「総務省の家計調査では、毎月の支出金額はここ4年間、下がり続けている。物価が上がり、賃金も上がればよい値上げで経済も回りますが、物価は上がっているのに賃金は上がらない。消費者は2倍も3倍も節約が必要になる」
生活経済ジャーナリストの柏木理佳さんがそう指摘する新年度の“悪い値上げ”。
価格に転嫁せざるをえない状況
生命保険やランドセルなど値下げされる商品もあるが生活必需品はおおむね値上げで、スーパーの陳列棚の前で消費者はため息をつくしかない。野菜売り場では、昨年の秋以来の高値が続いていたレタスやキャベツなどの葉物野菜が落ち着きを取り戻している。
「キャベツと大根は4月中旬に、にんじんは4月下旬には平年並みの価格に戻ります。生育の早いレタスはすでに市場にあふれています」
と農林水産省園芸作物課。「天候に問題がなければ今年は順調に推移していくはず」と見通す。レタスの卸値は、すでに前年比2割安だ。
例年、値動きの傾向があるという精肉は、
「年末年始に需要が高まり価格が上がるが、1月〜3月には低下します。4月は暖かくなり、行楽需要に向け価格は上がる」(農畜産業振興機構)
水産資源の減少や「中国との資源の奪い合いで水揚げ量は減少している」(前出・柏木さん)ことから、すでに値上げをしたのは缶詰業界だ。
マルハニチロと極洋は今年1月出荷分よりサンマの缶詰を値上げ。全国さんま棒受網漁業協同組合によると、昨年のサンマの水揚げ高は前年より3割も減少した。
「不漁による原材料の高騰に対応ができず、価格に転嫁せざるをえない状況。当社では数十年ぶりの値上げです」
と極洋の広報。同社では3月にサバの缶詰も値上げした。
「イカも不漁が原因です」
というマルハニチロは、冷凍食品『いかの天ぷら』を卸値で約10%、3月から4月にかけ順次、値上げしていく。
景気に左右されない食卓のツートップ、もやしと納豆。採算性が取れないと、もやし生産協会が窮状を訴えたのは昨春のことだった。
同協会理事で、旭物産の林正二社長は、
「1袋(200グラム)の卸値で1〜2円の値上げができました。業界もひと息つけたところです。今後は現状価格を維持できると思います」
と供給を約束する。
納豆は、値上げだ。
『おかめ納豆』のタカノフーズは、4月から5月にかけ、27年ぶりに出荷価格を引き上げる。同社広報が話す。
「大豆原料が高騰し、出荷価格に転嫁するしかありませんでした。10〜20円程度、小売価格にも反映されるかもしれませんが、スーパーさんでは本当に安く売っているところもあります。今後も、納豆を食べていただければ」
花見シーズンを直撃
主食のコメにも異変が起きているという。農協関係者が打ち明ける。
「3年連続で卸値が上がっている。昨年は天候不順で不作だったので、予想外の高値に動いた。今年も高値が続く」
高値の一因として加わるのが、コンビニ各社の“コメ争奪戦”だ。再び農協関係者。
「コンビニ各社は、よりよい食味のおにぎりや弁当のために、大量に定価で購入する。農家にとっても高い値段で定量を買ってくれるほうに売りたいのは当然。今年から減反が廃止され、再来年には供給が過剰になり価格も下落していく可能性がある」
しわ寄せは、外食産業などに及ぶ。牛丼チェーン店の『すき家』は昨年、値上げずみ。4月3日からは同『松屋』が一部商品を値上げする。パックご飯の各メーカーも、希望小売価格を引き上げた。
冷凍食品の製造販売を手がけるテーブルマークは、冷凍食品22商品で、3月出荷分から最大16%の出荷価格の値上げを決めた。
山崎製パンは、レーズンを使用した一部商品の出荷価格を値上げする。
「4商品で約12%の値上げ、3商品で内容量を減らします。レーズンの価格急騰を、内部吸収することができませんでした」(同社広報)
歓送迎会や花見シーズンを直撃するのは、業務用ビールだ。アサヒビールは3月1日出荷分から、キリンビール、サッポロビール、サントリーも4月1日出荷分より値上げ。大手居酒屋の『養老乃瀧』は4月より中・大ジョッキのビールを1杯20円引き上げる。
都内で飲食店を個人経営する男性は、恨めしげに嘆く。
「大手居酒屋はビールの価格を据え置いても薄利多売で乗り切ることができるかもしれないが、うちのような小さな店は値上げしないとキツい」
飲食店経営者にとっても家計をあずかる主婦にとっても、電気、ガス、水道の値上げは痛手だ。
全国の電力会社10社は、4月から一斉値上げに踏み切る。価格のからくりを、資源エネルギー論が専門の和光大学の岩間剛一教授が解説する。
「ガスや電気料金の価格は、3か月前の原油価格の影響を受けます。1月まで原油価格が高かったため、4月から5月にかけては、今年は値上がりします。4月以降は原油価格が下がる見通しで、6月からはガス・電気料金は下がる」
5000円も値下げ
水道料金に関しては「水道管の老朽化から、つくば市や北海道では値上げを行っています。今後、全国的に広がっていく」と前出の柏木さん。
ガソリン価格の行方について岩間教授は「1リットル5円程度値段が下がる」と見通す。
「ガソリン価格は1年前と比べると高くなっていますが、原油価格が落ち着きを取り戻したこと、円高になったこと、さらに市場の過当競争がなくなったことから下がります。ただ、安売り合戦がなくなったため、以前のように格安で売る店は出てこない」
来春、小学校に入学する子どもの親にはうれしい知らせだ。全国のイオン系列の店舗で4月13日から発売する『トップバリュ かるすぽ はなまるランドセル24』は従来の定番モデルを刷新。新たな機能を付加し、5000円も値下げする。
新生活に欠かせない家具も値段が下がっているという。
「IKEAやニトリなど価格競争が激しく値段は下落傾向です。コンビニやスーパーのプライベートブランドなども同様です」(前出・柏木さん)
日々消費するトイレットペーパー、ティッシュペーパー、キッチンペーパーといった家庭紙。日本製紙クレシアは、4月21日出荷分より卸価格を値上げする。大王製紙と王子ネピアも5月1日出荷分より引き上げる。
「家庭紙製品全般を10%以上値上げする予定です」
と日本製紙クレシア広報。
再生トイレ紙を製造する丸富製紙は、4月21日出荷分より、店頭価格で50円程度値上げする。同社広報は、
「価格はあくまで目標です。古紙価格や物流費、燃料費の高騰が原因。5月上旬には店頭価格にも反映されるのでは」
国民健康保険も、値上がりする。経済ジャーナリストの荻原博子さんによれば、
「市区町村から県への移管に伴い、値上がりしていく。これまで国保の医療費を税金で補てんしていましたが、医療費が増え、とても追いつかなくなってきている。徐々に上げざるをえない状況です」
初診料も大幅値上げだ。
「初診料に800円加算されます。紹介状のない大病院では、初診料を5000円負担しなければなりませんでしたが、大病院の要件が変わります。これまでの500床以上から400床以上に。大病院はあまり行かないほうがいいということですね」(荻原さん)
生命保険会社は、値下げに踏み切る。既契約者には配当を増やし、新規契約者には死亡保険の保険料引き下げで応じるという。生活必需品ではないだけに、値下げの喜びもさほど広がらない。
生活者のあずかり知らぬところで決定され実施される値上げの数々に悲鳴の春。
「景気の回復を実感できず、消費を縮小せざるをえない」(前出・岩間教授)という現実にどう立ち向かうか。
最近、SNS上では、ご飯におかず1品だけの“ハードコア弁当”が話題を集めている。作る時間が省け、材料費も安上がりで見栄えも必要ない。週に1日、徹底的な遊び心で消費を縮小する“ハードコア弁当”のような発想を、生活全般に生み出したい。