家族のありようは急速に変化している。保護者のいない子ども、育てることが難しい子どもに対し、公的な責任で社会的に養育し、家庭の支援を行うことを「社会的養護」という。福祉施設だけでなく里親委託も含まれる。
「自分だけ幸せになっていいの?」
厚生労働省によると、2015年に登録された里親は1万人超、委託された子どもは'16年に5000人を超えた。自治体間で差があるものの、新潟市は里親等委託率が5割を超え、全国で最多となっている。静岡市や福岡市でも4割前後だ。国は取り組み事例の普及に努めている。
里親は4種類に大きく分けられる。一定期間の養育をするのが「養育里親」だ。このうち、虐待や非行、障がいなどの理由で専門的な援助を必要とする「専門里親」のほか、養子縁組によって養親となる「養子縁組里親」、祖父母などの「親族里親」がある。いずれも特別な資格はないが、研修を受けることが必要。期間は、数週間から養子縁組までさまざまだ。
女子高生Aさんは、里親と東京郊外で暮らす17歳。1人部屋を与えられており、特に生活に不満はない。
「3歳のときに乳児院から預けられたと聞いたけど、ほとんどの子はまだ親が決まっていなかった。自分だけ幸せになっていいの? って思ったりする」
友達にはどう話しているのだろうか?
「中、高で何人かには言ったことがあるけど、関係は変化しなかった。ほかの友達には里子だとは言ってないけど、家に呼んだことはあります。特に何も言われなかったし……」
また、里親に育てられたBさん(20)は母親が病気だったため、2歳で児童養護施設に入所した。その後、里親家庭に預けられたときは、6歳だった。
「小さいときから(里親のところに)いたので、家族のように思っている。生みの母親がいても、家族とは違う感じ。自分には、この家に住んでいる人が家族」
実の親は生きているのに頼れない
生みの母親に会ったことはある。でも「過去の親」と言って、現在の家族と区別している。
「将来は自立してなんでもできるようになりたい。でも、嫌なことがあったら帰れる場所が里親の家」
そうBさんは話す。
ただ、社会的養護の親子関係は、子どもが自立したあとの課題も大きい。児童養護施設や里親家庭で育った子どもたちの相談に乗る、『アフターケア相談所ゆずりは』所長の高橋亜美さんが指摘する。
「社会的養護で育つ子どもたちが、施設への入所や里親のもとで育つ背景には、虐待や貧困などの問題があります。実の親は生きているのに、安心して頼れない。その困難があります」
例えば、アパートを借りるときや就職に際して、身元保証人が必要になる。携帯電話の契約でも、未成年ならば親のサインを求められる。しかし、実の親には頼めない、あるいは頼みたくないという心情がある。
「アパートは保証会社を利用することもできますが、そのための保証人が必要になることがあるんです。保証人のサインがないと、家賃が上乗せされたり、リスクが高い物件を借りることになりかねない。本人のせいではない問題の相談は、常にあります」(高橋さん)
また、子どもが18歳を過ぎた場合、児童相談所のサポートはなくなる。里親と良好な関係が築けなかった子どもも、18歳以降にサポートを受けられない。施設で育った子どもに対しては、施設側が「アフターケアも仕事としてやっていくべき」と高橋さんは主張する。
「里親、里子ともに、自立したあとも相談できるような人や場所などの公的支援が必要。現状では相談先が乏しく、抱え込む人も多いのではないでしょうか」
東京都は、養子縁組したケースを除き、児童養護施設などで育った人たちの追跡調査をしている。'17年の調査では生活が安定しないためか「困っていること」として「消費者金融やクレジットなどの借金」が9割を超えた。生活保護を「受けている」と「受けたことがある」を合わせると、13・7%('10年調査)から20・2%('17年調査)と6・5ポイント増加している。
社会的養護をめぐっては前述のような課題がある。しかし、養子縁組ができれば、家庭内の人間関係は比較的、安定するようだ。
子どもがいないと結婚する意味がない
漫画家の古泉智浩さん(49)には、『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』(イーストプレス)の著書がある。タイトルどおり、里子を預かってからのエピソードを満載した作品は評判を呼び、続編『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』(同)も昨年に出版している。
古泉さんが妻(41)と結婚したのは'09年。子どもをつくるのが前提だった。
「子どもがいないと結婚する意味がない」(古泉さん、以下同)
そう思うのには理由があった。妻と結婚する以前、婚約者がいたが、事情があり結婚できなかった。その女性との間に娘がいる。
「娘が2歳のときに初めて会って、それで子どもが欲しいと思ったんです。もし自分が2歳の女の子だったら、大人を頼って生きなければならない。娘と会ったことで、人を守らないといけないと初めて思いました。ずっと“愛とは何か?”と考えていましたが、これが答えでした」
妻は初め、子どもを欲しいとは思っていなかったようだが、古泉さんと話をするなかで変化していった。
しかし、なかなか2人の子どもができない。検査をしてもどちらも機能的には問題がない。不妊治療をするが、それでもできない。
「あるとき、妻から不妊治療で600万円使ったことを聞かされて。高い治療をすれば成功すると思っていましたし、妻も妊娠できるつもりでいた。それでもできない。深みにはまりました。運なのか、神様の差配なのか」
それでもあきらめず、古泉さんは養子縁組を考えた。子どもがいないことが耐えられなかったのだ。
里親の希望者は、夫婦の同意の上で相談し、児童相談所の担当職員がその家庭を訪問し、調査する。同時に研修を行う。児童福祉審議会の審議で認定されると、里親名簿に登録される。
「子どもは3、4人欲しい」
里子は3、4歳でもいいと思っていた。愛情を確かめるため大人をわざと困らせる“試し行動”があるかもしれないと覚悟していたが、新生児がやってきた。
「里親研修を終えた途端、赤ちゃんを預かってほしいと言われて。びっくりしました。役所のケアもとても手厚い。こちらの想像の何倍も面倒を見てくれました」
長男はすでに3歳。「かんが強いのか、泣き出したら止まらない」。「生みの親がいる」とは伝えているが、理解できているかはわからない。
長男との特別養子縁組が成立して1年がたつ。生みの親との法的な親子関係を解消し、育ての親として親子関係を結んだ。法律上は実の子と同じになる。不安はなかったのだろうか?
「知り合いの漫画家が養子縁組をしているんですが、実の親子同然に見えました。真っ先にその親子が頭に浮かんで、安心できたんです」
その後、2人目の娘も生まれたてで預かった。長男と同じく特別養子縁組を検討中だ。
子育ての悩みは尽きない。長男は、欲しがるものを「買えないよ」と言われ、荒れて妹に八つ当たりをした。そのとき、「妹なんて、乳児院に戻せばいいんだ」と叫んだという。
「妹の出自も理解していることがわかりましたが、それは言ってはいけないこと。“人を傷つけるようなことを言うと、自分も傷ついてしまうので、言っちゃいけないよ”と叱りました」
古泉さんは2人のほかにも子育てをしたい気持ちがあると話す。
「できれば、子どもは3、4人欲しいです。でも、僕も年ですし、これ以上は体力が大変。なので、今の2人が大きくなったとき、少し大きめの子どもを預かるということはあるかもしれません」
里親や養子縁組は、なにより子どものためにある制度だ。だが、社会的養護を通じて「親」になれるかもしれないという選択肢は、子どもを切望する人たちにとって希望でもある。多様な家族を支える仕組みと理解が求められている。
<取材・文/渋井哲也>