お笑いコンビ・浅草キッドの水道橋博士がルポライターとして芸能界にうごめく人物たちを活写した『藝人春秋』から5年。続編となる『藝人春秋2 上 ハカセより愛をこめて』『藝人春秋2 下 死ぬのは奴らだ』(文藝春秋)が上下巻700ページというボリュームで帰ってきた!
「人に見られる人」の虚像と実像を描く
ビートたけし、タモリら大御所の芸人から、前大阪府知事の橋下徹、みのもんた、猪瀬直樹、やしきたかじん、田原総一朗、さらには大瀧詠一まで、前作以上に取り上げる人の範囲が広い。博士にとって、「芸人」の定義とは?
「『藝人春秋』というタイトルは、連載した出版社の『文藝春秋』に韻を踏んでいます。菊池寛が創刊したころの文藝春秋は作家のゴシップを書いていましたよね。それにならって、この本では、人に見られる人、自分の人生をさらす人を“芸人”と位置づけています。今回の『2』ではそのことを強く意識して、虚像と実像の断層を描こうとしています。
最近、小室哲哉さんの引退報道あたりから『週刊文春』叩きがすさまじいですけど、でも、雑誌というのは昔から暴くことをやっていたんですよね。だから今回、ボクは『週刊文春』に使命を与えられた秘密諜報(ちょうほう)部員=スパイとして、芸能界の秘匿情報を暴く役どころなんです」
週刊誌連載ならではのリアルタイムなネタを、毎週の文章で読者に感じてもらおうと、1度書いた原稿を自らボツにすることもあった。
「時事ネタ連載なので、タイミングがズレちゃったらイチから書き直すこともあります。ネタは常に10数本準備して、何人も調査、観察下に置いています。新しい動きがあれば、それが引き金となって、連載に反映できるんです。下巻のエピローグは、泰葉と立川談志師匠の話ですが、それを書いているときに春風亭小朝師匠と偶然、遭遇した話は今の連載で書いています。どんだけ現実がシンクロしてるんだと自分でも思うけど、誰もそこまで気づいてくれない(笑)」
つまり、博士が興味を持ってウオッチしている人物に、世の中が注目するタイミングを待っているということなのだ。
「壮大なジグソーパズルをつくっているようなもの。僕は“星座”と呼んでいるけど、一見、無関係に見えているものが、あるとき大きな意味を持ったつながりに見えてくることがある。この本で言えば、ロールスロイスをめぐる勝新太郎=若山富三郎=ビートたけしがつながった話がそう。女性誌的だと、藤圭子と宇多田ヒカルの歌姫母娘と運命的にボクが交わる話も。でも、このパズルづくりには終わりがないので、週刊文春ではいったん連載を終わらせます」
これまでになかった新しい僕のスタイル
博士は21年前からブログの日記を、1日も休まずに続けている。
「芸能界で最長なんだけど、総ヒット数は松居一代の1日分に負けるというね(笑)。でも、ボクはそれ以前に小学生から日記を書き続けてきたんです。特に『浅草フランス座』で修業していたころは執拗(しつよう)に書いています。いま、その膨大な日記をテキスト化してます。そうすると、ボクの人生のうち約50年分が単語検索できて、自分でも忘れていた事実が浮かび上がる。それは、いまのボクへの“傍点”でもあるし、日々の出来事に付箋を貼り続けていることでもあり、当然、将来は物語として回収できます」
ほかにも、気になった人々の年表づくりを続けている。ボーッとして過ごすことがいちばん苦手と博士は言う。
「うつになって文章を書けなくなった時期もあり、最初は引退も考えました。この本は、うつ脱出本としても、いま苦しんでいる人にも読んでほしい。もともとボクは子どものころから死について考える性格で、師匠に惹かれたのも、死と戯れている表現者だからだと思う。この本でもマキタスポーツの父親の葬式を死と生の象徴として書いています」
マキタスポーツのほか、三又又三、武井壮、寺門ジモンら博士好みの過剰な芸人が出てくるのも読みどころだ。
「たけしさんやタモリさんのようなきらびやかな星ばかりじゃなくて、“鈍い星”があるから芸能界は面白い(笑)。なので、この本も、闇と光が相互に照らしあうような構成にしています」
もう病気は寛解したという博士は、「いま、『藝人春秋』の『3』と『4』の構想を同時に進めています」と笑う。
「女性読者を増やしたいので、女性、男性に分けた本にしたいです。うつだったときには3年間何もできなかったわけで、そのときの言わば死んでいた時間をいま、埋めたいんです。
現在は6冊が同時に進行していて、その中にはベストセラーになるだろう、ハゲ克服の秘訣本もあります」
「『3』のサブタイトルにこんなのを考えているんだけど、どう思う?」と取材中に尋ねてきた博士の顔は、悪だくみをする悪童そのものだった。博士のスパイ修業はまだまだ続くもようだ。現場から以上です。
ライターは見た! 著者の素顔
わずか50分のインタビューの間に、ヤバいネタも含めここでは書ききれないほど多くのエピソードを語ってくれた水道橋博士。話の合間に、数日前についた新人マネージャーや、本書にも登場する運転手役の芸人・マッハスピード豪速球のガン太くんをイジるあたりに、“鈍い星”に光を当てる優しさを感じました。自らが編集長を務める有料メールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』では、博士が日々、出会った人たちが登場する3万字に及ぶ日記が毎号読めます。
<プロフィール>
すいどうばし・はかせ◎1962年、岡山県生まれ。ビートたけしに弟子入り後、1987年に玉袋筋太郎と漫才コンビ・浅草キッドを結成。テレビを中心に多方面で活躍している、著書に『藝人春秋』『はかせのはなし』など。浅草キッド名義でも『お笑い男の星座』などがある。
(取材・文/南陀楼綾繁)