「テレビに映る佐川君を見て、全然変わってないなって思いました。メガネをはずして、ブレザーを着たら高校時代の佐川君そのままです」
と高校の同級生A子さんは興奮ぎみに語る。
残酷エピソード
「佐川君」とは森友文書改ざん問題の渦中にある佐川宣寿・前国税庁長官のこと。中学時代に父親を亡くし、福島から東京に転居。進学校で知られる都立九段高校(現・千代田区立九段中等教育学校)に進み、2浪して東大へ。しかし、その青春時代はパッとしないものだったという。
「東大に合格したといっても、高校時代の成績はクラス約40人中でせいぜい4、5番手。トップは取れず、頭がいいほうという程度です。当然、学級委員を務めたこともありません」と前出のA子さん。
財務官僚として“切れ者”と評されたわりには高校時代はイマイチだったことになる。
「それだけじゃありませんよ。一部報道で、小・中学生時代の佐川君について“勉強もスポーツもできてカッコよくてモテた”とする同級生のコメントが掲載されましたが、高校の同級生からすれば“はぁ?”って感じです。
足は遅いし、校内バレーボール大会では15人のメンバーに入れず応援に回っていました。運動音痴すぎて“佐川君になら女子でも勝てそう”と言われたほど。恋愛対象としてみる女子生徒は校内にいなかったと思いますよ」(同)
別の同級生B子さんは、お調子者の男子生徒が佐川氏にこんな質問をぶつけたことを覚えている。
「おまえ、将来、結婚する気あるの?」
「ええ、人並みには」
やりとりを聞いていた周囲の生徒たちは「えーっ! 佐川君、結婚願望あるの〜」と一斉に盛り上がったという。
さらにB子さんは「本人も知らない話」と前置きし、若かりし日の残酷なエピソードを打ち明けた。
「高2のときでした。バレンタインデー前に一部の女子で佐川君をからかってやろうって計画したんです。チョコレートを新聞紙で雑にくるんであげちゃおうって(笑)。どうせ1個ももらえない佐川君がどんな反応をするのかって、いま思えばひどい話なんですが、さすがにそこまでするのはかわいそうだと気が引けて未遂に終わりました」
思春期の女子特有の“小悪魔”が舞い降りかけたのだろう。しかし、こんな、からかいの対象になったのには別の理由もあったという。
「佐川君はよくも悪くも余計なことはしないタイプ。やらなきゃいけないことはやるけど、自分自身のためにしか動かない。自由な校風もあってクラス替えをどうするかには生徒の意見も反映されるんですが、ほとんどの生徒が“せっかく仲よくなったんだから今のクラスのままでいい”とする中、佐川君を含む一部の生徒が“予備校のように学力別のクラス編成にしたい”と訴えました。結局、多数決でクラス替えはなし、となって佐川君たちの反乱は失敗しました」(前出のA子さん)
文化祭の打ち上げに佐川氏を誘ったとき、来なかったことも顰蹙を買ったという。
その後、大学デビューもかなわなかったようだが、ややポジションは上向いた。
「大蔵省(現・財務省)に入った人は有名でしたから、名前は知っていましたが、それ以上は……」
と大学の同級生男性。
つまり、社会人デビューを果たしたことになる。
前出のA子さんは、50代のときに開いた高校の同窓会での再会を鮮明に記憶している。
「東大卒の財務官僚なのに経歴を鼻にかけることなく、どちらかと言えば謙遜して、人付き合いを気にしていました。お酌して回ったり、周囲を気遣ったり、冗談を言ってみんなを笑わせたりも。自分の殻を破ったというか、吹っ切れたというか。高校時代よりずっと仲よくなれました」
とA子さん。佐川氏にはいま真実を正直に話してほしいと願っている。
一方、大学の同級生からは、
「きちんと説明し、佐川さんを含め責任をとるべき」(男性)
と厳しい声があったほか、
「佐川さんや財務省次官の多くは同級生。私も似たような道を歩んできたし、大変なことがあったんだろうなと同情する気持ちも強いですね」(別の男性)などと同情する声も。
いずれにせよ、佐川氏はバレンタインデー未遂事件とは比べ物にならないほど窮地に追い込まれている。