていますが、2020年度には19万6000円まで減らされます。

 あるいは小・中学生の子ども1人ずつを育てる母子世帯でみると、現行月約20万円の保護費が'20年度までに19万2000円に減ってしまいます。子ども2人を持つ世帯についてはかなり減額される見込みですので、子育て世帯に冷たいと言わざるをえません」(吉永教授)

 同教授は今回の見直しについて、「比較対象がおかしい」と指摘する。

「低所得者の下位10%の所得と比べて、生活保護受給者の保護費のほうが高くなっているから下げるというのは間違っています。その10%の人たちには、やむなく生活保護基準以下の暮らしをしている人がたくさんいます」

受給者の子どもにも影響が

 生活保護は自家用車を持ってはいけないとか、貯金はダメなどと制約が厳しい。受給者は有資格者の2~3割にすぎないとの見方がある。

 吉永教授は京都市職員として、生活保護ケースワーカーに12年半、従事した経歴を持つ。受給者にはタチの悪い人も多いとの声もあるが、実際はどのような人たちなのか。

「本当につつましい。もらえるものはもらっとけ、みたいな人はめったにいませんでした。肌感覚で言えば、受給者の98%は世の中の片隅でおとなしく生活している。さまざまなメディアが不正受給者のニュースを取り上げますが、それはあくまでごく一部の人です」(吉永教授)

 同教授は、シングルマザーが追い詰められている実態も見過ごせないという。

「OECD(経済協力開発機構)加盟35か国の中で、日本はひとり親の貧困率が50%超と最も高く、ひとり親の就労率も80%超でトップです。つまり日本のシングルマザーたちは世界でいちばん働いているのに世界でいちばん貧困にあえいでいる」(吉永教授)

 その影響は子どもにも出る。

「ひとり親世帯の子どもはけなげ。親に代わって家事をこなしたり、なるべくお金を使わないように家にいる。弟や妹の世話をする。早く親を経済的に助けたいと大学進学を諦める子も多い。そんな状況下で保護費を下げるか、と疑問に思っています」

 と吉永教授。

 火事から生活保護受給者を救おうと闘ったのは近所の男性だった。国民の命を守るはずの首相はお金を奪おうとしているだけ。安倍政権の提唱する女性活躍や子育て支援は口先だけなのか。弱い者いじめはやめてほしい。