(ノンフィクション・ライター 菅野久美子)
婚活中、アニメ仲間とのオフ会で不倫相手に出会う
「この前、ついに不倫相手の家にお泊りしたんです。奥さんと子供が実家に帰っていて。それで夫婦の結婚式の写真が飾ってある部屋で、しちゃったんです」
待ち合わせ場所に指定した都内のカフェで、小野洋子(仮名・34歳)は飲み物を注文するなりこう切り出した。
洋子は独身で、自他ともに認めるオタク。背は低めで、どちらといえばポッチャリ体形。端正な顔立ちの黒髪のショートカットだ。趣味はオタクらしくアニメとコスプレ、そして、2.5次元俳優(マンガやゲームが原作の舞台に出演する俳優)の追っかけもしている。
職業はWebディレクターとして都内の広告代理店に勤務。一見、地味なキャラクターであるため、不倫とは無縁のタイプに思える。
しかし、上着を脱ぐと、女性の私でも思わず目が行くほどの爆乳があらわになった。豊満な胸を褒めると、洋子はまんざらでもなさそうに照れた。
そんな自慢の胸の持ち主とあってか、アニメ仲間の間では、あだ名は「おっぱい」。
30歳の時に、同世代の周りの友人がバタバタと結婚し始めることに焦って、無料婚活サイトに登録した。皮肉なことに、婚活サイトで知り合った男に連れて行ってもらったオフ会にいたのが、今の不倫相手の佐々木陽介(仮名・38歳)だった。
陽介には専業主婦の妻と6歳の娘がいる。職業はIT企業に勤めるエンジニア。そんな陽介と、洋子は4年不倫関係が続いている。
「もう彼を見た途端、ひと目ぼれでしたね。細くて、背が高いタイプが好きなので、ドンピシャでした。でもその時は、すぐに他の人に“あの人は、結婚してるよ。しかも子供が生まれたばっかり”と聞かされたんです。あぁ、妻帯者か、そりゃそうだよなと思ったんです。あんなにかっこいいのに、結婚してないわけがないって」
それから、何度かアニメ仲間のオフ会が開かれ、そこに陽介もたびたび顔を出していた。数回、仲間内で飲んだ後、自然な流れでLINEを交換。数日後、「飲みに行かない?」と陽介からの唐突な誘いに、洋子は驚いた。
「やっぱり最初は、えっ? 結婚してるのに二人きりでいいの? って思いました。でも、気がついたら、『行きまーす』って返事してましたね(笑)。理由としては、私のほうが彼にかなり入れあげていたのが大きいと思います」
ここでスマホに入っているという陽介の写真を見せてもらった。アニメ仲間たちが映ったオフ会のワンショット――。その中で、ひと際背が高く、とびきりイケメンなのが、陽介であった。洋子がひと目ぼれするのも納得のルックスである。
洋子は、当初の目的の婚活そっちのけで、ズルズルと陽介にのめり込んでいく。
「2回目に飲みに誘われて行って。その帰りに、“駅の構内でチューする?”って言ってきて、キスをして、手を繋いでいたんです。そして、ディープキスまでしちゃって別れた。これは次もあるなって思った。それでも身体の関係までいくのに、1年くらいかかりました」
陽介は深夜勤務も多く、妻には急な宿泊も不審に思われることはない。二人で飲みに行くこともあったが、月に一度は、洋子の家で一晩を過ごすようになった。
陽介は肉欲に任せてガツガツとするタイプではない。性欲自体も薄いのかもしれないと、洋子は感じた。そんなところも洋子は好きだった。「とにかく一緒にいて、ラクで、楽しい」それは陽介も同じようだった。
洋子は、陽介を積極的に自宅に招くようになった。大好きなアニメや映画を見て、ソファーでまったりして、イチャイチャと戯れる。
性急なセックスになだれ込むよりも、スローな前戯のようなイチャイチャ――。それでお互い満足だった。
そして1年後、ようやく二人は結ばれた。
「初めてのセックスは、ちょっとぎこちない感じだったけど、それが逆にうれしかったですね。セックス自体は普通で、特にうまいという感じでもなかった。でも、セックスよりも二人でイチャイチャするのが好きという感覚は、一致してましたね」
逢瀬を重ねるうちに陽介は、「本当に、結婚して良かったのかなと疑問に思うんだよね……」と、そんな言葉を洋子に漏らすようになった。そして彼は、娘が生まれて以来、5年間、妻とはセックスレスであることを打ち明けた。
妻と子供のいない不倫相手の家へ
ある日、飲みに行った帰りに、陽介は洋子を自宅に誘った。
「今日は、嫁も子供も実家に帰ってるから」
陽介一家は、神奈川県の郊外にある一戸建てに住んでいる。駅から離れているため、陽介は自転車で通勤しているのだという。深夜、自転車に二人乗りして、陽介の自宅に向かった。
「私も、ちょっとおかしくなっていて、なぜだか彼の家族の生活っぷりが見てみたいと思っちゃったんです。だから、いいよって言いました。家に着いたら、“あぁ、ついに来ちゃった”って思いました」
玄関を開けると、正面の壁に掛けられた無邪気にほほ笑む女の子の写真に、洋子は思わずギョッとのけ反った。どうやら、七五三の写真らしい。
「スタジオアリスで撮った娘のディズニーのプリンセスの写真がドーンと飾ってあった。おぉ、娘だって驚いたんです。娘がいたのは前から知ってたけど、なんか、“私、なんでこんなとこいるんだろう”って、すごく変な気持ちでした。もし私が奥さんで、この状況を知ったら、“死んだほうがましだわ”って冷静に思う自分がいました」
室内に入ると、真っ黒に変色したバナナの皮が床にペロンと転がっていたのに気がついた。いたるところに、脱ぎ散らかされた洋服があり、開封済みのペットボトルが放置してあった。
「いわゆる、汚部屋でした。奥さん、専業主婦のはずなんですが、あまりの散らかりぶりにびっくりしました。相当、荒れた生活だというのは伝わってきました。奥さんも病んでそうだなって思いましたね。長年セックスレスのせいなのか、夫婦間が上手くいってないっていうのが分かりました」
幸せそうな結婚式の写真を見ながら
洋子が汚部屋ぶりに驚愕していると、陽介が普段通りといった様子で、「お風呂沸かすね、一緒に入ろう」とほほ笑んで、湯船にお湯を溜め始めた。
洋子は誘われるがままに、浴室の湯舟に入った。シャンプーのボトルや床はカビだらけで、内心は寒気がしたが、素知らぬ顔をした。
「お風呂には、子供のおもちゃがありました。壁には、『あ・い・う・え・お』って書かれたひらがな表が貼ってありました。狭い浴室なんですけど、湯船に二人で入って、イチャイチャしました。そんな状況でも結構楽しそうで、彼のあそこは元気になってましたね」
お風呂から上がると、二人でソファーに座って、『シン・ゴジラ』を見て、ゲームをした。小さなゲストルームに案内されると、その部屋の壁にはウエディングドレス姿の結婚式の写真が貼ってあった。夫婦とも初々しくて、奥さんはスレンダー体形で可愛かった。
陽介は、そんな写真の存在など気にならないようで、洋子を押し倒して、中に押し入ってきた。夫婦の写真を目の端で見ながら、
「ついに、来るところまできちゃったなぁ……」
洋子は、陽介を受け入れながら、ぼんやりとした頭でそう思った。
洋子はなぜ、不倫の沼にハマってしまったのか? 後編では、不倫の背景にある彼女と父親との関係をひも解いていきたい。
(後編に続く)
*後編は3月11日に公開します。
<筆者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。