チバニアン斜面には赤、黄色、緑の札が張られて、磁気変動の地層が説明されている

『チバニアン』で一躍話題の千葉県市原市。ところが地元で新名所にちなんだ土産物などはほとんど見当たらない。その事情を掘り下げてみると……。

 積雪の影響か、例年より少々遅れていた千葉の県花“菜の花”が咲き始めていた。

 観光シーズンが始まる3月17日からは、房総半島を走る小湊鉄道が、桜並木と一面の菜の花畑を望めるトロッコ列車を運行する。そんなのどかな観光スポットに今年、歴史的“名所”が加わりそうだ。

「約77万年前に地球の磁気が逆転した痕跡を示す『千葉セクション』と呼ばれる地層です。これまで地球のS極とN極は、360万年の間に11回逆転したとされますが、その最後に逆転した地層が確認できるのが“チバニアン”なのです。

 ラテン語で“千葉時代”を意味する言葉ですが、今や地層を含めた一般的な呼称になってしまいましたね。今年中には国際地質科学連合に正式認定される見通しで、いよいよ本格的な“チバニアンブーム”が訪れることでしょう」(全国紙記者)

 この年代に対して、イオリア海にちなんだ“イオリアン”を主張するイタリアとの申請“合戦”が行われたのが昨年6月。

 そして11月にチバニアンが打ち勝ち、国際学会の1次審査を通過したことが発表されたのだった。3段階の審査を無事に通れば、チバニアンとして地球史に正式に認定されるのである。

 とはいえ正直、“磁気が逆転した地層”と言われても、何がスゴイのか素人にはよくわからない。が、恐竜が生息したジュラ紀や白亜紀と並んで教科書に載るのは“モノスゴイ”ことだと思う。

 そこで記者はチバニアンを見るべく、千葉県市原市へと向かったのだ。

東京から「チバニアン」までどれくらいかかるのか

 東京駅から電車に揺られて約1時間、到着したJR五井駅から乗り換えるのが小湊鉄道だ。同社のホームページを確認すると、チバニアンへは上総牛久駅で降りてタクシーに乗るか、最寄りの月崎駅で下車。徒歩40分とある。迷わずタクシーに乗った。

 約20分かけてチバニアンの“入口”である施設・田淵会館に到着すると「4150円です」と、運転手の声。昨年11月から今年の1月末まで、市原市が月崎駅から無料シャトルバスを運行していたときは、1日数百人の見物客が訪れていたという。バスが終了した今となっては、公共の交通機関では「気軽に」とは言い難い。

 田淵会館の敷地を横切って数百メートルを下ると、川に近づくにつれて足場が悪くなる。市によって急きょ作られたと思われる手すりがありがたい。そして流れる二級河川・養老川に沿い、パノラマのように広がった地層が顔を見せる。これがチバニアンだ。

“入口”となる田淵会館への道に「チバニアン」への案内。私有地なのでマナーを守ろう

 水を含んだ滑る粘土質の地面を慎重に、お気に入りのスニーカーを濡らしながら歩いた。数名いた先客の中には、しっかり長靴を履いた用意のいい見物者の姿も。記者も並んで「あぁ、あそこか」などと、地層を見上げて知ったかぶりを決め込んでいると、後からカップルがやってきた。

話題になっているじゃないですか? 天気も良かったんでドライブがてらに来てみたんですよ。今なら空いているんじゃないかって。川沿いで癒されるし、パワースポットという感じがしますね!

 川崎市内から東京湾アクアラインを通り、寄り道をしながら約2時間かけて運転してきたという男性。そのそばには男性の腕をつかんで恐る恐る歩く女性。まさかデートでチバニアンに来るとは思わなかったのかもしれない。足元はヒールだった。やはり推奨されている長靴、もしくは汚れてもいい運動靴を持参したほうが無難だ。

階段を上ると、がけ崩れの危険があり立ち入り禁止の看板が。足元は滑るので注意だ

 帰りは行きの“出費”を反省しつつ、今度は最寄りの月崎駅まで徒歩で向かう。山の景色を見ながら歩いたため、途中で道を間違えそうになるが30分もかからなかったかもしれない。すっかり花粉にはやられてしまったが。

 帰りの上り電車を待つ間、月崎駅前に唯一ある商店の女性店主に話を聞く。

「もう少ししたら駅の周りの桜が咲いてね。よくテレビなんかの取材も来るんだよ。(チバニアンの影響は?)すごかったね。

 ただ道を聞かれたりしたけど、あまり(商売の影響は)なかったかな。(チバニアン土産は?)何か“置いてくれ”と言われたら考えるけど、まだ何もないよ」

 チバニアン効果により、この数か月間で観光客がどっと押し寄せた市原市。が、「編集部にお土産でも」との思いもむなしく、いわゆる“チバニアン土産”を道中で見かけることはなかった。五井駅前観光案内所の職員が話す。

例えば“チバニアンまんじゅう”みたいな観光土産が作れればいいのですが、現状は(商標が使えないので)やりたくともできない状況です。“ちば”など、一部だけ名前を変更したり、地層をイメージした土産や商品を販売しているところはあるようですが。観光の側面から見ましても、何とかチバニアン関連の商標が使用できればと思います

 そう、チバニアンが公になった一方で、やはりというか『チバニアン』商標を巡る動きが活発化。“先見”と言うのか、'16年に千葉県内の一般男性が出願した商標が、翌3月に認められてしまったのだ。

商標登録、権利は誰の手に

「昨年11月には、研究を進めてきた国立極地研究所の“論文や書籍に弊害が起こる”という申し立てにより、男性が所有していた《印刷物》の商標が特許庁により取り消されました。が、キーホルダーやおもちゃ、ほか飲食料品については登録されたまま。せっかくの“チバニアン”土産が作られないのが現状です」(前出・全国紙記者)

 この一般男性のほかにも、個人、会社関係による出願が相次ぎ、《チバニアン》に関する出願は11件にのぼり、いずれも審査中だ。その中で目を引いたのが、昨年11月28日、12月1日に2回届け出ていた大手百貨店『三越伊勢丹』。

 特に市原市とは縁もゆかりもないはずなのだが、食器類などの雑貨や洋服、またビールほか多種に対してチバニアンの使用を出願していたのだった。

 ところが2月中旬、『特許情報プラットフォーム』から三越伊勢丹の名前が突然消える。チバニアン関連商品の発売をあきらめたのだろうか。

「小湊鉄道さまのほうに名義変更しておりますので、当社としては出願をやめています。とくに商品として開発をしようとしていた段階ではなく、その時は“何かできないか”という考えがございましたので登録したまでです」(株式会社三越伊勢丹ホールディングス広報)

 確認すると、かつて同社が出願していた内容が名前を変えて、小湊鉄道株式会社に移り渡っている。これは、どういうことなのだろうか。

いろいろなところと情報交換をさせてもらいながら観光関係を含めてやっているのですが、その中で三越伊勢丹さんからお話をいただきまして、昨年12月末ぐらいには申請者変更の話がまとまっていました。

 チバニアンは私どもにとって非常に重要な事象ですが、正直申し上げまして商標登録のほうまではイメージがなかったのです(苦笑)」(小湊鉄道株式会社総務課)

 三越伊勢丹は昨年にひとまず出願を済ませてから、その道に“疎かった”小湊鉄道に権利を譲渡してあげた、ということだろうか。

 とはいえ、具体的に商品を売り出すことはまったく決めていないという同社だが、鉄道会社ならではの試みを模索している最中のようで。

最寄りの小湊鉄道「月崎駅」。駅名を「チバニアン」にすることも検討中とのこと

「今考えているのが、駅ですね。駅名をどうしようかということは考えています。最寄り駅は月崎駅になりますが、そこを『チバニアン』という名前の駅にするかどうか、ということを考えております」(同・総務課)

 そして“ローカル線”ならではの、地域に密着した商標の使い方を目指していく。

「チバニアンの付近というのは、今はまだまだ農村地帯であります。ただ将来、地元に住む沿線地域の方々がいろいろな形でチバニアンを使って盛り上げていきたいということになれば、商標の共有、共用をしていきたいと思っています」(同・総務課)

 では、歴史的“資産”を抱えることになる市原市広報広聴課に今後の展開を聞くと、

「議題には上がっておりますが、まだ市として具体的にチバニアンで何をしていくか、などは決まっていません。

 というのも今は、国の天然記念物への指定(1月29日に申請手続き)を目指していまして、その決定をどうするかというのが近々の課題となっているのです。すべては、それがクリアになってからになると思います」

 前出の五井駅前観光案内所の職員もこう話していた。

とにもかくにも天然記念物指定が正式に決まらないと、市としても予算が降りないんですね。利便性の悪いチバニアンへの交通手段の整備、また足場の悪い川沿いの整地など、観光地としてはまだまだこれからの場所なんですよ。商標に関しても、市は登録の取り下げをかけあっているようです

 願わくは地元、観光客にとってやさしい観光スポットになってほしい。