恋愛の不思議さ残酷さを描いた映画『寝ても覚めても』が、公開中だ。メガホンをとったのは世界からも注目されている新進気鋭の濱口竜介監督、テレビや映画など多方面で人気の主演、東出昌大。リスペクトし合うというふたりに話を聞いた。
濱口監督が東出に熱烈オファー
濱口 この作品、妙齢の女性の感想は優しいものが多いんですよ。「こういうことってあるよねぇ」みたいな。逆に「女って怖いよな」という男性の感想もありましたけどね。人を真剣に愛した喜びや痛みを知ってる人ほど、楽しんでいただけるんじゃないですかね。
東出 そうですね。僕は今30歳で、自分が大人の恋愛をしてきたかどうかは、何とも言えないですけど。あと10年20年たったときに見返したら、よりいっそうよさがわかるだろうと想像できるぐらい、大人の恋愛映画だと思いますね。
濱口 恋愛ですごく喜びがあるのは、まったく他者だと思ってる人とつながる瞬間があるからですよね。でも、やっぱり自分とは別の人間だと気づく瞬間もある。喜びも痛みもあって、大人の恋は甘いばかりじゃない。そんな部分までも描きたかったんです。
東出 人を愛する気持ちは、永久凍土のように固まって保存できるようなものではないですよね。人の話を聞いてても、実体験からも、人を好きになることは素敵なことだけど、でも、はかなさや残酷さもある。その両方を描いているのがこの作品だと思います。
この映画の企画が立ち上がったのは5年前。濱口監督が芥川賞作家・柴崎友香の書いた小説に惚れ込み、東出主演で映画化を熱望したのが、きっかけだった。
濱口 東出さんのデビュー映画『桐島、部活やめるってよ』の印象が鮮烈でした。見た目がすごくカッコいいのに、嫌みがない。会ったこともないのに“いいヤツそう”と思ってました。すいません、完全な視聴者目線で(笑)。
東出 いえいえ。お褒めいただき、ありがとうございます。
濱口 同じ顔をしたふたりの別人に出会ったとしたら、いったい何が決め手となるのか。今回の作品はありえないような設定なんですけど、日常ではたどりつけない感情まで描けるんじゃないかと思ったんです。そこで、タイプの違う二役を演じてもらうのは、東出さん以外、考えつきませんでした。
東出 最初にお話をいただいたとき、僕は『ごちそうさん』が終わった直後で。まだキャリアも全然ない僕にお話をくださって、うれしかったですけど。一人二役で、しかも関西弁というのが大変だなと思いました。
濱口 東出さんの出演が決まってから、台本を作り始めました。でも、撮るまでに時間がかかったんですよね。
東出 昨年春に台本が届いたときは、すごくうれしかった。ヒリヒリする感覚みたいなのがすごくリアルだし。印象的なセリフはいっぱいあるんですけど。震災にあったふたりが、ボランティアについて話をしてるときに「間違いのないことをしたかった」というセリフとかね。宝箱みたいにいい言葉がいっぱいつまっていて、このセリフを、濱口監督の世界で言えるのは、楽しみでしかたなかったです。
濱口 撮影に入る前に、計1週間ほどワークショップをしていただきました。基本的には本読みなんですけど、棒読みというか、ニュアンスや感情を抜いて読んでください、というようなお願いをしたんですよね。
東出 二役をどう演じようかあれこれ考えていたんですが、監督から「作為的な演じ分けは、考えないでください。東出さんという楽器から、それぞれのセリフの音が素直に出れば、見ている人は別人とわかるから」と言われました。自分にとって本当に新しい挑戦でした。撮影が終わった後、一人二役を演じたんじゃなくて、同時期に2本の作品に出ていたという不思議な感覚がありましたね。
「恋愛、大好きですね」
東出が演じたのはタイプの違う男性ふたり。ひとりは、最初にヒロイン朝子と劇的に恋に落ち、恋愛の渦中でふらりと行方をくらませてしまう麦。もうひとりは、傷ついたまま2年を過ごした朝子と出会い、武骨なアプローチを続ける亮平。
濱口 麦と亮平、違う役をやっているときに、相手役と演じていて、気持ちは違うものでしたか?
東出 亮平のときは、ずっと朝子に対しての焦燥感は感じていました。麦は、朝子のことが好きなんですけど、そこで完結してるから。相手のレスポンスに興味はないというか。愛されて当然と思ってるところもあるし。気持ちの違いは、なかなか難しかったですね。
濱口 原作はけっこう女心的だと思うんですけど、わかる気がしたんですよね。それは女心がわかるってことじゃなくて、この女性がこういう選択をするのはリアルだなという感じがしました。恋愛って誰でもするでしょう? かつ、すごいわっと感情が到達する可能性がある。だから、僕は恋愛ものを撮るのが好きなんです。僕自身が恋愛好きかどうかは……うーん、やっぱり好きだと思います。恋愛はみんな好きでしょ?
東出 そうですね。恋愛してきた数は多いですか?
濱口 いや、数は決して多くないと思いますけど。東出さんは恋愛好きですか?
東出 恋愛、大好きですね。恋愛の妄想ばっかりしています。デートするなら、どんなデートにしようとか(笑)。結婚してから、人の恋愛話が好きになったんですよ。自分が恋愛の渦中にいるときは、見ようと思わなかったラブストーリーが、今はすごく面白いなぁと思います。
濱口 麦と亮平、自分がどちらに近いか考えましたか?
東出 人間には多面的な部分があるという前提ですけど。僕は自己本位なところがあるので、麦に近いんじゃないですかね。亮平は徹底的に他者を気遣い、自分が傷ついてでも相手を受け入れる。それが彼の弱さでもあるけど、僕にとっては輝かしい部分で、憧れは抱きますね。
いざ、高校生クイズのように、「麦と亮平、東出、今後の人生どっち?」って出題されたら、迷いもなく麦のほうに飛び込むと思います。
濱口 東出さんらしいなぁ。
東出 犬か猫かでいうと、自分は猫なんだろうなって思うんですよね。子どものころから妄想好きで、平和な学校生活を送っているのに、今テロリストに学校を占拠されたら、みたいなことはしょっちゅう考えていたので、日常が瓦解することへ、何か憧れはあるかもしれない。
濱口 もし相手に突然去って行かれたら、待ちますか?
東出 理由によると思います。
濱口 確かに理由によりますよね。自分が悪かったら反省し、悪くもないのに出て行かれたら、なぜなんだと、虚空に向かって問うしかない。
東出 映画では、麦はかなり突飛な理由で去っていきますからね。実人生では、そんなことしないだろうという信頼のもとに、人は相手を選ぶんじゃないでしょうか? 僕は映画のような恋愛や行動はしてないと思いますけど。
急に去ると言えば、UFOが僕を迎えに来て、家族に向かって「やっぱり僕、宇宙人なんだ」と言っている絵を妻が描いたことがあったんです。それで、「僕ってそんなに宇宙人っぽい?」と聞いたら、「うん、宇宙人と言われたら納得する」と言われました。
濱口 宇宙人説、妙に納得できますね(笑)。
「震災のシーンは消せない」
濱口監督は、東日本大震災の被害にあった人々へのインタビューから構成したドキュメンタリー映画を創り、高い評価を受けた。『寝ても覚めても』の中でも、震災は描かれ、その中で人々がどうつながって生きていくかも見つめている。
濱口 僕の中ではこの作品は、人を楽しませる、面白がらせるエンターテイメント作品であるという大前提があったので、震災のような大きな問題を扱いきれるのか、という思いが最初はありました。
ただ、共同脚本の田中幸子さんが書いた脚本を読んで、震災のシーンは消せない、むしろ消すほうがおかしいという気になって。人々の恋愛や日常を描いているけど、その中で震災が起こり、それも含めて日常なので、描くことに決めたんです。
東出 僕は、東日本大震災が起こったときに海外にいて、実際には大変さを経験してなかったんですよ。それが、今回は撮影の中で、帰宅難民の列に参加する経験をして、ナマな感情が少しだけわかったというか。亮平が朝子を探し歩いてやっと見つけたときに、怒りが湧いてくる感情とか。
災害があるときって、こんな感情になるんだなぁって。みんな本当は叫びたいし、怒りたい。行くあてのない怒りみたいな感情が好きな人の顔を見たり、ホッとしたときに出てくるんだなぁって、撮影を通して感じましたね。
カンヌでの大喝采に感激!
『寝ても覚めても』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、ふたりは現地のワールドプレミア上映に参加してきた。
濱口 カンヌでは僕たちふたり、たくさん抱き合いましたね(笑)。
東出 たくさん抱き合って話をして、楽しかったです。
濱口 僕はカンヌでは、ずっとふわふわしてたんですよ。
東出 今回、濱口監督も、プロデューサーさんも、僕ら出演者も誰ひとりカンヌに行ったことないメンバーでしたからね。
濱口 上映前は単純に怖かった。カンヌの観客は厳しくて、作品が気に入らなければ上映途中でも大勢が席を立って椅子がバタンバタン鳴ることも珍しくないって聞いてたから。もし自分の身にふりかかってきたら……泣いたらいいのかしら、なんてふわふわというか、じりじりした気持ちが続いてたんです(笑)。
東出 2千人入る大劇場での上映後、スタンディングオベーションが起きましたよね。
濱口 最初、儀礼的に起きたのかって疑ったんですけど(笑)。作品と、一緒に映画を作ってきた人たちが、カンヌで大きな拍手で受け入れられたことは、素直にうれしかったですね。
東出 僕としては、浮かれすぎないように、自分で戒めてましたね(笑)。上映後の取材で、海外の記者の方は映画の感想もはっきり言うし、突っ込んだ質問もしてくださるので、それも面白かった。
濱口 ヒロインの友人が、恋愛について口出しして怒るシーンに対して、「何がそんなに問題で、怒る必要があるの?」と、フランスの記者に言われたんですよね?
東出 新鮮な意見でしたね。
濱口 彼らにしたら、恋愛は当事者同士の問題なんだから、それをあーだこーだ他人が言うのはおかしいってことなんでしょうね。フランス人はさすがに恋愛慣れしてやがるなぁって思ったなぁ(笑)。
東出 いろんな感じ方をされるにせよ、どんな国の人たちにも届くんだ、映画には国境はないんだということを実感できて、感動でした。
濱口 これが僕にとっては商業映画第一作だったんですが、自分が面白いと思う題材をこうしたら面白くなるんじゃないかという方法で撮らせてもらって、それがカンヌ映画祭に選ばれ、多くの人に届けられたことは自信になりました。
東出 僕はカンヌでの最終日の夜、酔っぱらって、監督に“鬼がらみ”をしてしまったんですよね(笑)。僕はこの作品の経験を通して、映画に対する愛を信じるしかないなぁ、と思ったんですよ。クサい言い方ですけど。
監督のように映画に対する純真無垢の愛を持ち続けている方を、みんな一丸となって信じて、その結果カンヌにも行けたし、見た方にも「よかった」と言ってもらえた。これからも、映画愛を信じて持ち続けていきたいと強く感じました。「あぁ、最後に亮平が口にする言葉、なんていいセリフなんだぁ」と今も思い出します。
濱口 ラストシーン、自分で演出しながらも、いろんなことが凝縮された、なんともいえない表情をするなぁと感じてました。この作品を観客のみなさんにお届けできて、本当によかったと思いますね。
(取材・文/伊藤愛子)
〈PROFILE〉
濱口竜介 ◎1978年12月16日、神奈川県生まれ。'06年、東京芸術大学大学院映像研究科に入学、'08年、修了制作として監督した『PASSION』が高い評価を受ける。東日本大震災後の東北を描いた『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』(酒井耕との共同監督)、国内外の映画賞を多数受賞した『ハッピーアワー』など、独自の映像世界を発表し続けている
東出昌大 ◎1988年2月1日、埼玉県生まれ。'12年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。'13年、NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』で一躍注目の存在となる。今年は『寝ても覚めても』のほか、映画『OVER DRIVE』 『パンク侍、斬られて候』『菊とギロチン』に出演。11月1日、『ビブリア古書堂の事件手帖』の公開を控えている
〈INFORMATION〉
映画『寝ても覚めても』
朝子(唐田えりか)は、写真展で見かけた麦(東出昌大)と劇的に恋に落ちる。ふたりは仲を深め楽しい時を過ごしていたが、あるとき、麦はふらりと出かけ、そのままずっと帰ってこなかった―。2年後、朝子は麦とそっくりな顔をした亮平(東出昌大二役)と出会う。去っていった麦への思いを亮平に重ねて、心を乱す朝子。亮平はそんな朝子の過去を知らないまま、彼女に心を寄せるようになるが……。9月1日(土)より、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国公開