1986年『女が家を買うとき』(文藝春秋)での作家デビューから、一貫して「ひとりの生き方」を書き続けてきた松原惇子さんが、これから来る“老後ひとりぼっち時代”の生き方を問う不定期連載です。
第2回「いずれ結婚するかもっていうけど」
かつての日本では、女性は結婚するのが当たり前で幸せと考えられていたので、25歳過ぎた女性は売れ残りのクリスマスケーキと言われたが、1985年に男女雇用機会均等法が成立したころから、女性の高学歴化に伴う社会進出が進み、結婚も仕事も自由に選べる時代となった。現代の30代の女性は、その点からみても、恵まれた時代に生まれた人ということができる。
厚生労働省の「人口動態統計」で女性の平均初婚年齢を見てみると、1985年は25.5歳だったが、2015年は29.4歳。この30年で晩婚化が加速しているのがよくわかる。
今の30代前半の女性を見ていると、仕事を持っているせいか、結婚を焦っている人をあまり見受けないので、聞いてみると「いずれは結婚すると思うけど……」という声が多いことに気づく。
これはわたしの推測にすぎないが、いくら時代が変わっても生物学的に35歳という年は、結婚が頭の中の大半を占める年のように思う。
なぜなら、35歳という年齢は、出産のタイムリミットが見える年齢だからだ。もちろん、現代の医学では、人によっては40歳、50歳を過ぎても子供を産むことはできるが、できるからといって50歳まで出産を伸ばす人もいないだろう。
35歳をシングルのまま迎えたときのわたしの心は複雑だった。今、子供が欲しいわけではないのに、産む性なのに産まなくていいのか悩んだ。わたしって女なのに女を使わないでこの世を去っていいの? 子供より自己実現のほうが好きなくせに、常識人ぶっていたわたし。振り返るとあまりの幼い思考に笑ってしまうが、本当のことだ。
本気で子供が欲しかったら結婚という形をとらなくても、子供は産めるし、シングルマザーになった知人も周りにはいたが、わたしの場合は、自分が自立することで必死だったので、「子供を産むなら、まず相手探しだわ」と迷ってみただけだった。まったく、最悪な人ですよね。
その証拠に、男性と付き合うときは、いつも妊娠の心配をしていた。女性って大変。その点、男性って気楽よね。今度生まれてきたら絶対に男だ、と答えられるのは、このときのトラウマのせいか。
ずっとひとりで生きる人=強い人間?
そうそう、最近、自分がなぜ、ひとりの人生を送ってきたのか、わかったことがあるので、話したい。これは、近年まれにみる大発見! 70になったから見えてきたことと言える。
ずっとひとりでいるわたしは、人から強い人間だと思われてきた。さらに、ひとりで生きられる勇気ある人だと。
「わたしなんか、寂しくてひとりでは生きられないわ。あなたはすごいわね」
社交辞令だと思うが、しょっちゅう言われ続けてきたので、わたしもそう思ってきた。
しかし、最近、そうではないことに気づいた。もちろんそういう面も持ち合わせているが、実は、本当のわたしは、自分でも嫌になるほど常識的な面を持ちあわせていて、勇気あるどころか、臆病なところがあるのだ。買い物や人前で話すときは大胆なのだが、こと人生の選択になると……。
つまり、何を言いたいかというと、わたしが70歳までひとりなのは、ひとりが好きなのでも仕事人間だからでもなく、臆病だからだったのではないかと。結婚は自分だけではコントロールできない未知の世界。その世界に踏み出す勇気がなかったから、ひとりだということに、気づく。
「あなたは理想が高いから」と、若いころ、まわりの人からは言われ続けてきたが、シングルでこの年まで生きてきたのは、理想の出会いがなかったからでも、強いわけもなく、チキンハート(度胸がなくびくびくしている鳥のような心)で、結婚が怖かったからなのではないか。ヨーロッパひとり旅をする度胸はあっても、人の懐に飛び込めない自分がいる。
まだ、30代のお嬢様たち! 若くて将来が見えないみなさん! 70歳で自分の性格がわかったわたしからのアドバイスでは役に立たないかもしれないが、聞いてください。
あなたは、本当の本当は臆病ですか? それとも深く考えずに飛び込める勇気のある方ですか? 自分の性格を見極めると、後の人生が生きやすい。
「いずれ結婚するかもしれないけど、今はまだ……」と、今はあいまいでもいいが、35歳を過ぎたら、一度立ち止まり、考えてみるのは賢明なことではないだろうか。
間違えないでほしいのだが、臆病で結婚に踏み出せなかったことを後悔しているのではない。それがわたし。今、臆病=ひとりの方程式を発見した喜びのほうが大きい。やっぱりどこかおかしいかもしれないが。
心臓に毛の生えているわたしだと思っていたのに、本当は、チキンハートだったなんて、口が裂けても人には言えないが、今のわたしの心境は、オリンピックで4回転を失敗したフィギュアスケート・宇野昌磨くんの「笑いがこみ上げてきました」のあのすがすがしい心境だ。
結婚して新しい家族をつくり、喜怒哀楽の人生を生きるか。それとも、ひとりで気楽に生きるか。それは自分が決めることで誰が決めることでもないが、自分がどっちに向いているかは、この自分が一番よく知っているはずなので、その気持ちに従うのがいいように思う。
結婚してもしなくても、子供がいてもいなくても、自然にお任せでいても、どの道を選んで進んでも、人間は、孤独からは逃げられないのだから同じ、といえる。しかし、30代で達観してしまったら出家するしかなくなるので、今は、鳴門のうずの中でぐるぐる回っていていいと思う。がんばってね。
<プロフィール>
松原惇子(まつばら・じゅんこ)
1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジ大学院にてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』はベストセラーとなり流行語に。一貫して「女性ひとりの生き方」をテーマに執筆、講演活動を行っている。NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク代表理事。著書に『「ひとりの老後」はこわくない』(PHP文庫)、『老後ひとりぼっち』(SB新書)など多数。