全国紙の投稿欄に掲載された、保育士の妻が妊娠したため勤務先の園に妻と一緒に謝罪に行ったという夫(愛知県名古屋市)による問題提起。
妊娠を理由に“解雇”のマタハラ
沖縄県在住の保育士、仲宗根里香さん(仮名・30代)は、
「別に驚きませんでしたよ。保育の業界ではよく聞くこと」
と、冷静に受け止める。
愛知県保育労働実態調査のプロジェクトメンバーでもある名城大学経済学部の蓑輪明子准教授(女性労働論)は、
「投稿者の妻の園のような露骨な順番(結婚の時期、妊娠の順番を園長が決め、先輩を追い抜くことはできないと強制する暗黙の了解)のあるところは少ないと思います」
と前置きし、実情を伝える。
「産休中の代わりの先生もなかなか見つからない中で、誰か妊娠するかもしれないと(園全体が)疑心暗鬼になっています。保育園では妊娠希望届をもとに次年度の担任先などの配置を決めます。なるべく負担が少なく、いつでも産休に入れるようにするためです」
しかし、妊娠希望届を出したが妊娠せず肩身が狭い思いをしたり、不妊治療を受ける時間がなく子どもをあきらめたりするなど、ほかにも妊娠をめぐる問題はいろいろとある。
前出の仲宗根さんは、
「年度末に結婚希望、妊娠希望届を提出させられるのは保育士あるある。私の友達は希望を出さずに妊娠したので“何で妊娠したの?”“希望出してないでしょ?”と周りに責められたそうです……」
と心ない現実を明かす。自身が妊娠した際の経験も苦く、
「園長から妊娠を理由に“解雇する”と、言われました」
と横暴さを振り返る。
全国福祉保育労働組合の東海支部の担当者は、
「妊娠・出産についての問題は、今に始まったことではありません。園独自の暗黙のルールが存在し、先生たちは自ら忖度してしまう。長年のそういう風潮が残っています」
と断ち切れなかった悪しき弊害であると指摘。
保育園“大奥説”
「妊娠してはダメなんて決まりはないし、書面があるわけではありません。ただ先輩との関係や人手が足りないのに現場を抜けること、子どもたちの保育に最後まで携われないなどの申し訳なさから、妊娠を告げることに対してかなりナーバスになりがちです」(前出・東海支部担当者)
自発的に発生したものか、園長のひと言で始まったものか、独自ルールはさまざま。
九州地方で保育園を経営する小山田光一園長(仮名・34)は、「保育園は園長のお城です。園長の言うことは絶対という空気がある」と自戒を込めて断言する。
一般的な企業体に比べ圧倒的にコンパクトな人数で運営される保育園。園長に女性が多いことも加わり、
「独特の現場だと思います。江戸城の“大奥”ですね。嫉妬、いじめ、陰口などは多くの園であることだと思います」
と、キャリア10年以上の都内の保育士、安藤みどりさん(仮名・30代)は“保育園大奥説”を唱える。さらに、
「サービス残業や給料の問題はありますが、いちばんは人間関係です。人間関係がいい園では給料が安くても保育士はほとんど辞めません」
と明かす。安藤さんはかつて、こんな経験をした。
「仕事を休むことへの無言のプレッシャーがあり、発熱しても出勤しました。休むとベテランの先生から“私たちの時代は38度熱があっても働くのが当たり前だった”と嫌みをたっぷり言われます」
時代遅れの根性論がまかり通る世界。ベテランのお局様たちの機嫌を損ねないために理不尽な独自のルールを守る。
「病気で休んだ後、菓子折りを持って、“ご迷惑をおかけしました”と言って先生たちに謝ります。私はカステラを持って行きました」(前出・安藤さん)
園長やその取り巻きの言動は、まさに大奥そのものだ。
中学校の女子グループレベル
九州地方で働く保育士の青山美紀さん(仮名・30代)は、発言を曲解され、ひどい目に遭ったことがあるという。
「私の話を親身に聞いてくれていると思った先生に、“大変でしょ?”と聞かれたことがあって、“大丈夫です。打たれ強いので”と普通に返しました。ある日、周りの先生のあたりが強くなって、いじめ? って感じることがありました。
仲のいい先生が教えてくれたんですが、“青山先生は怒られても、打たれ強いとか言って反省しないみたい”と言いふらされていたんです。“打たれ強い”を、そんなふうにとられるとは思いませんでした。もう、誰を信じていいのかわからなくなりましたね」
さらにこじれると、あいさつをしても無視、わざと目の前でコソコソ話をされたりすることもあるという。
「中学校の女子のグループって感じです」(前出・青山さん)
と保育園の居心地の悪い一面を、そうたとえる。
介護・保育・福祉業界の労働組合『介護・保育ユニオン』(本部=東京都世田谷区)には、現場からのさまざまな相談事が持ち込まれる。
「休憩時間がなかったり、サービス残業を強いられるといった過重労働に対する相談がいちばん多い。精神的にも肉体的にもきつい現場なんです。賃金の低さへの相談もあります。人が育たず、新しい人が入らないため、保育士たちは疲れ切っています。一部の経営者は思いどおりに運営したいと、園を維持するために保育士たちを使い潰している」
と担当者は指摘する。
行事の準備、行政に提出する書類作成などは就業時間中にこなせず、サービス残業や持ち帰りが日常化している。そんな現状を訴えるため、前出の全国福祉保育労働組合は3月、保育士らによる全国一斉ストライキを決行、東海支部からは100人以上の保育士が参加した。
前出・蓑輪准教授は、「生活できる賃金と適切な労働時間になるよう行政が予算をつけ、人が増えれば仕事が分担できるので残業時間は減り、休憩時間もとれます。そうすれば余裕のないギスギス感は緩和され、人間関係も改善、離職者も減り、再就職する人も増えると思います」と、好循環への道を提唱する。
蓑輪准教授の調査によれば、「95%の保育士が仕事にやりがいを持っていると回答しています」
と、仕事そのものへの満足感は高い職種。
前出・仲宗根さんは、
「子どもの成長を間近で見られるので、辞められません。嫌なことがあっても、“先生ありがとう”、その言葉でみんなチャラになる」
と打ち明ける。
理不尽なルールや厄介な人間関係はあるものの、保育の現場には、子どもの成長を見守れるという希望がある。
それだけに、悪しき慣例の数々は残酷だ。