「私は“普通”という言葉がいちばん怖いと思っていて。普通なんて、ないんです。みんなそれぞれに個性があって違うのに、“普通こうだろう”という言葉で抑えつけようとする社会の風潮に、疑問を投げかけたいんです」
渡辺えり(63)が脚本、演出を手がけ役者としても出演する舞台『肉の海』が、間もなく幕を上げる。
インターネットの世界と、現実との線引きが曖昧(あいまい)になりつつある現代社会への危惧(きぐ)を、表現を通じて問いかける。
「昔から人々は言葉には魂が宿ると考えていて、書くことで紙に託してきた。でも今はデジタル化が進んで、紙は永遠に残せるけど、データは50年で消えてしまうという時代。人々はそれに対して、どのように対処していくんだろうと考えたんです」
充満しすぎたインターネット、SNS社会への危機意識も、今作のひとつの軸になっている。
「とても便利な反面、インターネットは情報が操作されやすいという危険もあって。世界ではいろんなことが起きているのに、芸能人の不倫やら偏ったニュースばかり人々の手元に届いていると、まるで世界では何も起きてないかのように感じてしまうんではないか、と怖くなるんです」
しかし、自身も“偏った情報”についつい目がいってしまうときがあるんだとか。
「夜中にニュースサイトなどを見ていて、知っている芸能人の方の名前が出てくるとクリックしてしまうんです。“○○の整形疑惑!”とか見出しがあると“え、そうなの!?”とつい見ちゃうじゃないですか(笑)。気にしなくてもいいようなことを気にしてしまって、本当に知らなくてはいけない情報を見過ごしているような気がして。だからニュースサイトなどを見るときは、情報を取捨選択するよう気をつけています」
自由ということは、平和の証なんです
今年で劇団を立ち上げて40年。その間に世の中はどんどん姿を変え、さまざまなことに対する選択肢が増え、社会は豊かになったが、
「昔のほうが規制も少なくて自由だったけど、とにかくお金がなくて。私なんて、同じTシャツを毎日着ていましたよ(笑)。でも今は、服もとても安くてたくさん種類があるのに、みんな同じような色や形のファッションをしているような気がして。もっとみんな、個性を出していいと私は思うんです」
最近は昔では考えられなかったファッションも見られるが、
「今の女の子の服って、肌をすごい露出させたものが多いなと思って。昔は襲われたりしたら怖いから、襟までキュッとしまった服が当たり前でしたから。でも、それを注意するのも“セクハラになるのかな?”とか“私の考えが古いからなのかな?”とかいろいろ考えてしまって。選択の自由があるからこその難しさも感じますね」
しかし“自由”があるのは「平和の証(あかし)」だと考える。
「“男は男らしく、女は女らしく”という括(くく)りは、扱いやすいように誰かが勝手に作った言葉。本当は、自分が誰なのか、自分の性別も含めて、すべて自分でチョイスして生きていいはずなんです。その自由があるうちは、平和の証拠。逆に、自由がなくなって、規制ばかりになったときに、私たちは危機感を持たなければいけないんです」
作中で人間は、“長い間死んで、ちょっと生きて、また死の国に戻る”という死生観が表現されているが、渡辺自身の考え方も、
「自分の人生なんて、地球の長い歴史に比べたら氷の粒のような存在。死んでいる時間、私たちがいない時間は、何億年もあるんです。だから私たちは生きている時間より、はるかに長い時間を死んでいるんだと思っています」
それでもやはり「死ぬのは怖い」と語る。
「できたらずっと生きていたいと思います。未来がどうなっていくのかを、自分の目で見てみたい。本当に戦争がなくなるのか、世の中がどう変化していくのかを、最後まで確かめたいんです」
■舞台『肉の海』
6月7日(木)~17日(日) 下北沢・本多劇場にて公演
わたなべ・えり◎1955年1月5日生まれ。『劇団3〇〇』を20年間、主宰。’83年、舞台『ゲゲゲのげ』で岸田國士戯曲賞を受賞し、注目を集める。現在まで舞台を中心に、ドラマや映画など幅広く活躍。2018年6月7日~17日、本多劇場にて最新作『肉の海』が公演中。