「(容疑者は厨房で働いて)表には出ないんです。優しくて、まじめでおとなしい人です。お母さん思いで、小さいころからお手伝いをするような子。親子で楽しそうに話をしながら買い物に行く姿なんか、まるで夫婦みたいって近所でも評判だったんです」
近隣住民がそう伝える長男の野中学容疑者(49)と被害者の母親、野中キリさん(76)の様子。福井県警によれば、容疑者は13日午前2時ごろ、母親を刃物のようなもので殺害。同日、殺人罪で現行犯逮捕された。
「仲のいい家族でしたよ」
事件現場は、JR福井駅から車で10分ほどの場所にある人気そば・うどん店。1階が店舗で、2階が自宅。母親はそこにひとりで暮らしていた。
おろしうどんがおいしかったと語る近所の主婦は、
「あのお店はうどんが有名で、おいしいんですよ。そうめんよりも太くて、(他店の)うどんよりも細くてモチモチしているんですよ。のどごしのいい麺です。
土日なんかは他県からもわざわざお店にやってくるんですよ。平日でもお昼どきは混んでいます。なので、品切れで早めにお店を閉めることも多々ありましたね。それくらい人気のあるお店でした」
5台分の駐車スペースは昼どきにはあっという間に埋まり、道路沿いに車が並ぶこともしばしばだったという。
5年くらい前に亡くなった夫とキリさんが40年以上前に始めた店。家族ぐるみの付き合いだったという女性が、店の歴史を教えてくれた。
「最初は現在の店から100メートルくらい離れたところにある長屋を借りて営業していました。(容疑者の)学さんが中学生になるときに、移転したんです。お姉さんがいてね、両親が商売をしているからか、姉弟は仲がよかった。
学さんは地元の中学を卒業後、定時制高校に通いながら日中はお店の手伝いをしていたんです。高校卒業後はずっと、お父さんとお母さんと学さんで切り盛りしていました。お姉ちゃんも手伝っていたんですけど、結婚して家を出ました。仲のいい家族でしたよ」
今年1月、町内会の新年会でキリさんに会った30年来の近所付き合いという男性は、
「人と打ち解けるのがうまいというか場を盛り上げるのがうまいというか、そういう人でしたね。接客も丁寧でした」
「こちらが真相を知りたい」
キリさんを知る女性は、
「愛想がよくて、明るい人。バチッとお化粧をして、華奢できれいな方でした。地元出身の演歌・歌謡歌手の青山ひろしの後援会に入っていて、すごく熱中していましたね。生け花とお茶が好きで、よくお茶会とかするんですよ。(事件現場の)2階には茶室もあるしね。お店の床の間には、キリさんの生けた花が飾ってありました」
容疑者は店舗兼実家から約1キロ離れた場所に一軒家を建て、10年ほど前からひとり暮らしをしていた。
定休日の水曜日以外は毎朝8時ごろに車で出勤し、そば・うどんなどの仕込みを自分ひとりで黙々とこなす。
家族ぐるみの付き合いをしていた前出の住民が、一軒家を建てた経緯を明かした。
「同居だと、お嫁さんをもらう話があってもなかなかうまく進まない。そういうことで、お店とは違うところに家を建てたんですよ。私も何人か紹介したけれどもね。
後から聞いた話だと“もし結婚したら、私もお店の仕事に駆り出されるんでしょ、それは嫌だ”って女性が言うんですって。ちょっと彼女ができても、女の人のほうから後ずさりしてしまうということは聞いたことがありますね」
容疑者から体調の不安を聞いていた住民がいた。
「必ず“おはようございます”って律義にあいさつしてくれるんですよ。最近、腰が痛い、腰をやられたって、コルセットを巻いて無理していた感じでしたね」
それでも不調を隠し、父親を亡くしてからは、ひとりでうどんやそばをこね、人気店として客の期待に応えてきた日々。前出の30年来の近所付き合いという男性は、
「人のために尽くすような人でしたね。雪が降って店の前で立ち往生している車があると、仕事を途中でやめてでも車を押していました。店の前だけじゃなく、近くの駐車場の雪かきもしていました。
そばを、麺つゆと一緒に持ってきてくれたこともありました。つゆはペットボトルに入れて“煮物にも使えるから”って」
と容疑者の人柄を伝える。
近所付き合いもきちんとし、トラブルの種はなく、お惣菜が余れば知人に届け家族全員、仲がいいという近所でも評判の一家で起きてしまった長男による母親刺殺事件。容疑者本人の命に別状はないが、ケガをしていたという。
昨年末から体調が思わしくなく、事件直前は自慢のうどんやそばの太さが不ぞろいになるなど、「学さんが体調を崩して休んでいると聞きました」と前出・主婦。無理心中を図ろうとしたという報道もあったが、「こちらが真相を知りたい」と周辺住民。
繁盛店の店内に食欲をそそる麺つゆの香りが漂うことは、もうない。