近年はSNSの充実で、地方からも全国的な人気を獲得するコンテンツが誕生している。これからも確実に地方からスターは生まれ、それらの命は、東京のエンタメ観では見つけられない場所で産声をあげています。そんな輝きや面白さを、いち早く北海道からお届けします(北海道在住フリーライター/乗田綾子)

左から、稲垣吾郎、香取慎吾、草なぎ剛

 突然ですが、皆さんは「関係人口」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

 これは近年、使われるようになってきた言葉で、その場所に住んでいる人たちや一時的に滞在している観光客ではなく、「地域外からさまざまな方法でその地域に繋がってくれる人たち」を指すものなんです。

夕張の強いNAKAMAに

 例えば、ふるさと納税の利用や特産品の購入などで、緩やかに繋がりを持ってくれる、いわば地域の“ファン”のような存在、それが関係人口という言葉の意味です。

 なぜこの言葉に注目したかというと、実は今年の5月、北海道の鈴木直道夕張市長がTwitterを通じてこんなメッセージを発信していました。

《読売新聞朝刊(全国版)にて、新しい地図の香取慎吾さん、稲垣吾郎さん、草なぎ剛さんとの懇談記事が掲載されました。新たな「関係人口」を創出し、イメージチェンジを図る夕張の心強い NAKAMA(応援団) に!まずは夕張での再会を楽しみにしています。》〔鈴木直道(夕張市長)@suzukinaomichi のツイートより〕

鈴木直道(夕張市長)@suzukinaomichi のツイートより

 全国で唯一の財政再生団体、北海道夕張市。

 長年、厳しい財政難に苦しみ続けるその町の再生に「関係人口」の視点から手を差し伸べたものこそ、稲垣吾郎さん、草なぎ剛さん、香取慎吾さんの3人による、あの「新しい地図」プロジェクトだったのです。

 この話をひもとくにまず、夕張の歩みを簡単におさらいしたいと思います。

 北海道の開拓が本格的に始まった明治時代。当時の主力エネルギーだった石炭鉱脈が発見された夕張では、たくさんの炭鉱が作られ、その動きと連動する形で、町も大きく発展していきます。

 夕張の人口が一番多かったのは1960年、その数はなんと11万6908人。今でいうと、東京都の小金井市や東久留米市と同じくらいの規模になりますが、その人口ピークの時期に決まったのが、「原油の輸入自由化」でした。

 海外での大規模油田の発見によって、安価な石油の安定供給が可能となり、石炭エネルギーが前時代のものとなっていった1960年代。夕張では炭鉱が次々と閉鎖になり、仕事を失った現役世代とその家族が離れていくことで、地域はだんだん衰退していきます。

日本全国どこでも起こりうる

 一度始まってしまった人口流出はその後も止まらず、最後の炭鉱が閉鎖された1990年には、夕張の人口は2万1824人にまで減少しました。

 著しい少子高齢化も見られるようになった、この窮地を脱するべく、夕張市は「炭鉱から観光へ」を合言葉に、大型リゾート開発へと舵を切ります。しかし、そこに待っていたのはバブル崩壊と“失われた20年”と呼ばれる、あの平成不況でした。

 それまでの町の疲弊に加え、リゾート開発などの累積赤字がさらに重なり、限界に達した夕張は2007年、ついに財政破綻を表明します。その赤字額は約353億円。

 企業でいえば倒産に等しい「財政再健団体」(当時)の指定を、全国で唯一受けた夕張市は、“鉛筆一本買うにも国にお伺いを立てる”というような状況の中、毎年、26億円にもおよぶ借金を返していくことになりました。 

 夕張は特別なケースで、自分にはあまり関係ないと感じる方も多いかもしれません。

 しかし破綻に至った、ここ30年の夕張の実情は、基幹産業喪失のダメージという以上に、「人口減少と少子高齢化によって税収が減少した自治体の逃れられなかった現実」という側面が大きいのです。

 視点を変えれば、人口減少と少子高齢化がすでに現実となっているこの日本で、これからの未来、全国どこでも起こりうるものです。

 その流れの中で、稲垣さん、草なぎさん、香取さんという知名度も人気も全国クラスの3人が、今回「関係人口」創出を起点に地方社会と関わり始めたことは、非常に大きな意味を持っています。

 特に興味を引いたのは、いままで東京一極集中の著しかったエンターテイメントの世界、東京の文化で生まれた彼らが、ついに地方社会との密な関係性を築き始めたということでした。

 たとえば、彼らの所属していたSMAPの活動を振り返っても、国民的人気を獲得したアイドルたちの主戦場は、大手メディアが集中する東京。もしくはドームクラスのライブ会場があるような、大都市圏に限られていました。

 たまにドラマや映画などで、地方のロケ地が“聖地”になるケースはあるものの、基本的にテレビ出演や大都市でのライブ活動が柱となるアイドルは、そう頻繁に地方出張ができるわけではありません。

 また、アーティストと違って、各地方の野外フェスなどに出演するような機会も、全くありませんでした。

エンタメが「日本の未来」を救う

 しかしその一方で、長年、第一線で活躍し続けるアイドルの彼らには、たくさんの”ファン”の存在があります。

 特に近年のファン文化は、好きなものに対して「大きな意味での支援」に尽力する傾向があります。それこそSMAPファンは、2011年の東日本大震災でグループが復興支援を呼びかけて以降、2018年の現在も変わらず災害募金に協力したり、被災地の特産品を購入する様子を、SNSで安定的に発信しています。

 行きつくところはそれぞれですが、その始まりは皆等しく、好きなものへの愛情であり、同じ時代を生きる他者やコミュニティへの敬意。

 そして、今までは被災地支援などに向けられてきたそのファン文化のパワーが、一歩進んで「地方の人口減少と少子高齢化」という社会問題に向けられようとしているのが、まさに今回の『新しい地図×夕張』の取り組みなのだと思います。

 実際に夕張市長との懇談以降、稲垣さん、草なぎさん、香取さんの3人は出演番組で積極的に夕張の名前を出すようになりました。それをファンもしっかり聞き逃さず、夕張へのふるさと納税を行ったり、特産品を購入して写真や情報をSNS上でシェアするようになっています。

 ちなみに、新しい地図と懇談した鈴木直道市長は、著書で理想とする政治の在り方についてこう話していたことがあります。

《どうしても“ひとりの犠牲”を出さなければいけない状況であるならば、残りの九九人の知恵を借りて、ひとりの犠牲も出さない解決策を考える――いまはそういう時代だと思う》(講談社『夕張再生市長 課題先進地で見た「人口減少ニッポン」を生き抜くヒント』)

 もはや、人口増加の特効薬は絶対にないといえる状況で、市民税や固定資産税といった各種税金の増額、水道料金の大幅値上げ、老朽化が進む市立診療所の建て替え先送り……。そういった、生き残りへの厳しい現実に耐えながら、それでも、それぞれの大切な故郷を守ろうと生きている人たち。

 遠い北海道の中に、ほんの少し早くやってきている地方衰退の現実。もし、東京の人気アイドルが「関係人口」の創出によって支えることができたならば、それは「日本の未来」をエンターテイメントの明るさが変えていくという、希望ある一例になるのだと思います。


乗田綾子(のりた・あやこ)◎フリーライター。1983年生まれ。神奈川県横浜市出身、15歳から北海道に移住。筆名・小娘で、2012年にブログ『小娘のつれづれ』をスタートし、アイドルや音楽を中心に執筆。現在はフリーライターとして著書『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)を出版している他、雑誌『月刊エンタメ』『EX大衆』『CDジャーナル』などでも執筆。Twitter/ @drifter_2181