《離婚後も双方に親権残る「共同親権」検討…法相》
7月中旬、読売新聞の朝刊一面に、政府が共同親権の導入を検討していることが報じられた。
離婚後、親権の奪い合いの裁判でもめたり、誘拐にも似た強引な引き離しが行われるなど、子どもが親の争いの犠牲になるケースが後を絶たない。政府は2019年にも、親権制度を見直す民法改正について法制審議会に諮問する見通しだ。
『共同親権』の導入で何が変わる?
『共同親権』について、離婚後の家族問題に詳しい大正大学の青木聡教授は、『親権』という言葉を『親責任』と置き換えるとわかりやすいとし、次のように説明する。
「『共同親責任』は、離婚しても父母が共同で親としての責任を果たしていきましょうという意味です。メリットは、離婚後も子どもが心理的・経済的に安定し、子どもに与えるさまざまな悪影響を減らせる点です。離婚しても父母が争わずに養育していれば、子どもは両親のそろった子どもと変わりなく育っていきます」
現在の民法は、離婚後の親権はどちらかの親が持つ単独親権。そのため、強引な手法がとられることもあるという。
都内在住の高木由紀さん(仮名・34)は、強制的に子どもと引き離された経験がある。現在は、長男の太一くん(仮名・9)と次男の光一くん(仮名・6)と暮らすA子さんだが、離婚劇は夫側の一方的な手口で口火が切られた。
「'13年10月15日に、子ども2人を連れ去られたんです」という高木さん。夫とその両親、兄夫婦が一緒に来て、義母と高木さんが口論している間に、義兄夫婦が子どもを連れ去ったという。
「警察も呼んだのですが、義母と元夫が、3日後に子どもは帰る予定と説明して、警察が連れ去りを止めることはありませんでした。3日後には戻ってきませんでした。後からわかりましたが、連れ去りの翌日には別の幼稚園に通う手はずになっていました。
夫の実家から、何度もお金を無心されたことなどが原因で離婚したいと伝えたとき、“有利な離婚の仕方を知っているから”と。何を言っているのかなと思っていたのですが……」
子どもの引き渡しを求めた審判を申し立て、高木さんが2人の息子に面会できたのは、連れ去り後から3か月後のこと。
「裁判所の試行面会でやっと会えたのですが、私のことを警戒した様子でした」
会えなかった間、父親は母親にまつわるエピソードを捏造し子どもに刷り込んだ。
連れ去りから約1年後に離婚が確定し、親権は高木さんのもとに。連れ去られた側に親権が認められるのは珍しいケースだ。
「共同親権になれば、私のように、子どもを連れ去って親権を獲得する“有利な離婚”ができなくなると思います」と法改正に期待する。同時に、
「面会交流権は親が子どもに会う権利だけではなく、子どもが親に会う権利でもあるんです。新しい家族を大切にしてほしいと思いますが、この子たちにも会ってほしいと思います」
高木さんがそう訴えるのは、離婚後、週に2~3回会いに来ていた元夫が再婚後、だんだんと子どもに会いに来なくなり、息子が送るLINEにも既読スルー……。
2人の子どもは無邪気で「お父さん大好き!」と声をそろえる。昨年の11月、光一くんの誕生日のお祝い以来、会えていないという。
「パパに会いたいよ」
遠慮がちに光一くんが伝えた言葉が切なかった。
再婚後の親権選択について前出・青木教授が説明する。
「欧米では、共同親権を持つ父母が子どもの意見を聞きながら、再婚後の養育についてどうするかを話し合い、親権のあり方を再度、選択することになります」
親同士の関係構築が必須
元夫への恐怖感、拒絶感が強く「離婚後も連絡をとる必要があるとは思いもしなかった」と話すのは一般社団法人『りむすび』の、しばはし聡子代表。別居・離婚後に子育てする親をサポートする共同養育コンサルタントを務めているが、ご自身も何の知識もなく離婚に踏み切り、憂うつな思いをしたことがあったという。
「離婚はできましたが、調停で面会交流が月に1~4回という取り決めがなされた。息子に会いに来るたび、頭を抱えていました。元夫に息子を会わせるのが嫌でした」
と振り返る。
離婚したのに元夫と関わりたくない。だが、息子は父親と会うことを喜んでいる……。
そこで、しばはしさんは夫婦問題カウンセラーの資格を取ることを決意。面会交流を見学するなどした結果、自分自身が変わって、子どもの父親である元夫に向き合わなければいけないと思ったという。
「子どもの情報を夫に伝えようと連絡をとることにしたのです。劇的に関係は改善しました。元夫も憤りが静まり、“ありがとう”と言ってくれる。“ありがとう”ともっと言わせたいと思ったら、苦しかった気持ちがスッと楽になったんです」
現在は月に2回、子どもは元夫の家に泊まりに行く。しばはしさんが仕事で忙しいときは預かってもらい、学校の保護者会に行けないときは出席してほしいと伝え、学校から子どものことを注意されたら、それを父親から伝えてもらうなど、
「育児のいいところだけでなく、たいへんなところも分担してもらうようにしています」
共同親権には賛成の立場だ。
「共同養育するために離婚後の親同士の関係構築は必須です。公的な支援も、ひとり親支援は充実していますが、共同親権になれば支援体制も変わってくると考えています。
子どもは離婚後も共同で育てていくのが当たり前だと認知され、社会に浸透すれば、離婚すると親はひとりという固定概念が払拭されていく」
「パパとママの離婚は私が原因でしょう」
都内の出版社に勤める水戸耀司さん(仮名、50)は現在、小学6年生になった娘(11)と暮らすが、彼女が2歳半のときに、夫婦のいさかいは始まった。離婚裁判や面会交流調停など長い不毛な戦いを余儀なくされた水戸さんは、
「共同親権であれば、裁判をすることだってなかった。今まで裁判費用で500万円ほど使いました。バカげたお金ですよ」
と精根使い果たした長期戦を回想。娘はのびのびと元気に過ごしているが、最近言われたことが心に刺さっている。
「“パパとママが離婚したのは、私の取り合いが原因なんでしょう”と自分を責めることを言うんです。違うよと伝えてはいるのですが……」
2歳半の娘を連れ去った元妻は、夫からDV被害を受けていると警察に通報し、DVを理由に離婚裁判を申し立てた。結果、DVがでっち上げだと証明され、離婚は認められなかった。判決まで2年の月日を要した。水戸さんが、可愛い盛りの娘に会うことができたのは、娘が連れ去られてから1年2か月後だった。
「私と会わせて大丈夫か確認をする試行面会で会えました。最初、きょとんとした顔をしていました。肩車をすると、“パパ”って言ってくれたんです。娘は肩車が好きでいつもせがまれていましたから」
面会交流も、“病気だ”“運動会がある”などと嘘の言い訳をでっち上げられ、8か月間も会えなかったことも。
妻が申し立てた2度目の離婚裁判で、離婚が認められ、娘の親権は母親が持つことに。
「娘に対して、私の悪口をひどく吹き込んでいたようなのです。娘はそのたびに“パパはそんな人じゃない”と、嫌な気持ちになったと話していました。
面会交流が終わり引き渡すときに娘は、毎回帰るのを渋るのです。泣きじゃくったこともありました」
娘を妻に引き渡した際、妻の手を振り払い水戸さんの車に乗り込んできた。そして“パパ、早く車を動かして”と叫ぶ娘の声を聞き、水戸さんはとっさの判断で車を発進させ、娘を家に連れ帰った。
それから1年以上、父親のもとで暮らしていたが、親権のある妻は引き渡しを求める。引き渡しをしない親が引き渡すまでの間、1日ごとに裁判所に定められた金額を支払わなければならなかった。
「子どもを返還しない場合は1日3万円の罰金が科せられるのです。致し方なく、娘を妻のもとへ連れて行きました」
娘はその3日後、再び自分の意思で、父親と祖母が住む家に帰ってきたという。
その後、元妻とは和解。そのかわり、子どもには会わせることを条件としていた。
「娘が母親に会いたくないと言っているんです。私としては母親を嫌いにならない方向にもっていきたいと思っています。子どもには、パパもママも大好きでいてほしいんです。パパとママは娘のことを愛している、宝物だと思っていることを知ってほしい」
そう胸の内の葛藤を明かしてくれた。
夫婦と親子の関係は別もの
青木教授によれば、ノルウェーでは離婚裁判になると子どもは父母から引き離され、里親委託養育になる。そのため、子どもと離れたくない父母は、裁判にならないように離婚を進めていくという。
離婚経験があり、“離婚後子育て応援弁護士”として活動する稲坂将成法律事務所の古賀礼子弁護士も、元夫と元妻、元夫と子どもの関係は別ものと訴える。
すでに元夫とは離婚が成立していたが、養育費の見直しの提案をすると“小学校は義務教育だからお金はかからない”と元夫は渋りはじめた。
「話が平行線だったため、元夫に養育費の支払いの調停を申し立て、調停の場に携わったのが、私の弁護士としての初仕事でした」
息子は、“養育費はいらないからパパとの時間が大切”と訴え、古賀弁護士は板挟みに。
結局、以前と変わらぬ金額で合意したが、調停では父母は今後一切、連絡をとらないこと、面会は父子が直接やりとりをする決まりに。
父子の関係は良好で、
「私は見ていませんが、面会の別れ際には親子で熱い抱擁があったりと、血のつながった親子の絆というのは深いものなのだなと感じています」
共同親権については、
「私のように父母は決して仲はよくないが、父子の仲は非常にいいケースがあることを知ってほしい。必ずしも離婚した夫婦が仲よく協力しなければならないわけではない。
離婚後も親という意識を持つことで、適正な分担のもとで育児が行われ、社会の意識も変わり、男性の育児休暇取得率も上がると思います」
前夫との間にできた妻の子を虐待死させた東京・目黒区女児虐待死についても、親権の問題が関係していると分析し、
「親権という重荷を背負わされ、本当の父親にとって代わって行動したのですが、それが間違った方向に向かってしまった」
そのうえで、
「母になるための支援機関は多く存在するが、継父などへの支援はほとんどない。この点も問題かなと思っています」
都内在住の40代女性は、成長した娘と父親を会わせようと元夫を訪ねたことがある。
「お前は母親として何をしたんだって、文句を言われましたからね。養育費は月2万円しか払っていない男にですよ! 月々2万円で子どもが育つかよ、って逆に腹が立ちました。娘には、父親のことは忘れなさいと伝えました」
腹立たしい気持ちが、思い出すたび今も消えないそうだ。
'16年度に厚生労働省が行った全国ひとり親世帯等調査では、母子家庭で父親から養育費の支払いを受けているのは約2割。共同親権の導入に期待がかかる。