【連載・地下2回】前回、登場した地下芸人のトップランナー・チャンス大城さんからの指名で名前があがったゆきおとこさん。正直言って「誰なんですか?」という方がほとんどだと思う。筆者もそうだった。しかし、取材が決まり、いろんな芸人さんと会うたびに、ゆきおとこさんの話をすると「とうとうそこに行きつきましたか……」と、誰もが感慨深げ。ネットを調べても、ゆきおとこさんの情報が一切出てこない。時間だけがいたずらに経過し、私は多くの不安を抱えながら“その男”と会うことになった。どんな出会いが待ち受けているのかーー。

 千葉県南流山駅で14時30分に待ち合わせると、その男がやってきた。

――今日はよろしくお願いします。

「こちらこそ、よろしくお願いしますね〜。自宅でインタビューなんて、びっくりですよぉ。大丈夫かなぁ〜」

「あれっ、女性のカメラマンさんもいるんですね」

――なんか見られたらマズいものがあるんですか?

「いやいや、そういうことじゃないんです。(自宅は)まぁまぁ汚いですけど行きましょう〜」

<ゆきおとこさんの地下スペック>

・年収:月20万円×12=240万円
・内訳:月15万(郵便局で行う深夜の仕分け作業が週5回。ちなみに社会保険完備。今年で芸歴27年・局歴25年)、月5万円(芸人としての営業など)

・最高の月収:2003年時 70万円(ドラマや映画、CMなどの収入が重なる)
・最低月収:1万円
・座右の銘:引っ張りまわしてやりましたよ(本人のネタの時に、決め台詞で使用していた)
・ライバル:自分自身

自宅に到着

 適当に話をしながら5分ほど歩くと、ゆきおとこさんの自宅に到着した。

 木造アパートの5階、2DKの一室。1階に居酒屋さんが二軒入っており、アパートは昭和レトロな佇まい。当然ながらエレベーターがなく、5階まで階段で行く。玄関を開けると、目の前に古びた室内の様子が広がった。

――結構、年季の入った部屋ですね。

「実はこの部屋は、僕が父親から買い取ったんですよ」

――そうなんですか。いくらで買ったんですか?

「月々7万円で、8年ローンです。もう、完済しましたけどね」

 よく見渡すと、意外にも綺麗に片づけられている。しかし、窓を閉め切っていたせいか、蒸し暑いのと独特な匂いが室内に漂う。入って早々に、景色を見たいフリをして、窓を開けてもらおうとする筆者。

――景色最高ですね。窓開けてもいいですか?

「もちろんですよ、ここの眺め最高でしょう。ほら、いい風も入ってくるし」

――ほんと、新鮮な風ですよ。生き返りました。

 ようやく新しい空気が入り、女性カメラマンも正常な呼吸を取り戻して、本格的に取材がスタートした。

――今日の取材について、いろんな芸人の方々から、メッセージを預かっています。

「なんですか? 『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングみたいですね。どんなメッセージだろう〜?」

――《いつ、芸人をやめるんですか?》

「(苦笑しながらも)・・・・・・ハハハッ。いや、最近、特によく言われるんですけどね、もう今年の6月17日に50歳(*掲載日はだいぶ後になってしまいました)で、芸歴27年なんですよ〜。あっ、この日に単独ライブあるんで来てくださいね」

(*撮影日は5月下旬でしたが、掲載日は単独ライブのだいぶ後になってしまいました)

(ちゃっかり告知をするゆきおとこさん)

――逆ですよ。

「あっ、失礼、失礼」

――だから、逆ですよ。まっいいか……。しかし、50歳には見えないですね。

「好きなことやっていますからね。それで、今ネタ作りに集中しないといけないので、仕事をセーブしているんですよ」

――仕事をセーブするなんて売れっ子みたいじゃないですか。

――あら! ゴミもかなり、セーブしていますね。

「うまいこと言いますね(笑)。でも昔みたいにもうあんまり体力もないですからね〜。で、何の話していましたっけ?」

――いつ辞めるんですか? という伝言がありましたが。

「そうだそうだ。あのですね、逆にここまできたら、もう突き抜けるしかないんですよ。40歳のころには、正直辞めようとしたことはありましたよ。でも、今はこれしかないですからね。ちなみに、今日の取材で記念すべき6555本目の仕事なんですよ」

――数えているんですか(笑)? 記念すべきというほど、区切りがいいわけではありませんが。

「実は、10年前に友人から何事もメモをしておけって言われまして。それで、今までの手帳を広げて全部数えていったわけですよ」

――6555本てすごい数ですね。ん? ちょっと、待ってくださいよ、芸歴は?

「27年です」

――ということは、1年にすると242本。月に20本。1日計算で、0.66。これって多いんでしょうか?

「…………」

――すみません、失礼しました。それにしても、長い芸歴の中で色んな経験されていると思うのですが、一番印象に残っている仕事は何ですか?

「やはり、営業ですね。ほんと色んなところでやりましたよ。群馬県の伊勢崎市で営業やった時は、地元ネタをやったんです。駅前に食堂があったんで、その店をネタにしたんですよ。

 『あの駅前の食堂ひどいよね』なんて言ったら、ドカ~ンとウケたもんだから、調子に乗って、『2回くらい食中毒でも出してんでしょう』って言ってら、ドカンドカン笑いが来るから、これはこのまま行っちゃえって。

 それで『どうせ、汚いじいさんとばあさんがやってんだろ。ゴキブリ焼いて出してんじゃないの』なんて言ってたら、70歳くらいのおじいさんが出てきて、『お前いい加減にしろ、それうちの店だ』って、その食堂のマスターが客としていたんですよ。

 あ、だから、最初ウケてたのかって……。あれには、参っちゃいましたよ」

――って、くつろぎすぎですよ! やっぱり、地元ネタ定番なんですね。他にもありますか?

「あとはコワい系の人たちがいる会社の行事で呼ばれて、ネタやろうとしたら、いきなりおしぼりが飛んできて、『つまんねぇぞ、帰れ』って言われたり。いやまだ何にもやってないですよって。それから〜、あとは温泉での営業ですよ」

――お笑い営業の定番ですよね。

「しかも、宴会場ではなくて、お風呂場で」

――えっ?

「長野県の松代温泉なんですけど、温泉に入っているお客さんを前にタオル1枚で漫談ですよ」

――別の笑いが来そうですよね。

「お客さんから『いつ終わるんだい?』なんて言われてね。ウケるわけがないですよ」

――う〜ん、パッとしないエピソードですね。

「…………。プレッシャーかけてきますね〜。じゃあ、最後にとっておきの『下唇吹っ飛んだ事件』いきましょうか!」

――え? なんですか、それは?

「おっ、そうだ、私の行きつけの飲み屋さんがすぐ下にあるんですよ。取材があるから一応、予約しといたんですよ。一杯、行きませんか?」

――それはいいですね。行きましょう!

ゆきおとこさんのマル秘ノート

居酒屋さんへ

 インタビューが2時間を超え、ようやく面白そうなトークテーマを匂わしてきた、ゆきとこさん。そんな彼の提案で、アパート下にある居酒屋さんに行くことになった。しかし……。

――全然来ないですね、もう30分経ちますが……。

「マスターに言っといたんですよ、今日取材が来るからってお店を開けといてって。おかしいな!」

マスターが来ないことに腹を立てるゆきおとこさん

――本当に約束したんですか?

「しましたよ! あっ、来た来た!」

――いやいや、この方ダスキンの業者の方じゃないんですか?

「ゆきおとこと申します、私この上に住んでおりまして、芸人をやっております」

――なに、営業しているんですか(笑)。

「いや、どこでどうつながるかはわかりませんから」

 ちなみにこの業者の方は、居酒屋さんのマット交換で来たらしい。結局、この方が、マスターに連絡を取ってくださり、ようやく開店作業が始まった。

「遅いよ、マスター、頼むよ〜!」

 なぜか、せこせこと荷物を運ぶゆきおとこさん。

 店を急いで開けるマスター。

 マスターが準備をしているあいだ、ゆきおとこさんは色々な話をして場をつないでくれた。

 マスターお手製のビーフストロガノフが来て、ようやく乾杯!

――では、そろそろ『唇』の話を……!

「20代のころの話なんですけどね、今では超売れっ子のカンニングさんとよく飲んでいたんですよ」

――芸歴も同じくらいですよね?

「今でこそ、あまり会う機会はないですが、かつては週に1、2回は飲んでいましたよ。それで、ある時、カンニングさんと飲む前に、先輩芸人と焼酎を二升くらい飲んでベロベロになっていたんです。

 そしたら、その先輩が帰り道にサラリーマンとモメめちゃって。それを止めようと思って土下座して仲裁に入ったら『お前は関係ねぇだろっ』って、先輩の革靴で蹴り上げられたんですよ」

――どこをですか?

「唇ですよ、下唇。それで……」

――それで?

「下唇が吹っ飛んだんですよ」

――吹っ飛んだ?

「そうなんですよ、取れてたんですよ」

――取れたって、いまもあるし、唇がそんなに簡単に取れますか?

「いや、下唇ですよ!」

――いや、上でも下でも! 取れますか??

「取れますかねって、取れたんですから、信じてくださいよ!」

――まっ確かに、疑っても仕方ないですから……。でも、かなり強い蹴りだったんでしょうね。

「僕も、相当酔っていたから痛さは感じなかったんですよ、その時は。取れたのも、まだ気づいていないんですよ。それで、先輩が『お前、どっか行け!』と言って3万円を渡してきたんですよ」

ゆきおとこさんが飲んでいた緑茶ハイ

――無茶苦茶ですね、下唇吹っ飛ばしといて、どっか行けって。

「でも、3万円もらったら、こっちはテンション上がるじゃないですか。大金だし。それで、3万円握りしめて竹山さんのアパートにタクシーで向かったんです」

――血もすごかったんじゃないですか?

「で、竹山さんの自宅に着いて玄関で『お前遅いよ、何やってたんだよ』なんて言われながら、電気がついてる部屋に入ったら、

 真顔で『おい! お、お前、唇、半分取れてるぞ!!!』って言われて」

――さすがは売れっ子コメンテーター。ズバリ言いますね!

「感心してる場合じゃないですよ。もう、口全体が腫れあがっていて、血がボタボタと垂れてきていて。

 竹山さんから『お前もういいから、とりあえず、すぐ帰れ!!』って言われたんですけど、電車が終わっちゃったもんだから、始発まで待って電車で帰りましたよ」

――病院に行かなかったんですか!?

「何度も言いますがベロベロだから、その時はそこまで痛くはないんですよ」

――酔いが覚めたら地獄ですね。

「その通り! それで、家に帰って寝て、夕方起きたら本当の地獄が待っていたんです。もう激痛で、二週間も飲まず食わずで8キロ痩せましたよ」

過去を振り返るゆきおとこさん

――すごい経験をされていますね。なかなか唇が取れるなんて聞きませんから。

「ですから……」

――下唇ですね。ちなみにカンニングの竹山さんが売れたときはどう思いましたか?

「正直、ジェラシーはありましたよ。でも、今は本当に応援の気持ち。まったく嫉妬はないですよ」

――まったく?

「追い込みますね(笑)。でも、この年になると、好きなことをやれているだけで幸せなんですよ。だから、ほんと嫉妬はないです」

――そうですか。そういば、もうひとつ伝言があるんですよ。この連載の初回に登場してくれたチャンス大城さんが言っていたんですけど、カンニング竹山さんが、ゆきおとこさんのことを今でも“あいつは俺の戦友でもあり、親友だ”と仰っていたということですが、それを聞いてどう思いますか?

(少し間が空いて)

いやぁ、嬉しいですよ、それは(やや涙目で)。俺も頑張らないと。励みになりますよ! 本当に、昔からの付き合いだったんでんでね、嬉しいな!

(明らかにテンションが高いゆきおとこさん)

――では、落ち着いたところでゆきおとこさんに最後に質問を!

「もう最後ですか? 何でしょうか」

――いつ、芸人を辞めるんですか?

「いや、だから勘弁してくださいよ!」

――冗談ですよ。あたなたにとって、地下芸人とは?

「なんでしょうね。芸歴20年以上もあるんですけど、テレビとかの大きなメディアに出演したのが5回以内とかじゃないですか。僕なんか20年前に出た『テレビ埼玉』さんでの仕事が最後のメディア出演ですよ(笑)。

 でも僕の場合は、生まれ変わってもまた、地下芸人をやるんでしょうね〜」

 芸歴27年、局歴(郵便局のバイト歴)25年、50歳になったばかりの大ベテラン・ゆきおとこさんは、地下芸人界の大御所という意味から「マイナーメジャー」と呼ばれているそうだーー。

去り際のゆきおとこさん

<ライター・新津勇樹> ◎元吉本新喜劇所属。芸人、役者時代の人脈を活かし、体当たり取材をモットーに既成概念にとらわれない、新しいジャーナリスト像を目指して日々飛び回る。