高齢飼い主がペットと共倒れしないためには…(写真はイメージ)

「唯一の家族だった犬を自分のせいで殺してしまった──」

 後悔しながら旅立った80代男性。ひとり暮らしで身寄りがなかったため、体調悪化により介護施設への入所を余儀なくされた。一心同体だったミニチュア・ダックスフントは、里親が見つからず保健所行きに……。

 このような、飼い主の死亡、病気などを理由にしたペットの飼育放棄が今後さらに増加していくとみられている。

犬猫と離れられない高齢者の現実

 神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム『さくらの里 山科』で、愛猫の“祐介”
(ゆうすけ、13歳)と暮らす澤田富與子(ふよこ)さん(73)。

 ペット同伴入居可能な同施設に入居して4年目だ。澤田さんと祐介の出会いは13年前にさかのぼる。

「この子、もう少しで川に投げ込まれるところだったの。生まれたばかりで目がまだ開いてないくらい小さかった」

 友人のもとへ向かう途中、高齢の女性が川に捨てようとしていたところを保護。以降、家族として寄り添いながら暮らしてきた。

 ところが、持病の脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)が悪化。立ち上がることすらも困難になった。

「立って歩けないから、室内の移動はお尻で這(は)ったり、ほふく前進するような感じ。買い物も料理もできないから、自分には、もう、ひとりで生活することは無理だなとわかっていました」

 横須賀市の職員からは居住型高齢者施設への入居を何度もすすめられたが、祐介との離別を示すその提案を澤田さんは断固として拒否した。

「そのころは毎日、“ゆう”と一緒に死のうと考えていました。この子をのこしていくくらいなら……って」

 精神的に追いつめられた澤田さんは、次第に食事をとれなくなり栄養失調に。自宅で倒れているところを近所の友人に発見され、入院となった。体重は30kgほどしかなかった。

 それから4年。施設に転居してきた当初、身体も心も元気をなくし、表情が乏しかったという澤田さんは、当時が想像できないほどの笑顔を浮かべながら語ってくれた。

カメラに向ける顔が似ている澤田さんと祐介は猫と暮らすユニットで過ごす

「自分が連れてきた動物と一緒に住める。今までと同じように“ゆう”と一緒に年を重ねていける。それがうれしい」

 澤田さんと祐介は、毎日枕を並べて寝ている。ときどき夜中に目が覚めてふと隣を見ると、祐介も澤田さんの顔を見ていることがあるという。

「そういうのが、すごく幸せ。かけがえのない大事なとき」

 同施設で暮らす榊原桂子さん(80)は、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの“なな”(5歳)と一緒に’16年12月に入居した。

 “なな”を迎えた数年後に、進行性の難病を患った。転びやすくなり、話しづらさや、飲み込みづらさといった症状がみられることが特徴の病気だ。

恥ずかしがり屋のななは、とびきりの笑顔を見せてくれた榊原さんのそばから離れなかった

 榊原さんは、何度も転倒を繰り返した。食事をするときにイスから転げ落ち、ヘルパーの訪問までそのまま床に転がったままだったことや、夜中トイレに行くときに転んで朝までその状態で過ごしたこともあった。繰り返す転倒のせいで肋骨(ろっこつ)にひびが入り、骨折をしたことも。「“なな”と暮らせないなら、施設には絶対に入らない」と在宅での療養をあきらめなかった。

 そんなときに榊原さんの家族が見つけたのが、さくらの里 山科だった。

「この病気は笑顔が出にくく、能面のようになるのが特徴。まぶたを開けることも難しいんです。でも、施設に来て、たくさんの動物に囲まれているおかげか、自宅にいたころよりも、“元気になったわね”と言われるようになったし、笑顔も出るようになりました」(榊原さんの家族)

飼い犬や猫の飼育放棄の現状

 高齢者が自分自身でペットの世話をすることが難しくなっても、同伴入居し、安心して暮らしていける施設も出てきた。だが、これはほんのひと握りにすぎない。

「“さくらの里 山科”を見つけるまでに、ペット同伴入居を謳(うた)っているサービス付き高齢者向け住宅や、有料老人ホームもずいぶん探してみたんです。でも、どこの施設に行っても、ペットの世話は入居者自身でしてもらいますと言われました。それができないから探しているのに……」(前出の榊原さんの家族)

 では、飼い主が世話を続けることができなくなった動物たちはどうなるのだろう。

「私たちが行った調査によると、所有権放棄した飼い主の年代は60代以上が56.3パーセントを占めていました。この比率は調査後も増加していることが予想されます」

 そう語るのはNPO法人『人と動物の共生センター』代表で獣医師の奥田順之氏だ。ペットフード協会によると、犬猫の飼育率は50代でもっとも高く、次いで60代。犬の飼育状況に関しては、この2世代を合計すると、全体の1/3を占める。

 

 一方で’17年度の犬の平均寿命は14.19歳、猫の平均寿命は15.33歳と発表されていることから、子育てが終わり、仮に定年後の65歳で犬猫を飼い始めたとすると、80歳近くまで養う必要があるとわかる。

飼育放棄の理由については“飼い主の死亡・病気・入院”がもっとも多く、26.3パーセントでした。これは犬を対象とした調査でしたが、猫でも“計画外の繁殖”を除けば、同じ傾向です。ご高齢の飼い主さんが増える中で、“最期まで面倒を見られないなら飼ってはいけない”とするというのは、時代にそぐわなくなってきているのかもしれません」(奥田氏)

 飼育放棄の理由にはほかに“犬の問題行動”“犬の病気・認知症・高齢”などが挙げられるが、調査を行った’11年以降はいずれもその割合は減少傾向にある。しかし、“飼い主の死亡・病気・入院”だけは、やや増加傾向だという。

もしもに備える2つのこと

 将来、自分で身体を自由に動かせなくなって、愛犬・愛猫の排泄(はいせつ)物の世話ができず、水の交換や、ごはんをあげることもできなくなり、次第に弱っていく様子を、ただ見続けることしかできなくなったとしたら、それは、飼い主と動物双方にとって、どんなにつらいことだろう。

「自分の力で飼えなくなったとき、動物が幸せな第2の人生を送れるかどうかのカギは、次の新しい飼い主さんへ、いかにスムーズに犬や猫を託す準備をしておくかということにかかっています」(奥田氏)

 そこで、まず飼い主が実践したいことは、親族や近所のペット仲間など、安心してペットを託せる人を探しておくことだ。

「親戚付き合いも、近所付き合いも苦手で、今は疎遠という飼い主さんがいるかもしれませんが、“この子の幸せのために”と考えて、少しずつでも人間関係を構築しておきたいところです」(奥田氏)

 次に備えたいのは“お金”。【ペット信託】という仕組みを利用すれば、譲渡先での愛犬・愛猫の暮らしを支える費用を、遺産あるいは贈与という形でのこすことができる。あらかじめ自分で信頼できるペットの引き取り先と、お金の管理者(親しい友人や親族など)を選び、定めることができるので、スムーズに新しい引き取り手にペットを託すことができる。

 では、どのくらいのお金をのこしておけばいいのか。

 ペット信託に詳しい行政書士の亀ヶ谷澄子氏に教えてもらった。

「自分が手放したあとのペットの飼育費の概算は、“1年間でペットにかかった支出×犬・猫の残りの寿命”で求めます」

 ペット保険のアニコム損保保険株式会社の調査によると【病気やケガの治療費】【ワクチン・健康診断等の予防費】も含めたペットにかかる年間支出額は犬で約44万円、猫で約20万円。犬・猫の余命は概算になるが、“平均寿命-現在のペットの年齢”で求めるとする。例えば、犬が7歳のときに譲渡したとすると、44万円×(14.19-7)年=316.36万円が準備しておきたい金額となる。

 

「プラスアルファでかかるお金にも注意してください。例えばお散歩をするのが大変になってきた、認知症になってペットのお世話ができなくなったといった理由で、生前にペットが新しい飼い主さんの手に渡ったとします。そして、お金の管理者から、新しい飼い主さんにペットの世話代が支払われ始めました。すると、この世話代、すなわち“信託財産”に対して、“贈与税”がかかるので、新しいペットの飼い主さんには“贈与税”の支払い義務が生じます。当然、新しい飼い主さんに税金分を支払わせるわけにはいきませんから、この税金分も上乗せした分を託しておく必要があります

 このほかにも、自分の死後にペットを託したいと考える場合には、ペットの世話代に対して“相続税”がかかるし、配偶者や子どもなどの相続人のために法律上、必ずのこしておかなければならない“遺留分(遺言があっても、最低これだけはもともとの法定相続人にのこしてあげなさいと法律上で認められている割合)”といったお金も信託財産(世話代などペットのために使うように託されたお金)とは別に備える必要がある。

 さらに、飼い主によっては“お金の管理者”に、管理に対する謝礼金として月1万~2万円を支払うケースもあるという。すると、追加で年間12万~24万円の準備が必要になる。また、“お金の管理者”と“新しいペットの飼い主”を監督する“信託監督人”を置くこともできるが、置くとなると、やはり月々の費用を支払うことになる(金額は契約による)ので、お金の備えは早いうちに始めたい。

思い出・記録を次の飼い主に託す

 引き取ってくれる知り合いがない。お金もない。そんな場合でも、愛犬・愛猫の新しい飼い主が見つかる可能性を高め、スムーズな譲渡につなげる方法がある。

「ポイントはたった2つ。“しつけ”と“健康管理”ができた子に育てておくことです」

 次の飼い主が、「この子だったら欲しい! 一緒に暮らしたい」と思ってもらえるように、愛犬・愛猫を育てることが大切だと奥田氏は指摘する。

「しつけといっても、何も難しいことはありません。誰に対しても、吠(ほ)えたり噛みついたりすることなく、落ち着いて対応できればそれでいいのです。むしろ、それさえできていれば、かなりもらわれやすくなりますよ

 健康管理については、年1回定期検診を受け、その記録をファイリングしておくことが重要だという。譲渡される側は、自分がこれから一緒に暮らすことになる犬や猫の健康状態が気にかかるからだ。持病はあるのかないのか。もしあるとしたら、どの程度で、医療費は年間どのくらいかかるのか。持病があったとしても、その事実を包み隠さずに、獣医師が診断した記録を残して次の飼い主に引き継ぐことで信頼感が高まるという。

「新しい飼い主さんが知りたいのは、健康状態もそうですが、要するに、自分が迎える子がどんなふうに過ごしてきたかということなんです。例えば、可愛い写真、動画をたくさん撮っておけば、大切に育てられてきたということを感じることができ、元の飼い主を信頼して、迎えることができます。それを見た新しい飼い主さんは、これからの暮らしを想像しやすくなります。たったそれだけですが、もらわれやすさにつながるんです」

 ブログやSNSを利用している人は、これらのツールを活用してペットの情報を発信しておくと、それが思いがけず譲渡につながることもあると奥田氏は教えてくれた。

 長年寄り添ってきた動物を手放すのはどんなにつらく、無念だろう。「この子の命に対して、自分が最期まで責任を持ちたい」と考えるのであれば、飼い主はボランティアや動物愛護団体などに頼る前に、まずは、大切な犬や猫の第2の家族を自分の力で見つける最大限の努力をしたい。それが、豊かで幸せな時間をくれる動物に対して、飼い主として最後にできる最大の贈り物であると同時に、果たすべき責任ではないだろうか。

(取材・文/高垣育)