凶器は一切使っていない。手にかけた5人の死因は全員、頸部圧迫による窒息死だった。
自衛隊に入隊していたという腕力と、「スラッとして背が高い」(70代の近隣女性)という長身から拳を振り下ろし相手の顔面を激しく殴った後に、無職の岩倉知広容疑者(38)は、抵抗のできない相手の首を素手で絞め殺した。
殺害後の容疑者に会った
鹿児島県日置市東市来町の民家で3月31日の夜、最初に父親の岩倉正知さん(68)を殺害した。祖母の岩倉久子さん(89)に暴行する息子を止めに入ったところを、もみ合いになった。その後、自分の孫が自分の息子を殺すという凄惨な現場を目の当たりにした久子さんを……。
2人を殺した6日後の知広容疑者に会ったという人物がいる。日置市のシルバー人材センターの担当者だ。正知さんは同センターから派遣され、同市内のスーパーで働いていたという。
「勤務日数などを月の頭に報告に来ていただくのですが、4日と6日に正知さんの携帯に連絡してもつながりませんでした。6日に別の担当者が勤務先に出向いたところ、勤務日の4日に欠勤していることがわかりました」(同センターの事務局長)
正知さんの兄(=容疑者の伯父)に連絡する一方で、その担当者は自宅を訪問した。
「呼び鈴を2回押しても誰も出なかった。帰ろうと門を出るところで、後ろから息子さんに声をかけられたそうです。“お父さんはいらっしゃいますか”と尋ねると、“大分に行っていていない”と話したということです。落ち着いた様子で、不審な感じはしなかったといいます」(同前)
容疑者と訪問者との距離は数メートル。「もし近づいていたら巻き込まれていたかも……」と事務局長は言葉を飲み込む。
担当者が訪問したまさにその6日の午後、知広容疑者はさらに3人の命を奪っていた。
次々と連絡が途絶える
人材センターから連絡を受けた際、仕事で県外にいた伯父は、自宅にいる妻の無職・岩倉孝子さん(69)に、正知さん宅の様子を見に行くように頼んだ。孝子さんは姉の坂口訓子さん(72)と連れ立って向かい、連絡が途絶えたのはその直後。
心配した伯父は、近所に住む元同僚の後藤広幸さん(47)に安否確認を頼んだが、今度は後藤さんとも連絡がつかなくなる。
伯父から連絡を受けて同宅に駆けつけた県警日置署の警察官は同日午後3時45分ごろ、男女3人の遺体を発見した。孝子さん、訓子さん、後藤さんの3人だった。
殺人の疑いで7日に逮捕された知広容疑者の供述により、事件現場の民家から北東に約400メートル離れた空き地から、性別不明の2遺体が発見された。のちに身元が、久子さん、正知さんと判明。
「久子さんに、仕事をしないことなどをなじられ、カッとなり犯行に及んだと供述しています」(全国紙社会部記者)
容疑者の両親は、20年以上前に離婚している。
「母親が“私が立派に育てます”といって、知広とその妹を連れて出ていったんですよ。隣町に住んでいたようですけどね」
親族の女性がそう明かす。
同級生らによると、中学生のころの知広容疑者はおとなしい性格だった。同級生の多くが「印象に残っていない」と口をそろえるほど。成績は優秀だったという。ただ、カッとなりやすい一面を隠し持っていたようだ。
「息子が言うには“イワ”と呼ばれていて、とにかくキレやすかったそうです。1度キレると、とことん相手をたたきのめすんですって」(同級生の母親)
高校中退後、2001年7月に、陸上自衛隊に入隊した。所属は同県霧島市にある国分駐屯地第12普通科連隊だったが、翌年7月に「個人的な理由」(西部方面総監部)で辞めている。
棒切れを振り回す容疑者
それからだった。容疑者の粗暴な振る舞いが、親戚の頭痛の種になり始めたのは。
前出・親族の女性が核心を口にする。
「病名は聞いていませんが、病気になったため自衛隊を辞めたみたいです。久子さんが“孫が引きこもりで困っている”って頭を抱えていてね。“立派に育てる”と言っていた母親も手に負えなくなって、4~5年前に娘さん宅に転居してしまい、しばらく知広はひとりで隣町に住んでいました。すると、“仕事もしない男が昼間からブラブラしていて怖い”と近隣から苦情が来てね。やむなく別居中の正知さんが引き取るかたちで東市来町に連れてきたんです」
亡夫が医師だった久子さんが所有するアパートで、容疑者はひとりで暮らし、働き始めた。
「久子さんも最初は“働くようになった”と喜んで、通勤用に自分の車をあげたんです。ただ、長くは続かんかったようでね」(前出・親族の女性)
仕事もしないで再びブラブラする容疑者の奇行を、近隣住民は目撃していた。恐怖体験を語るのは、70代の女性だ。
「ビュン!ビュン! と音が聞こえてきてね。棒きれを振り回しているんですよ。剣道のようにちゃんとした素振りではなく、左右にビュンビュン振り回す。週に2、3回くらいかな。怖いからあんまり見ないようにしてました」
別の目撃談も。75歳女性は、
「日によって持っている棒は鉄だったり木材だったり。怖くても“こんにちは”と声をかけるようにはしていましたけど、返事は1度もありませんでした」
平日の昼間から、仕事もせずに棒を振り回す奇怪な行動。近所の手前もある。孫の将来を思い「気さくでカクシャクとした方」(近隣主婦)という久子さんは、小言で孫を奮起させようとしたのか─。
現地では亡くなった方の葬儀・告別式が営まれた。
「知広容疑者の伯父は“自分が行ったら自分も殺されていた”って。正知さんに“(容疑者を)病院に入れたら”と何度か話したと言っていました。亡くなった奥さんとは事件の1週間前に宮崎へ旅行に行ったばかりだったそうです。娘さんたちも泣きはらしていました」(参列した女性)
何人かの弁護士が知広容疑者と接見しているが「弁護はいらない、弁護は結構です」と繰り返すばかり。ただ、「言葉遣いは丁寧で、やさしい人だと感じる」(13日に接見した弁護士)という。容疑者の闇の解明はこれからだ。