金正恩・朝鮮労働党委員長

 韓国・平昌で9日に開幕した冬季五輪は、競技外の話題もにぎやか。強烈な寒波の影響もあって夜間に氷点下20℃を記録するなど尋常ではない寒さが続いているほか、開会式では韓国・北朝鮮の選手団が軍事境界線のない朝鮮半島を描いた統一旗を掲げて合同入場行進するなど“南北融和ムード”を演出した。

 開幕前から「合同入場行進が最も感情に訴える瞬間になる」などと関係改善を期待していた国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長も、さぞ満足していることだろう。

 五輪は“平和の祭典”だから結構なことである。しかし、北朝鮮の指導者・金正恩氏の動向を追うと、素直には受け止められない。

五輪の政治利用に反応するトランプ氏

 朝鮮半島情勢に詳しい『コリア・レポート』の辺真一編集長は、「金正恩氏は五輪を政治的に利用しています」と述べて次のように指摘する。

「北朝鮮は、米国が手を出せないように韓国と融和ムードを高め、国家のナンバー2である金永南・最高人民会議常任委員長を団長とする代表団を派遣しました。

 韓国を抱き込んで、米韓関係に亀裂を生じさせる狙いです。韓国を盾にするつもりなんです。そんなことは見え透いているのでトランプ氏はペンス米副大統領を五輪に送り込み、北朝鮮を牽制する動きをみせています」(辺編集長)

 ペンス氏は、北朝鮮に拘束されて解放後に亡くなった米国人大学生オットー・ワームビアさん(当時22)の父親を五輪開会式に同行させ脱北者とも面会する予定。北朝鮮の魚雷によって沈められた韓国の哨戒艦の船体も視察する。

 米国側は、五輪期間中にあえてこのようなスケジュールを組んだわけだから、北朝鮮が演出したい南北融和ムードに冷や水をぶっかけたい意向ははっきりしている。

 一方、北朝鮮側は、代表団に金正恩氏の妹・金与正氏を加えて融和ムードを加速させようとしている。ただし、韓国が嫌がっていた8日の平壌での軍事パレードは強行した。口実として建軍記念日を4月25日から五輪開会式前日の2月8日に変更し、「慶事」と主張しているからひどい。

 パレードには、昨年11月29日に発射実験した新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)『火星15』も登場。米国全土を射程に入れる能力があるとされ、トランプ氏がカッカする顔が目に浮かぶ。

 前出の辺編集長は、

米国、北朝鮮はどっちも引かないんです。五輪開催中は動かないでしょうが、平昌五輪を挟んで“場外戦”は続くはず。有事になれば巻き込まれるのは北朝鮮に近い韓国や日本です。だから韓国の文在寅大統領は、五輪期間中に米国と北朝鮮をなんとか握手させようと思っている。

 しかし、トランプ氏にその気はない。先制攻撃で金正恩氏の戦意を喪失させて核・ミサイル開発を放棄させる“鼻血作戦(ブラッディ・ノーズ)”を着々と進めています

 と話す。

 いつ、軍事衝突する可能性があるのか。

'18年9月9日までは何が起きてもおかしくない

 平昌オリンピックは25日に閉会し、来月9〜18日まで同地でパラリンピックが開催される。4月には米韓合同軍事演習が予定されている。

北朝鮮の労働新聞が昨年11月に報じたICBM「火星15」の発射実験

「すべてはトランプ氏が手を出すかどうか。金正恩氏はパレードで誇示した『火星15』について、新年の辞で“大量生産して実戦配備しろ”と命じました。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)『北極星3』の発射準備も進めています。

 本土を射程にとらえられたトランプ氏がこれを先制攻撃する理由にしかねない。五輪後、北朝鮮が建国70周年を迎える9月9日までは何が起きてもおかしくない緊張状態が続きます」と辺編集長。

 北朝鮮はしばしば、記念日に合わせて軍事的パフォーマンスを行う傾向がある。直近でみると、2月16日は父・金正日総書記の誕生日で、4月15日は祖父・金日成主席の誕生日。正恩氏は墓前に何を報告するのか。7度目の核実験やICBM発射実験の成功を報告するような展開にならないことを祈るしかない。

 トランプ氏は好戦的な色合いを濃くしている。2日に発表した米国内の核体制見直し(NPR)では、爆発力を抑えた小型核兵器ならば使用できるなどと反平和的見解を示して世界を震撼させた。

 軍事評論家の熊谷直氏は、

「小型核兵器を使うぞという脅しは昔からある」と話す。

「さすがのトランプ氏も核を使うつもりはないだろう。周囲は軍人で固められており、彼らも戦争をしたいとは思っていないはず。戦争になれば軍人は当事者だから。北朝鮮は体制崩壊を恐れていて、その根幹を揺さぶられそうになったら怖い。北朝鮮のICBMに言うほどの能力があるか疑問視しているが、本土まで届かなくてもハワイやグアムは狙えるはず」(熊谷氏)

 核戦争を始めるほど愚かではないと信じたいが、常識からは行動の読めない両首脳だけに不安はぬぐえない。

 話を平昌五輪に戻そう。

 前出の辺編集長によると、韓国国内では、南北合同チームで挑むアイスホッケー女子に注目が集まっているという。

南北融和の象徴であるアイスホッケー女子の合同チーム

「世論は合同入場行進には賛成でしたが、合同チーム結成には反対だったんです。政治的理由から北朝鮮の選手を受け入れれば、弾き出される選手が出るからかわいそうという同情論でした。

 しかし、いざ合同チームが結成されると潮目は変わりました。結成前は関心度3%と人気がなかったのにショートトラック、フィギュアスケートに次ぐ人気ベスト3となり、チケットは完売。プレミアムがつくほど大人気です」(辺編集長)

 1次リーグB組に開催国枠で入る合同チーム「コリア」は、世界ランキング5位のスウェーデン、6位スイス、9位日本と戦い、上位2チームが準々決勝に進む。最終戦となる14日の日本戦は相当盛り上がると予想されている。

22位の韓国と25位の北朝鮮が組んでも日本との実力差は大きい。韓国単独では日本に7戦7連敗中で総得点は1点だけ。失点は106点です。

 しかし、1991年の世界卓球選手権の女子団体戦決勝では、南北合同チームが8連覇中の中国を破って奇跡の優勝を成し遂げたことがある。サッカーでも野球でも、日本と韓国はライバル心が強いでしょ。番狂わせがあるんじゃないかと期待が高まっているんです」(辺編集長)

 北朝鮮からは230人の美女応援団が駆けつけ、一緒に声援を送る。

韓国入りした北朝鮮の美女応援団

 朝鮮半島では“南男北女”といって美女は北に多いとされ、韓国人男性は特に張り切っているという。

 南北融和ムードが高まるのはいい。しかし、「スマイルジャパン」はメダルを狙える強さ。政治とは切り離してテレビ観戦で応援したい。