石丸幹二 撮影/廣瀬靖士

 人間の“善”と“悪”という誰もが持っている心の深い部分へと迫る名作を、フランク・ワイルドホーンのダイナミックな楽曲でミュージカル化した『ジキル&ハイド』。父を助けたいという思いと野心、探究心に駆られ、自らを実験台に人間の心から“悪”を切り離そうとしたジキル博士は、やがて自分の生み出したハイドという悪の人格に苦しめられていく。

 この作品で3度目のジキルとハイド役に挑む石丸幹二さんは「ハイドを演じるのが楽しくてしかたないんです。そう言うと語弊があるかもしれませんが」と笑う。

「ハイドというのは、誰しもが心の中に持っているネガティブな面が実在化したもの。面白いのは、ハイドには何も制約がない、という点なんです。好き放題に何をやってもいいキャラクターで、社会のルールも何もないわけですよ。だからいちばんストレスのない人間としているべきなんだ、とワイルドホーンに言われました。だからジキルの中から出てきた途端、高笑いになる。解放された彼は“自由だー!”と叫ぶんです」

 なるほど、何のルールにも縛られず、倫理や制約から自由な存在になれたら楽しいはず。でも、そんなハイドにも弱点がある。

「ハイドが唯一、抵抗を感じるのはジキルの存在なんです。ジキルに心を寄せているルーシーという女性がいて自分に対してはつれない。それで嫉妬と怒りが湧き起こってくるんです。楽しいだけの存在であるはずが、自分の欲しいものを奪おうとするもうひとりの自分がいるわけで。だからジキルを潰(つぶ)したくなるんですが、そうすると、自分を殺すことになってしまう。そこにハイドの葛藤があり、不自由さを感じるようになっていくんですね

僕自身は嫉妬心があまりないんです

 ハイドを演じるのに、石丸さん自身も自分の中の“嫉妬心”や“恨み”といったネガティブな感情を呼び起こしたりするのだろうか?

僕自身は非常にお花畑な人間ですので(笑)、嫉妬というような感情はあまり湧かないんですよ。妬(ねた)むより、“ま、しょうがないか”とあきらめてしまう。そこで勝負をしようというふうにはならなくて、“自分がもっとポジティブでいられる方向に心を持っていこう♪”というタイプの人間なんです。

 だから、ネガティブな感情は、海外の映画に出てくる凶悪犯を見たりして、想像して作ります。例えば『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士とかね。自分からかけ離れた性格の役を演じるほうが、想像しつつ作れる部分が大きいので面白かったりもするんですよ」

 石丸さんの役作りが印象的なのは、黒いハイドに対して、ジキルが白ではなくグレーであるところ。

僕はジキルを普通にいる、人間らしい人間として演じたかった。真っ白な人間なんていないですよね。ジキルは非常に強い好奇心と正義感、そして旺盛な自己顕示欲を持っている。自分が科学を変えていっていると思い込んでいて、そこから来る驕(おご)りがあるんですね。ルール違反すれすれなんだけど、自分の中では正しいと思っている。そんな、周りの人間の目には“あいつの思想はどこかおかしい”と映るところからグレーだし、彼の面の皮をペロッと剥(は)がせばすぐ、そこにハイドがいるんです」

難曲を歌うためには肉を食べなきゃ!

 こうした奥の深いテーマとともに、このミュージカルを特別なものにしているのが楽曲のパワーだ。

ブロードウェイでこの作品を見たとき、“こんなにも力強く心を打つメロディーのミュージカルを書く人がいるんだ”と衝撃を受けました。特に、『時が来た』を聴いたときには身体全体に勇気がみなぎっていくような感覚を覚えましたね。その曲を自分が歌えることは本当に幸せです。でも簡単には歌えないんですよ!(笑) ワイルドホーンは、歌う人の声がいちばんいい音で張れるようにキーを変えてくれるんですが、なおかつ、すごい馬力で歌わないといけないように作るんです(笑)。ハードルが上がるんですよ」

石丸幹二 撮影/廣瀬靖士

 その難曲を歌いこなすための秘策も、ワイルドホーンさんに伝授された。

「彼が面白いことを言ってくれたんです。“僕が書いたミュージカルの曲を歌うなら、君たちアジアの草食人種は毎日、肉を食わなきゃダメだ”って。半分冗談なんですけど、“それくらいパワフルな歌い方を必要とするんだ、自分はそういうふうに書いているから”ということなんですね。肉を食べたからといってすぐに歌えるものでもないんですけど(笑)、日々の鍛錬は大事だとわかりました」

 今回は共演するキャストも大きくチェンジ。稽古(けいこ)場では新しい刺激にワクワクする日々だという。

「僕は音楽畑から出てきた人間ですので、声のアンサンブルにすごく興味があるんですね。だから今回も新しい声とどう響き合うか、お互いの声をどう際立たせるか、いろいろ考えるのはとても楽しい作業です。例えば、前回まで婚約者のエマ役だった笹本玲奈ちゃんが今回はルーシー役で。エマとは正反対の艶っぽくジューシーな声を聴かせてくれたときには“うわ、僕のエマはどこへ行っちゃったんだ”と思いましたけど(笑)、すごく刺激的でした。

 とにかくエネルギーが途切れないようにして、お客様に“ああ、よかった。また見に来たい”と思っていただけるような作品にしたいと思います」

<舞台情報>

『ジキル&ハイド』

 1886年にイギリスで出版されたスティーブンソンの怪奇小説『ジキル博士とハイド氏』を原作に、脚本・作詞レスリー・ブリカッス、作曲フランク・ワイルドホーンでミュージカル化。1997年にブロードウェイで開幕し、大ヒットを記録した。原作にはないジキルの婚約者エマ、娼婦ルーシーというふたりの女性を登場させるなど、ドラマティックな作品に仕上がっている。3月3日~18日 東京国際フォーラム ホールC、3月24日・25日 愛知県芸術劇場 大ホール、3月30日・31日 梅田芸術劇場 メインホールで上演される。

<プロフィール>
いしまる・かんじ◎1965年生まれ、愛媛県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科在学中の’90年、劇団四季に入団。『オペラ座の怪人』ラウル子爵役でデビューし、劇団の看板俳優として活躍。’07年に退団後は『エリザベート』『スカーレット・ピンパーネル』などミュージカルやストレート・プレイ、コンサートに多数出演。2013年にTBSドラマ『半沢直樹』で浅野支店長役を演じ、テレビや映画界でも人気者に。

(取材・文/若林ゆり)