各地で観測史上最多の降雨量を記録した西日本豪雨。四国地方で1800ミリ、東海地方で1200ミリを超えるなど記録的な大雨となり、被害が拡大したことは記憶に新しい。
西日本豪雨は“連続滝状災害”だった
関西大学社会安全研究センター長の河田惠昭教授が言う。
「西日本豪雨の特徴は、まず広い地域に影響が及んだ広域災害であること。その被害も特徴的です。英語でカスケーディング・ディザスターと言い、“滝のような水害”という意味で、私は“連続滝状災害”と訳しています。
山間部に大雨が降ると、川に大量の水が滝のような勢いで流れ込んで氾濫し、洪水を引き起こす。この連続滝状災害が、不幸なことに今回はさまざまな場所で一気に起きた」
過去には、大雨が降ると川が増水し、堤防が決壊して氾濫するというパターンが全国各地で記録されてきた。河田教授が続ける。
「ところが、現在はもっと複雑な形で氾濫被害が現れるようになってきました。その被害の特徴とは、7種類の連続滝状災害だったのです」
下の表にあげたのが、その7種類である。河田教授は、この中の2つの氾濫について解説してくれた。
平成30年7月豪雨で発生した7つの連続滝状災害
(1)土石流による洪水氾濫
(2)砂防ダムの決壊に伴う洪水氾濫
(3)ため池の決壊
(4)橋脚の上流での水面上昇による氾濫
(5)治水ダムの放流による氾濫
(6)背水現象(バックウオーター)による氾濫
(7)排水施設の能力不足による氾濫
ひとつは、岡山県倉敷市の真備地区で51人が犠牲になった水害である。
「あれは、(6)の背水現象(バックウオーター)による氾濫でした。これは、大雨などにより、増水した本流の流れにせき止められる形で支流の水位が急激に上がり、合流地点の上流側で支流の堤防の決壊が引き起こされたケース。
岡山県倉敷市を流れる高梁川と小田川の合流部は、江戸時代から氾濫常襲地でした。高梁川もあふれたうえに一級河川が全部あふれ、8か所の堤防が壊れた。
通常、川では1か所が壊れると水位が下がり、ほかは壊れませんが、今回は水量がとても多かったんですね。ここでは、'70年と'74年にも氾濫が起きています。だから高齢者の方たちは、“あの程度だろう”と逃げなかった。それが不幸を招いたんですね」
平成30年7月豪雨で発生した7つの連続滝状災害
(1)土石流による洪水氾濫
(2)砂防ダムの決壊に伴う洪水氾濫
(3)ため池の決壊
(4)橋脚の上流での水面上昇による氾濫
(5)治水ダムの放流による氾濫
(6)背水現象(バックウオーター)による氾濫
(7)排水施設の能力不足による氾濫
また、もうひとつは、愛媛県の野村ダムの放流による氾濫である。
「これが、(5)の治水ダムの放流による氾濫です。ダムが洪水で満水状態になると、上流から流入する洪水をそのまま下流に流す必要がある。ダムの施設が破壊されるからです。
ところが、この操作を実施すると、下流住民は洪水氾濫が起こることを必ずしも知らない場合もある。西日本豪雨では、愛媛県・肱川の野村ダムが放流したために、西予市野村町では浸水被害で5人が亡くなっています」
実際に避難した人はたったの0・3%だった
危険が差し迫っているとき、どのようにして住民を避難させるか。
西日本豪雨では、その難しさが浮き彫りになった。
例えば、最も被害が大きかった広島県では、217万人に避難指示や勧告が出されたが、実際に避難した人は6000人あまり。わずか0・3%にすぎなかったのだ。
「しかも犠牲になった人の大半が高齢者。逃げれば助かったというケースも多かった。だからといって、情報だけで避難の緊急性を伝えるのは無理だと思います。倉敷消防署には1000件を超える救出依頼があったそうですが、とても対応できるわけがない。
しかし、氾濫が起こる前に消防車を出して、町のなかを走り回って“避難指示が出てますから、早く逃げてください!”と避難を訴えていたら、そんな数にはならなかったのでは? 警察も消防も災害が起こってからでなければ動きませんが、危険が予想される場合、予防のためにも出動するべきでしょう」
洪水や土砂災害の危険箇所を示す『ハザードマップ』の活用法も、さらに検討すべきだろう。
「岡山県倉敷市真備町地区の場合、被害の範囲はハザードマップとほとんど重なっていました。だからといって“逃げないほうが悪い”とは言えない。ハザードマップを作ってただ配るだけで終わらせないで、それをもとにして、町内会で講習会をやるべきなんです」
危険察知のポイントは?
豪雨、そして浸水……。いったい私たちはいつ「災害」を意識して「避難」を考えればいいのだろうか。
「1時間の雨量が30ミリを超えたら、警戒してください。そして、時間雨量が50ミリを超えたら“必ず冠水する”と思うべきです」
そう語るのは、危機管理アドバイザーの国崎信江さん。今回の災害でも倉敷市の災害支援をしている災害対策のプロフェッショナルだ。
大雨の降る回数は近年、増加傾向にある。
「特に都市部は、50ミリを超えたら、近くに川がなくても“内水氾濫”が起こる可能性が高いので、避難の準備を始めてください。大雨が降る前からハザードマップを見て、避難の計画を立てておくといいでしょう」
“内水氾濫”とは、河川の水(外水)に対して、河川にかかわりなく、排水が追いつかないために敷地内にあふれた水(内水)による洪水のことだ。
「大雨で排水処理能力を超えると側溝やマンホールから汚水があふれ出します。あっという間に道路が池のような状態になります。だから、そうなる前に避難するべきなのです」
河田教授も早期避難をすすめる。
「まずは、道路に水が出たら逃げられない。例えば、マンホールのふただって水が出ればはずれてしまう。特に、夜に水に浸かった道路を避難するのはそうとう危険です。
洪水氾濫が起きるときは、少なくとも堤防の高さまでは水がくると思ったほうがいい。近くの堤防の高さが、自分の家の屋根の高さと同じなら、屋根まで水没する可能性はあるということ」
そのリスクは西日本だけに限らない。もし豪雨が東京を襲ったらーー。
河田教授は、さらに深刻な被害になりうると警告をする。
「東京で200年に1度の大雨が降ったら、荒川や利根川は氾濫する可能性があります。なかでも問題なのが古い橋です。特に、鉄道会社の鉄橋は相当古い。だから、200年に1度どころか、たとえ60年〜70年に1度くらいの大雨でもあふれてしまいます。西日本豪雨クラスの大雨では、鉄橋は全滅すると思ったほうがいいでしょう」
これから秋を迎え、低気圧と高気圧が交互に日本列島を覆うようになると、気圧が変化しやすくなる。再び水害が起こる可能性はあるのだろうか。
「僕がいちばん心配しているのは秋雨前線なんです。これからの時期、秋雨前線が日本列島に停滞したとき、8月に発生した台風13号くらいの規模のものがくると、大雨と台風でそうとうな被害が出ますよ。そういった“複合災害”が起こりやすくなってきています。たいていは起きてほしくないときに起こるもの。油断は禁物です」