第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した映画監督・是枝裕和。6月8日より全国で公開が始まる最新作『万引き家族』では子役・城桧吏(じょう・かいり)の好演が話題だが、これまでの作品にも、キラリと光る子役たちが名を連ねる。
子どもたちを輝かせる“是枝マジック”はどうやって生み出されているのか? 是枝作品で大きな存在感を放つ2人の女優が、秘話とともに語ってくれた。
撮影が始まっても台本が渡されない!?
「監督はやさしいクマのお父さんって感じです」
と、屈託のない笑顔で話すのは女優の蒔田彩珠。これまでに4本の是枝作品に出演して、最新作『万引き家族』にも参加している。
是枝との出会いは、彼が監督を務めた’12年10月から放送された阿部寛と山口智子が夫婦を演じる連続ドラマ『ゴーイング マイ ホーム』(フジテレビ系)のオーディション会場だった。
「映画監督ってちょっと怖そうなイメージだったんですけど、監督は全然そんなことなくて。大人がズラッと並ぶ中、最初は誰が監督なのかがわからないくらい、みんな和やかな雰囲気でした」
オーディションといっても、是枝を含むスタッフたちと雑談のようなものをするだけ。3次審査で、ようやくセリフを数行、読まされたという。
「それでも演技をやらされている感じがまったくなかったんです。この時点でも、どんなストーリーなのかまったく知らされていなかったので」
彼女は見事、約400人の子役の中から、主演夫婦のひとり娘・萌江役を勝ち取った。だが撮影が始まっても、台本は渡されなかった。
「撮影当日の朝、監督から撮るシーンの説明をその場で伝えられました。そのときのセリフを教えてくれる監督が面白いんです。女の子になりきって言うから、本当におかしくって(笑)」
まるで父親と娘がじゃれ合うかのような演出法だ。
「セリフを覚えなきゃいけないというプレッシャーもないから、その日の撮影が終わったら家に帰って寝るだけ。いつもすごくリラックスできていたと思います」
ほぼ“素”でいられるような環境を作り上げたことで、父親役の阿部とも自然なかけ合いができたという。
「阿部さんとの言い争いをするシーンは、すべてアドリブでやれたんです」
言いたいことをそのまま口にできた彼女の自然体の演技に、是枝も喜んでいたそう。
「監督はカメラが止まっても全然カットをかけないんです。音だけ聞いて楽しんでる(笑)」
ドラマ終了後も、共演した阿部と西田敏行とは家族のような関係がいまだに続いているようだ。
「阿部さんと西田さんは、私が出演した作品を見てくださって、連絡をいただいたりします。お仕事を頑張ろうって、励みになっています」
“合格祝いは「焼肉がいい(笑)」
数か月前に高校の合格が決まったときは、是枝から父親のようなメッセージが届いた。
「“ちゃんと勉強しろよ!”と言われました(笑)。それで監督から今度、合格のお祝いに出かけようと言っていただけたので、焼き肉がいいとリクエストしています(笑)」
是枝とプライベートで話すときはタメ口になるほど、親密な関係を築いている。
「パルムドールを受賞された監督には“お疲れさまでした”って、まずは伝えたいです。テレビで監督を見ていて、すごく疲れた顔をしてるなって」
父親を気遣う娘─。2人は、本物の親子のような絆で結ばれているのかもしれない。
〈PROFILE〉
蒔田彩珠
2002年生まれ。映画『友罪』公開中。初主演映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』は7月14日、全国ロードショー
「撮影前に、監督ときょうだいで何回も集まりました」
母親の失踪後、過酷な状況の中で生きるきょうだいの姿を描いた映画『誰も知らない』は、是枝監督の代表作だ。’04年、弟妹の面倒を見る長男役の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞。北浦愛は当時10歳で、柳楽の妹役で出演した。
「遊びの延長線上にカメラがある感じ」
撮影前に集まって、いったい何をしていたのか?
「劇中で着る洋服を買うために、みんなで大型スーパーに行きました。いろいろ試着してみようって。映画で登場する公園にも遊びに行きました」
きょうだい役の子どもたちは演技の経験がほとんどなく、わりとシャイな性格だった。
「でも撮影前の集まりのおかげで、遊びの延長上にカメラがあるという感じでした。撮影が始まって、監督に“どんなシーンを撮るの?”と聞くと、“こうだからみんなはお兄ちゃんのほうを静かに見てて”と教えてくれたりして。みんなは監督の言われたとおりにやってました(笑)」
公園などで遊ぶシーンなどは、本番直前まで是枝も参加していたという。
「ふと気づくと、是枝さんはモニターの前に座っていて。知らず知らずのうちに本番がスタートしていたから、本当に素とお芝居との境界線がなかったと思います」
告知なしで怒られて……
もっとも印象的だったのは、長男役の柳楽と次男役の木村飛影のケンカのシーン。
「柳楽くんが飛影くんを怒るんですが、飛影くんは怒られることを事前に知らされてなくて。監督は柳楽くんにだけ“いきなり怒って”と伝えていたから、飛影くんは素のリアクションだったと思います。
いきなりおもちゃを蹴られて、柳楽くんに“モノに当たんなよ!”とか言ってるんですけど、全部アドリブ。でもそのあと、2人はギクシャクしていました。飛影くんは本当に怒られたと思ってたから(笑)」
そんな芝居を超えているシーンはほかにもあったという。
「母親役のYОUさんも台本をもらってなかったみたいなんです。だから家族みんなで食卓を囲むシーンは全員がアドリブって感じでした」
愛たっぷりの手作りプレゼント
『誰も知らない』の撮影は、1年間近く続いた。
「監督は季節ごとにきょうだいひとりひとりにフォトアルバムを作ってプレゼントしてくれました。
それぞれの印象に合ったデザインのアルバムを買ってきて、みんなで撮った写真だったり、是枝さんが撮影のときに撮った写真だったりを貼ってくれて、最後に手紙もあって。本当にお父さん。今でもそういう感覚です」
現在は映画だけでなく、ドラマ、舞台など活躍の場を広げている北浦だが、
「お芝居の目指すところは、『誰も知らない』なんです。あれぐらい自由で、何も気にせずカメラの前に立てたらいいんだろうなぁって。だからいまだによく見返します。自分で“この作品はすごい”って思っちゃってますね」
素と演技のはざまで生まれる一瞬の輝き─。最新作『万引き家族』にも、子役たちの名演がたくさん収められていることだろう。
〈PROFILE〉
北浦愛
1992年生まれ。映画、ドラマなどのほか、テレビのナレーションも務める。現在公開中の映画『友罪』(瀬々敬久監督)に出演
〈NEW MOVIE〉
『万引き家族』
6月8日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
是枝裕和監督の最新作。家族を描き続けてきた名匠が、“家族を超えた絆”を描いた衝撃と感動の物語