体液などが染みついた部分をはがすスタッフ。清掃後はにおいが消えた

「この季節に1か月も放置されていたから、かなり腐乱しているだろうね。ハエも湧いているだろうし、ドロドロになり、一部は白骨化しているかもしれないな」

 そう話すのは、清掃会社『まごのて』の佐々木久史社長だ。同社はゴミ屋敷や死体が発見された部屋の清掃を請け負う。千葉県の住宅街で行った孤独死の清掃に同行した。

腐った頭皮ごとずり落ちる髪の毛

 5月初旬に遺体で発見されたのは70歳の男性だ。

 アパートのドアはナンバー式のカギで、亡くなった本人にしか番号がわからない。そのため警察は窓ガラスを割って中に入っていた。

 同様に窓から入ろうとしたが、ゾッとする光景が。窓に無数のハエがとまっているのだ。窓を開け殺虫剤を散布して部屋に入ると、直後にズンと脳に直接響く、腐った魚のようなにおいが鼻をつく。死臭だ。思わずむせた。

電気が通っていないので霧吹きで室内を消毒。普段は電動噴霧器を使用

「何回現場に入ってもこのにおいだけは慣れないんだよ。買い置きの食材も腐っている。遺体からだけでなく、そこからもハエは湧いたみたいだね」

 と佐々木社長は苦い顔だ。

 室内を飛び回るハエに殺虫剤の散布を続けハエがいなくなったところでスタッフが防護服を着込み、ガスマスクを装着して清掃の作業に入った。

 遺体はすでに警察によって搬出されていたが、男性はどうやら玄関に向かうように倒れて亡くなったようだ。病気で苦しくなり外に出ようとしたのか、風呂場と玄関には吐血した痕が残っていた。倒れていた廊下には髪の毛がごっそりと落ちていた。

 髪の毛は頭蓋骨にのっかっているだけなので、死後しばらくすると腐った頭皮ごとずり落ちるそうだ。警察が遺体として回収しなかった手足の小さな骨などは、遺体としてではなく、専門の廃棄物処分場で処理される。

「警察から死因は不明と聞いている。ただ感染症の可能性もあるからしっかり除菌しないといけないんだよ」

 髪の毛や流れた血の痕には、強い殺菌力を持つ次亜塩素酸水を散布して除菌をする。ゴミを取り除いた後、血や体液で汚れた床や壁紙をはがす。今回の物件は、塩化ビニールの床材だったので簡単にはがせたが、これが木製だったりすると、はがすのもひと苦労だ。

写真右側の黒い部分が髪の毛や血の塊。ここに男性の頭があった。吐血したと思われる血は玄関口(上のほう)に向かい流れていた。風呂場にも吐血した痕が

「これらの作業は、遺品整理をされる遺族のためにしているんですよ。遺体の跡があったり、死臭が漂っていたら、とてもじゃないが部屋には入れないからね」(佐々木社長)

 しかし亡くなった男性の遺族が来る予定はまだない。声をかけようにも、遺族が見つからないのだ。孤独死の場合は、死後も親族が見つからないことがよくある。

 亡くなった男性は、肉体労働に従事していたようで、部屋には道具箱や作業着などがあった。床にはビールの空き缶や焼酎の大型ペットボトルが大量に転がっていた。独居老人の寂しさを、酒で紛らわせていたのかもしれない。

 床には借金の督促状が入った封筒がたくさん落ちており、机の上には几帳面に小銭が並べられていた。残りわずかなお金で、今月をどう過ごそうか悩んでいたのか。

 1時間の作業で汚染されていた部分は完全に清掃され、その段階で室内の異臭はほぼ消えた。最後に次亜塩素酸水を室内に噴霧して部屋全体を消毒、オゾン消臭器でにおいを完全に消して作業は終了。

清掃中に遺体を発見したことも

男性の部屋には大量のビールの空き缶が。カウンターには小銭が並べられていた

 佐々木社長いわく、今回の現場は比較的処理が簡単だったという。床下まで体液が流れ込んでしまっているケースや、一家心中などで複数人が亡くなっているケースでの作業は大変なものになる。

「いちばん大変なのは、お風呂で亡くなられた場合なんですよ。ドロドロに溶けた液体を処理しなければならない。下水には流せませんから、液体をボトルに詰めて、専用の処理場で処分してもらうんです」

 珍しいケースでは、ゴミ屋敷清掃の途中に遺体を発見したこともあるという。

「住んでいたおばあさんが蒸発してしまったため、そのゴミ屋敷を片づけてほしいという依頼でした。部屋を片づけていたらゴミの下からミイラ化したおばあさんの遺体を見つけたこともありました……。積もったゴミが崩れて埋もれたんでしょうね

 遺体が運び出されてから作業を再開したという。過酷な現場だ。

 東京都監察医務院によれば2003年の23区内に住む65歳以上の単身世帯の孤独死は1441人。'16年では3175人と2倍以上に増加。需要が高まっていることから、特殊清掃業者は5年間で15倍になったとするデータも。ただし、かなりいいかげんな業者も多いと佐々木社長。

「素人がいきなりはじめました、というような経験の浅い業者がたくさんある。値段だけで選ぶと後で後悔する場合も多いと思いますよ」

 また、高額な料金を請求するケースや金目の遺品を盗んでしまう業者も。業界全体で「技術を向上させること」「モラルを徹底すること」がこれからの課題になっていく。

 家族が見つからない場合、清掃業者による清掃作業代、内装の修繕費など数十万円の費用はすべて大家の負担だ。

 被害はこれだけではない。孤独死があった部屋は、近隣住民が腐敗による異臭に気づき警察に通報して発覚するケースがほとんど。アパートの住人たちは住み続けるのを嫌がり退去してしまう場合も少なくない。

ホームレス救済で増える孤独死

 また自殺や腐乱死体が発見された物件は“事故物件”と呼ばれ、次に住む人には告知をする義務が生じる。当然、借り手がつきづらく、値引きなどをする必要も。

 今回の物件を所有するオーナーは、ため息まじりに話す。

「単純に家賃収入があればいいなと思いアパートを購入して人に貸していましたが、こんなことが起こるなんて……。今後の対応についても考えていかなければなりません」

 このような事故物件にホームレスをあてがうケースもある。新宿の不動産業者が話す。

「小泉政権のときにホームレスを積極的にアパートに住まわせるようになったんです。まずは住まわせてから生活保護の手続きをして、そこから家賃を払ってもらう形です」

 ホームレスが住むアパートには、事故物件があてがわれる場合が多いという。

「お酒を飲まれるホームレスも多く、近隣とトラブルになりがち。そして基本的に身寄りもないので、住んで数年で、孤独死してしまうケースも後を絶ちません」(同業者)

 ホームレスを救う政策が、結果的に孤独死を増やしているのは皮肉だ。

 厚労省が行った'16年の国民生活基礎調査によれば、ひとり暮らしの高齢者は約655万人で10年前の約410万人から約1・6倍に。

 孤独死を防ぐ手立てを考えなければいけない。


むらた・らむ ライター、イラストレーター、漫画家。汚部屋やホームレスなど、ディープな潜入取材が得意。著書に『ゴミ屋敷 奮闘記』(有峰書店新社)などがある。7月末には20年にわたる樹海取材のルポをまとめた『樹海考』(晶文社)を上梓する