ツイッターから火がついたSNS発オリジナルキャラクターが今、人気を集めている。漫画の書籍化だけでなく、キャラクターのグッズ化、企業とのコラボなど、その勢いは止まらない。魅力の背景に迫った。
「可愛い!」「癒されるね〜」
思い思いの感想を語りながら、笑顔でイラストに見入る、大勢の人々。池袋パルコ・パルコミュージアムで8月27日まで開催中の「タヌキとキツネ展〜タヌキ山にようこそ!〜」が大盛況だ。(8月31日〜9月10日まで広島パルコ・パルコファクトリーで開催)
『タヌキとキツネ』とは、ツイッターのフォロワーが60万人超の人気漫画家・アタモト氏が描く漫画。山で仲良く暮らすタヌキとキツネの日常を描いており、ツイッターで発表した漫画をまとめた書籍は4巻で累計72万部を突破する大ヒットとなっている。ツイッターで人気の漫画や描き下ろしイラストなどを展示したこの展示会は、4月〜5月に大阪で先行して行われ、1万2千人を動員。また現在、アサヒ飲料の「Welch’s」のキャンペーンキャラクターに『タヌキとキツネ』が起用され、注目を集めている。
丸いフォルムの姿は見ているだけでほっこりするが、人気の秘密はどこにあるのか? 書籍『タヌキとキツネ』(フロンティアワークス刊)の編集担当者に話を聞くと、
「一番は2匹の関係性ですね。タヌキとキツネはお互いのことが大好きなんですけど、キツネは素直じゃないのでタヌキにいじわるしちゃうんです。でも、そのいじわるがちょっとシュールでクスっと笑ってしまうような内容なのと、タヌキがそのいじわるに全く気づいてないところが可愛くて癒されるんだと思います」
人気爆発のきっかけは、作者のアタモト氏がコミック1巻の表紙にもなっているカチカチ山を題材にした漫画をツイッターに公開したことだった。「“昔話”と“動物”という、どの年代の方にもなじみ深い設定が良かったのだと思います。あと、この面白さを誰かにおススメしたい! という気持ちを、すぐさまツイッターで共有できたのも人気が広がった理由ですね」と編集担当者は分析する。
この面白さを誰かに伝えたい!
ツイッターなどSNSに投稿した漫画やイラストがバズって人気を獲得した、いわば「SNS発インディーズキャラクター」は『タヌキとキツネ』だけではない。
キューライス氏が描く『ネコノヒー』はいろいろなことに挑戦しながら失敗ばかりしてしまう残念な猫で、ファンから「可愛い」「わかる」「あるある」と言った声が集まっている。るるてあ氏の描く『コウペンちゃん』は「生きててえらい…!」「いつもがんばってるの見てるよ」など、毎日を生きる人の全てを肯定して褒めてくれる優しいペンギンで、励まされる人が続出。他にもカメントツ氏の『こぐまのケーキ屋さん』や帆氏の『クマとたぬき』など数多く、作品は書籍化され、いずれもヒットしている。
『ネコノヒー』をはじめ『スキウサギ』『チベットスナギツネの砂岡さん』など人気キャラクターの作者の漫画家・キューライス氏にSNSでバズったきっかけを聞くと、
「一番最初に話題になったのは、ネコノヒーの4コマ漫画でした。誰にしもありそうな不幸、共感を呼ぶシチュエーションが人気になったきっかけだったように思います」と振り返る。
この面白さを誰かに伝えたい! という気持ちがSNSで拡散を促す。「良いものや好きなものをすぐに誰かと共有できるので、その作品を知らなかった人にまで届けられることがSNSの強みです」と前出の『タヌキとキツネ』担当編集者は言う。
SNSが個人的なツールだからこそ、ユーザーと一対一の関係で広まっていく。SNS発のキャラクターは、日々、タイムラインで投稿を目にすることで親しみや愛着がどんどん湧いてくるのも特徴だ。気づけば書籍化、グッズ化、企業とのコラボなど、メジャーな人気キャラクターに肉薄する存在になりつつある。
SNS発キャラグッズを扱うロフトPOP UP STOREの仕掛け人で、人気キャラクターの発掘も行う株式会社ロフトの小倉淳也さんによれば、
「SNS発キャラは今や、ロフトのバラエティ雑貨の中でも核になる商品になっています。購買層は20代〜30代の女性が中心で、化粧ポーチやステーショナリーが売れ筋です。表に出して誰かに見せるのではなく、カバンの中に入れて自分だけで楽しむ感じですね。日常の癒しになっているのだと思います」
SNS発キャラは縛りがないので自由
一方、ハローキティやリラックマ、ポケットモンスターやジブリなど、日本にはキャラクターが溢れている中で、SNS発キャラというのはどう位置付けられる存在なのだろうか。長年にわたり多くのキャラクターを見てきた、主婦と生活社の絵本雑誌『ね〜ね〜』の殿塚郁夫編集長に話を聞いた。
「キャラクターは成り立ちがさまざまです。ディズニーやジブリなど、アニメや漫画などの原作があるものがキャラクター商品の基本で、一番多い。一方でキャラクターメーカーのサンリオやサンエックスでは、もともと商品に使用するためにオリジナルキャラクターが作られているため、設定はあっても原作がありません。こういったキャラの成り立ちは日本ならではで、欧米ではまず見られない。かつて、70年代に生まれたハローキティを初めて海外に持って行った時に、“これは何? 有名な絵本なの?”と聞かれ、原作がないことに驚かれたといいます」
時代が流れて今、SNSというツールができたことで、個人的に描いた漫画やキャラクターをネット上で披露できるようになった。
「従来は漫画家になるには出版社に自分から売り込まなくてはならないし、作品は編集部から依頼があって描くもので、発表のハードルが高かった。今、作者はキャラクターを好きなように描いてSNSにアップできるし、縛りもないので自由だと思います。作者も描き始めた時は“大儲けしよう”なんて考えていないはず。一方で、キャラクターメーカーだったら市場調査したり、営業の意見を聞いたりして、キャラクターを戦略的に作っていくという部分が違いますね」
ツイッターで寄せられたファンの声を作品に反映
また、ロフトの小倉氏は、キャラクターの作者=クリエイターが身近であることが今の時代の特徴だと話す。
「作者は直接作品を届けることができて、受け手とつながりを感じられるし、ファンは自分がそのプロジェクトに参加しているような感覚があるのではないでしょうか。作品のプロジェクトに参加して、スマホで見ていた二次元のキャラがグッズになって具現化したものを楽しむ。育っていく歴史が見られる喜びがあると思います」
実際、前出の『タヌキとキツネ』や『ネコノヒー』も、ツイッターで寄せられたファンの声を作品に反映させているという。
『タヌキとキツネ』の編集担当者は、
「参考にしたという点では、小さいお子さんのいる親御さんのツイートを偶然拝見し、書籍作りに参考にさせていただいたことがありました。その方は『タヌキとキツネ』の全部のページに自分でフリガナをふって、ご自身のお子さんが読めるようにしてくださったんです。それを知って、だったらはじめからフリガナをふっておこう! とアタモト先生と相談して2巻から全部にフリガナをふりました」
意外にも子どもからの人気が高いことがわかり、フリガナをふったおかげか、小学校低学年の子どもからのファンレターも増えたという。
『ネコノヒー』の漫画では、失敗ばかりのネコノヒーが成功したときに「success!」の文字が踊っておかしみを誘うのだが、作者のキューライス氏は、「success!は読者の皆さまからの“可哀想だからなんとかしてほしい!”という声から生まれた救済措置でした」と裏側を明かしてくれた。
SNS発キャラが長く愛されるためには
新時代のキャラクターは、ファンとともに歩んで行くのが特徴であり醍醐味と言えるだろう。では、SNS発キャラはキャラクター業界の中で今後、どうなって行くのだろうか?
ロフトの小倉氏は、
「長く愛されるためには、ファンの数とニーズに合わせた商品を適正に届けていくことと、キャラクターのブランディングがとても大事だと思います。フォロワー数が多いからとにかく商品を作りましょうとマーケットの規模を見誤ると、ブランド毀損(きそん)に陥ることもあります。またファンにとって欲しいものを作れているかという点でも、売れ行きは全く違うと実感しています。作り手と売り手、ラインセンスを管理する人が同じ方向を向いてキャラクターをブランディングできれば、末長く愛されるSNSキャラも増えていくと思います」
『ね〜ね〜』の殿塚編集長はこう分析する。
「今後もSNSキャラ界隈は成長していくと思いますが、5年、10年と長く愛されるメジャーなキャラに成長するかは、まだわからないところではあります。大きなメーカーであれば、人気を持続するためにデザインを変えたり、何かとコラボしたりして、テコ入れができる。SNSキャラは、他にどんどん新しいキャラクターが出てくる中でも、基本的に作者が漫画を描き続けるしかできませんから、人気を維持していく努力も必要になってくるでしょう」
『タヌキとキツネ』の編集担当者も、「昔よりSNS発の作品が多くなっているので、いかに多くの人の共感を得られる作品を生み出せるかが今後の課題ですね」と話し、『ネコノヒー』のキューライス氏も、「グッズが売れることは大変嬉しいことだとは思いますが、それはそれとしてとらえ、駆け出しの小さな漫画家としては地道に面白い作品を継続して発表していけるよう心がけています」と作品作りへの思いを語ってくれた。
作者とファンの幸せな集団が増えていく
2014年の『アナと雪の女王』や『妖怪ウォッチ』のヒットの後は、現在まで社会現象にまでなるキャラクターは出ておらず、キャラクター人気は細分化している。殿塚編集長はキャラクター界の未来予想図をこう描く。
「メジャーな会社から見れば規模は小さいけれど、作者個人が数千人でも熱心なファンを獲得できれば、細く長くキャラクターを維持して仕事をしていくことができるようになっているのは事実です。缶バッジやメモ帳などの小物は個人で作れるし、作品やグッズはコミックマーケットやデザインフェスタ、ネット通販で売ることができますから。需要と供給が一致した、作者とファンの幸せな集団が作られ、今後はそういった集団がたくさんできてくるんじゃないかと思います」
キューライス氏は、自身のキャラクターがファンにとってどういう存在になってほしいかという質問に、「いつまでも心の側に寄り添い、元気を分けてくれるような存在であり続けてくれたらうれしいです」と答えてくれた。
今、人々がキャラクターに求めていることを、その言葉が象徴しているようだと感じた。
(取材・文/小新井知子)