昨6月25日は、日本列島各地で今年一番の暑さを観測した。日常生活の中でできる予防対策と、死亡者数から垣間見える昨今の熱中症事情を、専門家に聞いた。
熱中症予防の呼びかけは、2010年の猛暑で1700人以上が亡くなったことをきっかけに本格的に始まった。
この数年は初夏を迎える5月頃から、メディアでもネットでも、会社や学校や家でも、あらゆるところで毎日のように注意の呼びかけが行われ、すっかり夏の風物詩になった感がある。
熱中症による死亡率は減少傾向
熱中症に詳しく、その啓発にも熱心に取り組む帝京大学医学部附属病院高度救命救急センター長の三宅康史教授は言う。
「情報が増えることで、熱中症が身近になったこと。これがいちばん大きな啓発になっているのでしょう。自分だけでなく、家族や仲間、友人などへの気遣いにもつながっているようで、熱中症で亡くなる方の数は減ってきています」
熱中症の患者数は、年によって変わる。当然、猛暑であれば多いし、冷夏なら少ない。その夏の気温変動に惑わされずに患者の状況を調べるため、三宅教授は医療機関で熱中症と診断された人のレセプトデータを調査した。
レセプトデータには、治療で行われた点滴や投薬、入院などの処置が入力されている。データが電子化されていない病院もあるため一概には言えないが、熱中症の重症化率・死亡率はここ数年、減少傾向にある。
「地球温暖化で、異常な暑さ寒さの日があったり、季節外れの台風が上陸したり竜巻が起きるなど、日本の気候はおかしくなっている。条件的には悪くなる一方にもかかわらず、重症化率や死亡率が減ってきているのは、やはり、啓発が進んだことが大きいと思います」
熱中症の予防や対処方法については、日本気象協会や環境省の熱中症予防情報サイトなどでわかりやすくまとめられている。内容的にはあまり変わらないので、一度、どれか1つでもザッと全体を読んでおくと、おおよその知識が頭に入り、いざというとき慌てずに済む。
日本気象協会「熱中症について学ぼう」
環境省「熱中症予防情報サイト」
政府広報オンライン「熱中症は予防が大事!」
日本スポーツ協会「熱中症を防ごう」
その上で、夏の間は毎日の天気と気温、湿度のチェックを習慣にするのがお約束だ。
「日々の情報収集はとても大事です。その日の天気や気温・湿度を調べ、服装や持って行く飲み物を決める。午後は営業で外回りに出るから、ペットボトルじゃなくて水筒に氷水やスポーツドリンクを入れて行こう、とか。
飲み物の基本は、水か麦茶です。塩分は、まず三度の食事をきちんと摂ること。和食は比較的塩分が高いので、汗をあまりかかない高齢者などは三度の食事で十分に摂れます。外での活動が長く汗をたくさんかく人は、スポーツドリンクや飴などで塩分補給をします」
アイスコーヒーより水・麦茶!
出先や疲れたときなどには、ついつい、水よりアイスコーヒーやエネジードリンクに手が伸びるが、これらにはカフェインが含まれるものが多い。カフェインには利尿作用があり、せっかく水分を摂っても、トイレに行きたくなって排泄されてしまうため、補給にはならない。
これはアルコールも同様だ。アルコールの場合、利尿作用で水分が排泄されるのと同時に、アルコールを分解する際に水分を必要とするため、ただでさえ脱水状態になりやすい。ビヤホールでのトイレに通う回数や、飲酒の後の喉の渇きを思い出していただければ、わかりやすいだろう。
水分補給にはやはり、「とりあえず麦酒!」ではなく、「とりあえず麦茶か水!」である。
熱中症のかかりやすさは、体調に大きく左右される。
たとえば、風邪気味だったり、二日酔いや徹夜が続いていたり、下痢をしているなど、身体に負担が掛かっているとき、あるいは、肥満や、生活習慣病があって薬を服用している場合などには、より注意が必要だ。
また、子どもや若者、高齢者といった年齢、身体の大きさ、仕事の種類、その日に過ごす場所などさまざまな条件によっても、かかりやすさは変わってくる。そのため、水分や塩分をどのくらい摂れば良いのかといった予防の目安は、一様ではない。
日常的な体調管理が最善の予防策
三宅教授が薦める予防対策は、日常的な体調管理だ。
「翌日、外での活動が予定されているときには深酒をしないなど、その時々の注意は不可欠ですが、大切なのは毎日同じ条件で自分の身体をチェックしておくことです。
朝か夜、トイレに行った後に体重を量る。体重は毎日それほど変わらないので、軽ければ脱水気味、重ければ水分と塩分の取り過ぎ(塩分は水分を保持するので)と考え、いつもより軽い(300~500グラム程度)なと思ったら、水をコップ1杯飲んでから就寝や出勤をする。
また、血圧と脈拍を測り、普段と値が違うときには無理をしないなど気を配ると良いですね。毎日は大変だと思うかもしれませんが、熱中症が最も多い梅雨明けから9月まで、約3カ月間のことですから」
もちろん、これを1年間続ければ、鉄壁の健康対策となる。
かつて日本の夏は、うちわや打ち水、風鈴の音色などでしのぐことができる風情のある夏だった。近年は、そんなものではとても太刀打ちできない、暴力的な猛暑が続くことも多い。そこで暮らす私たちにも、それなりの覚悟と対処が必要である。
梶 葉子(かじ ようこ)◎医療ジャーナリスト 成蹊大学文学部日本文学科卒。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。システムエンジニアを経てテクニカルライターとして独立。その後、医療・医学分野にフィールドを移し、2002年ごろから医師・医療機関への取材・インタビューを中心に執筆活動を続ける。