ひとり娘を持つシングルマザーが、交際相手からのDVを告白(写真はイメージです)

 DV(ドメスティック・バイオレンス)の増加が止まらない――。

 警察庁の発表によると、DV(ドメスティック・バイオレンス)の相談件数は、増加する一方で、平成29年は7万2455件で、DV防止法施行以降、過去最多を記録。また、配偶者からの暴力事案等に関連する刑法犯などの検挙は8342件で、右肩上がりで増え続けている。被害者の大半は女性だ。今、彼女たちの身に何が起こっているのか。そして、なぜ、彼女たちは暴力から逃れることが困難なのか。

 DVサバイバーの女性の話から、その知られざる実態を紐解いていく。

約3年間、交際相手の激しい暴力にさらされる

「蹴られたり、殴られたりするのは、日常茶飯事でしたね。それよりも、一番辛かったのは、彼に蹴られたりした後に、娘の学校の保護者の前で、仲の良い家庭を装わなきゃいけなかったことです。にこやかに笑い合ったりして、周りに仲の良い夫婦を演じるのが死ぬほど辛いんです。あまりに辛くて、泣くつもりはなくても、涙が自然と頬をツーっと伝ってくるんですよ。そんな時は、あ、コンタクトが……ってごまかしてました」

 20代後半の伊藤麻里子さん(仮名)は、DVの経験をそう赤裸々に語った。麻里子さんは、約3年間にわたって交際相手の新井大輔(仮名)から激しいDVを受けたDVサバイバーだ。このDV加害者の元交際相手は、麻里子さんとその娘へのDVで、すでに刑事裁判で有罪判決を受けている。約3年もの間、交際相手の激しい暴力にさらされ、刑事裁判で争った麻里子さんに、その恐るべき実態と、DVから逃れるまでを聞いた。

 現在、麻里子さんは、健康関連施設に勤めながら、東北で小学校低学年の娘である葵(仮名)と2人暮らし。いわゆるシングルマザーで、おっとりとした話し方が特徴的の、明るく優しい雰囲気の女性だ。

 大輔と出会う前、麻里子さんは別の男性と結婚し夫婦生活を送っていたが、娘が生まれた後に夫の浮気が発覚して離婚。その後、資格を取り、女手一つで娘を育ててきた。

 麻里子さんと娘は、離婚後、生活は苦しいながらも、それなりに幸せな生活を送ってきた。しかし、娘が大きくなるにつれて、ことあるごとに、「父親が欲しい」と娘からせがまれるようになった。

 授業参観や運動会などのイベントがあると、自分だけ父親が来ない。なぜ? そんな悪意のない娘の言葉を聞くたびに、麻里子さんはいつも焦って、言いようもない引け目を感じていた。離婚してから、元夫からは毎月養育費の振り込みはあるものの、浮気というわだかまりもあり、連絡は一切取っていないからだ。

「娘に、“他の家の子にはお父さんがいるのに、なんで葵の家にはお父さんいないの?”とか“パパが欲しいよ”とずっと言われていたんです。子供だから、無邪気に、“自動販売機でパパ買ってきてよ”と言ったりする。そういうのもあって、いい人がいれば再婚したいと、ずっと思っていたんです。葵にとっても、お父さんとして慕えるような男性が現れたらいいなと。そこに現れたのが、大輔だったんです」

普通の家族に憧れて

 大輔とは、学生時代の友達の紹介で知り合った。

 大輔の仕事は、運送会社の社長。大輔が、小さいながらも従業員を雇って会社を経営していると知り、麻里子さんはすぐに尊敬の念を抱いた。第一印象は、頼りがいのある、ダンディーな男というイメージ。それもそのはず、大輔は身長が高く、体重は100キロ以上のガッチリ体形。高校時代は運動部に所属していたという、根っからのスポーツマンタイプだった。

「最初の半年間はすごくいい人だったんです。“俺が父親として葵のことも面倒を見てあげるし、全部家庭のことも責任を持ってやる、安心しろ”って言ってくれた。仕事も従業員を雇って、ちゃんと働いているから真面目だと思ったし、娘とも遊んでくれる、本当に優しくて良い人だと思ってました」

 一緒にランチを食べたり、買い物に行ったりして、2人はデートを重ねた。その後、トントン拍子で付き合うことになって、再婚の話まで飛び出した。大輔と知り合って、約半年後、単身のアパート住まいだった大輔が、麻里子さん親子のアパートに転がり込む形で3人での生活が始まった。

 麻里子さんには、ずっとかなえたかった夢があった。

 家族3人で食卓を囲んで、ご飯を食べるというささやかな夢だ。「いただきまーす」「ごちそうさま」父親を囲んで、元気な家族の言葉が食卓に響く。

 大輔と一緒に住むようになって、そんな「普通」の家族をようやく手に入れたと思った。葵も、すぐに大輔になついて、「お父さんだよ」と言うと、いつしか、パパと呼ぶようになっていった。世間では「当たり前」の幸せな家庭。しかし、皆が持っているのに、自分にはなかった、喉から手が出るほど欲しかった家庭――。ようやく、それを手に入れた、と思った。

異様に嫉妬深く、過去に執着するDV男

 しかし、そんな生活はわずかしか続かなかった。大輔のDVの片鱗(へんりん)が見え始めたのは、そんな3人の生活が半年ほど経ってからだった。ある日、麻里子さんは、急に熱を出してしまい、部屋で寝込んでいた。ゴホゴホと苦しそうに咳をしながら、

「今日は、風邪でしんどくて、ご飯が作れないよ」

 仕事から帰ってきた大輔に何気なくそう言うと、そんな麻里子さんの態度にいきなり、猛烈に腹を立て始めた。そして、異様な剣幕で過去の男性関係について「隠し立てしているだろう」と、まくし立てた。

 麻里子さんは、一度、大輔の友人である男性にしつこく言い寄られて、抱きつかれた過去がある。それを正直に話すと、いきなり机の上のライターが麻里子さんめがけて飛んできた。ライターは床に跳ね返って、粉々に砕け散った。突然のことで、何が何だかわからなかった。

「“今まで俺に嘘をついていたのか! お前ら、今すぐ捨ててやるからな!”って、やくざみたいな口調で、すごく怒鳴られた。付き合う前のことだし、別に私が何かをしたわけでもないのに、なんでそんなことで怒られなきゃいけないんだろうと思ったんです。でも、相手は100キロ以上の巨漢だし、絶対に力ではかなわない。怖くて、震えながら、“ごめんなさい、ごめんなさい……”ととにかく謝ったんです。

 ライターが壊れたことにも怒っていて、“お前、新しいライター取ってこいやぁ!! さっさと走れや! ごらぁぁ!!”と、お尻をものすごい力で何回も蹴られた。熱にうなされながら、フラフラの状態で机の引き出しにある新しいライターを取りに行かされました。それからですね、DVが始まったのは」

DVを相談できる相手もいなくなり、周囲から孤立

 麻里子さんは、その一件以降、大輔が異様に嫉妬深い性格だと悟って、猛烈に怖くなった。そのため、男性の友人はもちろん、学校の同級生やママ友、そして、自分の実家とも連絡を極力取らないようにした。実際、麻里子さんが友達や親と会っていることを知ると、機嫌が悪くなり、殴られるようになったからだ。

 麻里子さんは、DVを相談できる相手もいなくなり、ますます周囲から孤立するようになった。

 麻里子さんが買い物などで外出すると、「どこに行っていたのか」と毎回問い詰められる。正直に「買い物」と言うと、「お前、俺に隠れてなにしてるか、わからんなっ!!」と怒鳴られて、頭を平手で殴られた。それ以降、恐怖心に襲われた麻里子さんは、車で場所を移動するたびに、大輔に報告するようにした。

「とにかく束縛がすごいんです。行動は逐一、全て連絡してましたね。じゃなきゃ猛烈に怒られるから。普通の家庭なら、買い物に行ってくるよ、とかで済むと思うんですが、移動するたびに報告しなきゃいけないんです。例えば、今からコンビニに行く、ドラッグストアに行く、家に帰ったら帰宅したと、事細かく行動を全て報告していました。かろうじて自分の母とは会っていたのですが、それもスーパーの駐車場で待ち合わせして、車の中で会うようにしてました」

 しかし、いくら大輔の逆鱗(げきりん)に触れないように行動しても、暴力はやまない。エアコンの温度設定がなってない、ごはんがまずい、注いだお茶が少ない、起きたら毛布が掛かっていない、どれもきっかけはささいなことで、全て暴力を振るうためのこじつけだった――。それが始まると、結果的には、どんな理由であれ、怒鳴られて、蹴られ、殴られるのだ。

 さらに、麻里子さんに何かとお金をせびるようになり、子供のために貯金していた100万円はあっという間に、底をついた。

「一番辛かったのは、“お前、生きてる意味あんの?” “死んだほうがいいんじゃね?”と、これでもかと罵倒されながら、長時間正座させられたことですね。謝っても、“ごめんなさいの声が小さいわぁ!! お前、なめとんのか!! もっと声張れやぁ!!”とドスッと蹴られる。正座って、ずっと座ってるとお尻にかかとが当たるじゃないですか、痛くて座ってられなくなって。それで体勢が崩れると、何発も蹴りを入れてくる。DVが終わってからお風呂に入ったら、すごくお尻が腫れて、熱を持っていたんです」

 あまりの激痛で病院に行くと、診断名は、骨盤打撲――。麻里子さんが持っている大輔からのDVの診断書は5通にも上った。

「蹴られると、まず、グラッと、ふらつくんですよ。体重が100キロあって、力が強いので、身体ごとふっ飛んでいくんです。それでふらっとして何かが頭に当たったりして、なんかあったらどうしようという危機感がありましたね。食器棚が近くにあったので、蹴られて吹っ飛んで、食器棚に当たって炊飯器が落ちたことがあったんです。それがあってからは、もしかしたら当たり所が悪かったら、と思って怖くなるんです」

 それほどまでに、麻里子さんがDVに耐えていたのは、ある理由があった。後編ではその理由と、暴力から逃れる決死の覚悟にいたるまでを追う。

※後編はこちら
DV被害シングルマザーの告白<下>「どんなに辛くても、奴隷でいようと決めた」

【文/菅野久美子(ノンフィクション・ライター)】


<プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。