一般住宅に旅行者を有料で泊める「民泊」。6月に民泊新法(住宅宿泊事業法)の施行と旅館業法が改正される今年は、まさに“民泊元年”だ。
2008年ごろから、インターネットの仲介サイトを通して、ホスト(宿泊先)とゲスト(宿泊客)をマッチングするビジネスが出現、一気に広がった。
違法民泊にメス
スマホアプリで手軽に宿を探せて、ホテルなどに比べると料金もリーズナブルなことから外国人観光客や若者を中心に利用者は増加している。
家を丸ごと借りて料理をしたい人や日本らしい暮らしを体験したい人にも魅力は多い。
民泊事情に詳しく、施設の運営も行う児山秀幸さんは、
「民泊はホスト不在型とホスト同居型の2種類があります。現在、日本国内で稼働している民泊施設は約6万軒。ただし、許可を取り営業をしているところは10%程度、それ以外は違法民泊です。具体的な所在や管理者が不明な施設は少なくなく、実態がつかめていない場合もあります」
と“闇民泊”の存在を指摘。
そんな違法民泊にメスを入れるのが新法と法改正だ。
「施設の稼働は年間180日を上限とし、施設の衛生面を保ち、騒音防止のための説明や苦情の対応が義務づけられるなどルールが設けられます。罰金や罰則も厳しくなり、行政の立ち入り権限も与えられるので、違法運営は厳しくなります」(前出・児山氏)
一部の大手民泊仲介サイトは未届け業者の物件は掲載しない方向で動き始めている。独自の条例を設けている自治体のひとつが東京都大田区。同区は'16年1月から国家戦略特区の通称『特区民泊』として実績を積んできた。特区は旅館業の許可がなくとも民泊を始められるが、さまざまな条件があるため、施設の設置へのハードルは高い。
それが功を奏してか、同区では「苦情はあまりない」と担当者は胸を張る。それでも、昨年12月、住宅専用地域などでの民泊営業を全面禁止する条例が、区議会で成立した。
古い街並みが残る美観地区での民泊禁止条例を議会で審議中なのは、岡山・倉敷市だ。
「観光客の多い地域ですが、普通に生活している人もたくさんいます。騒音やゴミ、治安の悪化など生活環境の悪化が懸念されます」(同市担当者)
長野県軽井沢町は町内の民泊全面禁止を打ち出している。
「新法ができたからといって、民泊施設は認めません。街の景観を壊さないためです」
と、同町担当者には一歩も譲る気配はない。
ホストが事件を起こすケースも
世界的な観光地として知られる京都市も、民泊に厳しい姿勢で臨んでいる。
「民泊じたいに反対しているわけではありません」
と同市担当者は前置きし、
「ルールを守らない利用者、違法民泊業者は許さないというスタンスです。一昨年は市内4700軒あまりを調査して、約400施設で営業を中止させました」
と取り組みの成果を強調する。多くの観光客が訪れる古都だけに、トラブルも舞い込む。特に騒音の苦情……。
「古くからの家屋は長屋タイプで壁が薄く、隣から足音がバタバタと聞こえる、ハメをはずして外国語で大声で騒ぐ、キャリーバッグのガラガラがうるさい、といった苦情が近隣から寄せられます。誰が泊まっているのかわからなくて不安でしかたがないという人もいます。火事も怖いですよ」(前出・担当者)
アジアからの観光客が多い沖縄でも、
「住宅専用地域などでの営業については規制を考えています。ただ離島によっては地域活性になると期待していますので、民泊そのものを否定するわけではなく、きちんと許可をとってやってもらいたいんです」(同県担当者)
と、貸主=ホストの順法精神に期待する。
なかには不届きなホストが事件を起こすケースも。民泊の女性客に性的暴行を働こうとして逮捕されたり、無許可営業のうえ、盗撮をしていたとして書類送検される事件も起きた。
つい先日は、大阪の民泊マンションに女性を監禁した疑いで米国籍の男が逮捕され、女性が行方不明(24日現在)のままという事件が発生したばかり。ホテルや旅館のように従業員の目が届かないため、宿泊客の暴走も防げない。
民泊事情に詳しい東京・中央区の『日本橋くるみ行政書士事務所』の石井くるみ氏は、
「これまでは違法民泊に対する罰則規定と行政の監督権限が不十分だったことが、近隣住民とのトラブルの一因となっていました」
と、指摘。違法民泊業者や民泊トラブルは民泊新法に加え、改正される旅行業法で問題解決の成果につながることが期待されているという。
「違法営業にかかる罰金額を3万円から100万円に引き上げ、行政に違法施設への立入検査権限を与える新しい旅館業法が、新法と同時に今年6月15日から施行されます。この日から、違法民泊業者は厳しく摘発されていくでしょう。ルールを守れないのならば民泊営業を諦めることが必要です」(前出・石井氏)
本音を言えば来てほしくない
騒音、ゴミの分別、セキュリティーの問題はあるが、ようやくスタートについたところなのだ。石井氏は、
「民泊に対し、偏見を持ってしまいがちですが、トラブルを出さないように考え一生懸命やっている人もいます」
と今後の発展に期待する。
民泊をよく利用するという都内在住の30代女性は、
「バンドの追っかけをしているので、友人たちとライブの遠征で利用します。宿泊料金がホテルより安いのがいい。音楽スタジオを経営しているオーナーさんの宿に泊まったときはバンドの話で盛り上がったこともあります」
と有意義に活用している。
「新法ができて不安なことがなくなるのであれば、大歓迎ですね。前よりずっと安心して泊まれます」(前出・女性)
東京・台東区上野の老舗商店主は、
「本音を言えば心配事のほうが多いので、周辺に民泊は来てほしくないですね」
と吐露。閑静な住宅街にある同店。現在も近所にある外国人が多く泊まるゲストハウスの騒音に悩まされている。
「オーナーは“何かあったら言ってくださいね”と言われているので苦情を言いにいったことがあります。でも、何度も言っているうちに、自分がクレーマーのような嫌なやつに思えてきて……。ほかの住民もうるさくても文句を言わないで、結構我慢していると思いますよ」(前出・店主)
民泊解禁に先駆け、観光庁は3月末に民泊の基礎知識や制度、申請者向けの情報が入手できるポータルサイトを立ち上げ、苦情や相談を受け付けるコールセンターも始める。宿泊客、業者、周辺住民を巻き込む本格的な“民泊元年”が、民泊のいい面・悪い面を抱えながら動きだす。日本の風景はどう変わるのだろう。