書店で働く女性たちを描き、テレビドラマ化もされた『書店ガール』シリーズをはじめ、“お仕事小説”をいくつも世に送り出してきた碧野圭さん。新作小説で真正面から取り組んだテーマは、ズバリ“女の出世”だ。『駒子さんは出世なんてしたくなかった』(キノブックス)というタイトルからもわかるとおり、ある日突然、昇進の辞令を受け取って戸惑う主人公・駒子の姿と、彼女を取り巻く社内の人間模様が描かれる。
自分の管理職体験をリアルに反映
実は碧野さん自身も、かつて働いていた出版社で管理職を務めた経験がある。
「私の体験をそのまま書いたわけではありませんが、“女性が管理職になると、こういうことってあるよね”という実感はかなり反映されています。当時の私は副編集長で、直属の上司は編集長に昇進させようと何度も推薦してくれたのですが、その上の幹部が面接のたびに“女のくせに生意気だ”という態度を露骨にとるんです。それで結局、昇進の話はすべて握りつぶされました。
あるパーティーの席で、その出版社のトップである会長が私に“一緒に写真を撮ろう”と声をかけてくれただけで、男性幹部たちにものすごい目で睨(にら)まれたこともあります。いきなりこんな重い話で恐縮ですが(笑)、何をしても“女のくせに”と思われていることは、はっきり感じていましたね」
作中でも、駒子が昇進した途端、「女だから贔屓(ひいき)されているんじゃない?」「部長に色仕掛けで迫ったとか?」と根も葉もない噂が社内を駆け巡り、新たに部下になった年上のベテラン社員には「女性の上司なんて、やってられるか」と反抗的な態度をとられる。政府が「女性活躍推進」を掲げる時代になったとはいえ、日本はまだまだ男社会なのだ。
「仕事に自信がない男性ほど、“女性が出世すると、自分たちの立場が脅かされる”と思って警戒するんでしょうね。私が管理職だったころも、“あいつさえいなければ、俺が副編集長になれるのに”と、あからさまに態度に出す男性部下もいましたから」
ただし碧野さんは、この作品で男性批判をしたいわけではない。むしろこの作品から伝わってくるのは、「出世なんてしたくない」と腰が引けている女性たちに「本当にそれでいいの?」と問いかける作者の声だ。
「日本の女性が昇進の辞令を受けると、ほとんどが“なぜ私が?”という反応をするそうです。つまり、出世に消極的なんですね。肩書がつけば責任を負わなくてはいけないし、集団の中で目立つのが怖いという意識もあるようです。
でも私は、女性管理職が増えないと日本の社会は変わらないと思う。日本の企業や組織でセクハラの問題がなくならないのも、育休明けの女性が意にそわない異動や働き方を強いられたりするのも、男性の論理で物事が決められているから。この作品でも、女性の部下にセクハラで訴えられた男性上司が会社から大した処罰も受けずにすまされるエピソードがありますが、これだって議論の場に女性が3割でもいたら、結論は違ってくるはず。女性の出世が普通になれば、変えられることはたくさんあるんです」
勇気ある女性たちが社会を変えてきた
本作には、駒子とともに課長から次長へ昇進し、さらにその上の部長ポストを競い合うことになるライバルの同僚女性が登場する。のんびり仕事ができれば満足だった駒子とは違い、上昇志向の強い彼女は一見イヤな女に思える。だが、「選ばれたからには必ずのし上がってやる」という彼女のような腹のくくり方こそ、実は今の日本の女性たちに必要なのかもしれない。
「“私がやらなくても、誰かがやってくれるだろう”と考えているうちは、社会も企業も変わらない。セクハラの問題だって、私が若かったころは“男性が女性のお尻をちょっと触ったくらいでギャーギャー騒ぐのはみっともない。温かい目で受け流すのが大人の女性だ”という考え方を、男性だけでなく女性もしていたんですよ。
でも1980年代後半ごろから勇気を出して裁判で闘う女性たちが出てきて、“セクハラは絶対にいけないことだ”と広く認知されるようになった。だから世の中を変えるには、女性の視点を取り入れていくことが必要なのです」
そんな現代社会が抱える深刻なテーマを扱いつつ、明るく痛快なエンターテイメント小説に仕上げた本作。女性読者なら駒子に共感したり、男社会の理不尽さに腹を立てたりしつつ、最後は爽快な気分でこの本を閉じることになるはずだ。
「やっぱりエンタメは、楽しくて救いがないとね。それに若い世代の男性の意識はずいぶん変化しているので、男女雇用機会均等法以前に入社した頭の古い男性たちが退職したら、日本の会社も変わるはず。だから、あと5年か6年のガマンですよ(笑)。それに女性管理職が一定数まで増えてしまえば、女性の出世も特別なことではなくなり、駒子みたいな思いをする人も減ると思う。
だから自分に出世のチャンスが与えられたら、ぜひ引き受けてほしい。女性たちにはこの作品を通して、“みんなで仲間を増やしましょう!”と伝えたいですね」
ライターは見た! 著者の素顔
ライター、編集者、小説家と、これまで「本」に関わる仕事を続けてきた碧野さん。「物心ついた時から本が好き。幼稚園のころも絵本ではなく世界文学全集などの小説を読んでいたし、小学校では図書室の貸し出し数ナンバーワン。それ以外に趣味がないので、大人になっても本の近くで仕事がしたかったんです」。現在も編集者として東京・小金井市周辺の地域雑誌を仲間とともに発行している。「お金は全然儲からないけど(笑)、やっぱり私は本を作るのが好きなんです」
<プロフィール>
あおの・けい◎1959年、愛知県生まれ。東京学芸大学教育学部卒。フリーライター、出版社勤務を経て、2006年『辞めない理由』で作家デビュー。ベストセラーとなりテレビドラマ化もされた『書店ガール』シリーズ、フィギュアスケート小説『銀盤のトレース』シリーズなど、著書多数。
(取材・文/塚田有香)