「私ごとですが、本日で生コマーシャルを卒業させていただきます。11年間、本当にありがとうございました」
小倉智昭がMCを務める『とくダネ!』(フジテレビ系)の番組内で、1分間の生放送コマーシャルを担当するアナウンサーのあおい有紀。同CMを’06年10月から11年半もの間続けた“生コマの女王”が、ついに3月16日の放送を最後に卒業した。
「最後の放送をやり終えたあと、オンエアでVTRに切り替わったときに、スタジオでは小倉さんをはじめとする出演者の方々が、みなさん一斉に拍手してくださって……。まったく予期していなかったので、涙が止まらなかったです。ちょうど11年半になりますが、本当にあっという間でした。思い返せばいろいろな出来事がありましたが、日々の積み重ねで、気づけば11年半たっていたという感じですね」
大学卒業後、関西国際空港で全日空のグランドスタッフを経験。
その後、アナウンサーを目指して上京するのだが……。
「神戸出身なので、東京に出て1年間はアナウンス学校に通っていたんです。それで、アナウンサーになって、初めてのテレビのオーディションが生コマーシャルでした。そのとき最終審査に残って、初めて本物のテレビカメラの前で原稿を読むことになったんです。
カメラの前でカンペはあるんですけど、なるべく覚えてくださいみたいな感じだったので、とても緊張してつい関西弁が出てしまったらしいんです。さすがに、全国放送で訛(なま)りは困るということで、そのときは選ばれなかったんですよ。自分ではまったくそういう意識はなかったんですけど、後から聞いてどうやら関西弁が出てしまっていたみたいですね」
“生コマ”のオーディションには落ちてしまったが、サッカー番組のレポーターや競馬中継でパドックの司会などを経験。また、報道番組のアシスタントを4年ほどやっていくうちに、また“生コマ”のオーディションの声がかかり、見事にその座をつかんだのだ。
だが、初日からいきなり試練が訪れたという。
「11年半やって、いちばんヒヤッとしたことは、やっぱり初日なんです。商品はマスカラタイプの白髪染めだったのですが、洗面台に商品が立てかけてあるんです。それを指し示したあと、手に取ってフタを開けるという作業があったんですが、商品を指したときに、指先が商品に当たって、左右に大きく揺れたんですね。ちょうど商品がアップに映っているときで、“わぁ揺れてる。このまま倒れたらどうしよう”って思いながらセリフを続けていました。
結局倒れずにすんだのですが、60秒終えたあとは、“なんとかやり切った〜”という感じで、ヘナヘナと床に座り込みそうでした。そのあとVTRで確認したら、緊張で表情が強張(こわば)っているのがよくわかりましたね。でも、倒れなくて本当にラッキーでした。初日に倒れて商品が画面から消えていたら、幸先悪い感じですものね(笑)」
目に見えないところで重圧を感じて
数々の生放送を経験してきた今でも、生コマーシャルならではの難しさがあるとか。
「CMなので、セリフが100パーセント決まっていて、“てにをは”まで正確に覚えなくてはなりません。それを自分の言葉として伝えるためには、セリフの内容に合わせながら抑揚をつけたり間を取ったり、表情を変えたり、商品を持ち上げるタイミングなど……。
すべて同時進行なので、本番はかなり集中して自分の世界に入り込みます。アナウンサーでありながら、役者的な要素も必要だなと感じますね。でも、オーバーアクションではなく、自然体で視聴者の方に優しく語りかけるイメージを心がけていました」
出演VTRを何度もチェックし、試行錯誤をしながら“生コマ”をやってきた彼女。そんな毎日のプレッシャーは、目に見えないところで感じていたそうだ。
「本番直前なのにスタジオにスタンバイできていないとか、放送が始まっているのに声が出ないとか、原稿が初見で噛(か)んでばかり……。そんな夢をたまに見ていました。無意識にプレッシャーを感じていたのでしょうね(笑)」
毎朝5時前に起きて、6時20分にはフジテレビ入り。食事にも気を遣いながら、ある意味、私生活を犠牲にして生コマに捧げてきた11年半。そこから解放された今、彼女には次の目標があるという。
「今後は声の仕事もしたいなと。『とくダネ!』に出ていて、モニターアンケートなどで、声が癒されるとか聞き取りやすいといったご意見をいただくことが多かったんです。ぜひ、旅番組やドキュメンタリー番組のナレーションなどもやってみたいですね」
今年3月からは、屋久島にある縄文杉の登山口まで運行している荒川登山バスの車内アナウンスとして、あおいの声が流れているという。
もうひとつの顔『酒サムライ』
そんな、アナウンサーとしてさらなる活躍を見せる彼女のもうひとつの顔が『酒サムライ』だ。
『酒サムライ』とは、日本酒文化を日本国内のみならず広く世界に伝えていくため、日本酒造青年協議会が任命する称号のこと。彼女は日本酒の唎酒師(=利き酒師)として、日ごろから講演活動なども行っている。
「20歳のときから日本酒を飲んでましたが、23歳のころ屋久島で『三岳』という芋焼酎をお湯割りで飲んだら、それがとっても美味しくて焼酎にハマったんです。
それで26歳のころ先に焼酎の唎酒師の資格を取りました。あまり人と同じことをしたくないんですね。日本酒の唎酒師はすでにたくさんいらしたので(笑)。’09年には、フードアナリストの資格を取りました。そのころから、食やお酒の楽しみ方や文化をちゃんと伝えたいという思いが湧いてきたんです。お酒は一生、飲み続けるじゃないですか。だったら、造り方を知ることでより楽しめるのではというところからスタートして、日本酒の唎酒師の資格も取りました」
今では日本橋三越のカルチャーサロンで日本酒講座を開いているほか、お酒の造り手や酒米生産者に向けて講演をするほどの本格派。
そんな彼女に、お花見にぴったりな日本酒を選んでもらった。
「佐賀県の天吹酒造さんには、紫黒米を使ったロゼ色の日本酒があるんです。甘みがあるので、日本酒にあまりなじみのない方も楽しんでいただけると思いますよ。それと、茨城県の来福酒造さんにはさくらの花酵母を使ったお酒もあるんです。ほのかに桜のような香りもあり、うまみがしっかり感じられて、ラベルデザインも春らしいのでおすすめです。気がおけない仲間と桜の下で飲めたら楽しいでしょうね」
ファンや視聴者へ向けてメッセージ
最後に11年半も“生コマ”を見続けてくれたファンや視聴者へ向けて、こんなメッセージを。
「60秒という短い時間なのですが、長年続けていると、何となく印象に残っていてくださる方が多いみたいで。
初対面の方に“どこかでお会いしたことありますよね”って言われることも、よくあります。“もしかして、『とくダネ!』ご覧になってますか?”って聞くと、“ああっ!”って思い出してくださって。本当にありがたいですね。
ブログやツイッターもそうですが、テレビ局などへもたくさんの応援の言葉をいただきまして、楽しみにしてくださっている方々がいるんだなと、本当に励みになっていました。多くの方の支えがあり11年半も続けてこられたと思います。ありがとうございました」
彼女の笑顔と素敵な声は、これからも多くの人たちを癒していくに違いない。