「容疑者が逃げた後に、警察が話を聞きに来てな。そしたら2階の窓が開いとって、危ないから、ちゃんと閉めないかんって頭ごなしにめちゃくちゃ怒るんやわ。
遊びに来てた友達の自転車にも、カギがかかってないとか、高圧的にいろいろ言うんよ。そもそも逃がしたあんたらが悪いんやから、そんなこと言われたくないわ」
勾留中の容疑者を逃がすという、間抜けな失態をやらかした大阪府警の捜査員のひと言ひと言に80代の女性はおかんむりだ。
富田林署の大チョンボ
台風一過の、近鉄恵我ノ荘駅から徒歩20分ほどの住宅街。「うちも瓦が何枚か飛んだりね、ひどかったのよ」と被害を嘆くその女性は、
「逃走しとる容疑者は(台風のとき)どこにおったんやろか。外におるにも難しいやろうし、お風呂も入らんと臭くなるしな。いったいどこにおるんか」
警察は血眼だ。自分たちのミスで、犯罪者を街中に放ってしまった。
逃走中に犯行に及んだ可能性があるひったくりで、逃走資金を手に入れている疑いもある無職・樋田淳也容疑者(30)は、8月12日の夜、富田林署の接見室のアクリル板を壊して、姿を消した。
あれから1か月……。
「あ、先生。見守りしよるん?」
下校時の小学生が、無邪気に騒ぐ。どこにでもある穏やかな日常に見えるが、見守りは、樋田容疑者から子どもらを守るための取り組みだ。
樋田容疑者は今年5月以降、強制性交や強盗致傷などで計4回逮捕され、勾留中だった。
70代の近隣住民は、
「富田林署の大チョンボやわ。税金えろうかけているんやろうに、何をやってるんだか。ええ加減にしてほしいわ。警察もたくさんおるから安全といえば安全なんやろうけどな……。隣の家も防犯カメラつけた言うとったけど、どれだけ役に立つのか。
近くに孫がおるんやけど、娘も毎日、子どもを学校まで送り迎えしとる。切羽詰まったら何するかわからん。夜だけでなく、昼間にも動いているかもしれんしな」
と、いまやすっかり疑心暗鬼だ。
8月30日、「樋田容疑者に目鼻立ちのよく似た男が、黒のスクーターに乗っていた」、そう通行人の男性から通報があった。色めき立った府警は男を追跡。
男は制止を振り切り、一方通行を逆走して逃走した。大阪府警のパトカーに追跡されたバイクを運転していたその男は、バス停の支柱に衝突して死亡した。
死亡したのは樋田容疑者、ではなく、男子高校生だった。無免許で、バイクは盗品。だから逃げた……。
卒業文集に書いた友への思い
富田林署から直線距離で約37キロ。兵庫県尼崎市のJR立花駅近くに止めた自転車に、樋田容疑者の自筆のメモがはさまれていたのは、逃走2日目、8月14日の夜のことだった。
付近の防犯カメラには、原付バイクに乗った、樋田容疑者似の男の姿が映っていたという。
「自転車に挟まれていた手紙については、樋田容疑者の知人男性に捜査員が聞き取りに行った際に出てきた話だ。関係性などについてはお答えできない」(捜査関係者)
一部報道によれば、生きるか死ぬか迷っていること、男性の携帯番号を書いた紙を自転車に挟んでおくように要求したこと、警察には見せないように頼む内容などが書かれていたという。
小学校の卒業文集に、樋田容疑者はこう残している。
《いろんなことがあっても友達といっしょにのりこえてもらったときが一番うれしい。でも、ぼくが友達ばっかりたよってもどうにもならない、僕も友達を助けたい。だからずっと友達を大切にしつづける》
そう考えていたころの樋田容疑者の姿を覚えている男性に接触することができた。
「子どものころはいい子やったんやけどな。おじいちゃんが畑をやっておってな。その手伝いをしているのを見たわ。中学ぐらいから悪くなった。悪い友達がおったんやろうな。お父さんを早くに亡くしているから、それも関係あったんかもしれんな。
長男がいて淳也(容疑者)は次男なんや。長男はもう家を出ていると思うけどな。いちばん下に長女がいてな、いまは大学生やったと思うよ。お母さんは足が悪いみたいで、車イスに乗っておってな。息子がこんなことしでかして、ほんまかわいそうや」
もう、おらんとちゃうか
別の住民によれば、実家には現在、母親と妹が2人で暮らしているという。
地元には、あちらこちらに手配書が貼られている。学校でも配られているという。
「うちにも警察が2回ほど来てな、そのとき手配書を持って来たから、貼ってるのよ」
と話す女性商店主は、
「5月の逮捕時には、市内でガレージを借りてたみたいなんよ。それも偽名で。そんなこともあって、このへんの空き家とかガレージとか、片っ端から調べてったで。あそこの大家さんは誰ですか、とか、そこの奥のところも見せてもらえませんか、言うてな。
これはウワサやけどな、市内のファストフード店にも容疑者が女装して来たらしいで。警察が聞き込みに行ったって聞いたわ」
知らない土地を逃げているのか、土地勘のある地元にまぎれているのか。
「毎日約3000人の捜査員を投入し、ローラー作戦や関係者を当たるなどして現在捜査を進めている」
と前出・捜査関係者。
商店街やコンビニ近くを通れば、防犯カメラがその姿をもれなくキャッチする。
「レジに立っているときに来たら怖いですけど……(防犯カメラに映るから)来ないと思います」
と大阪市内のコンビニ店員。防犯カメラの多い鉄道を利用した形跡はないという。樋田容疑者は慎重だ。盗んだバイク、自転車が逃走手段になっている。
「家のガレージでバイクをいじっているのは見たことがある」(近隣住民)ということから、バイク修理などはお手のものか。盗んで乗り捨てれば、いくらでも遠くへ逃げられる。
中学時代の男子同級生の父親はこう見立てる。
「仲のいい友達もおったみたいで、警察もいろいろ尋ねたりしてるみたいや。ただ、みんなこのあたりには(樋田容疑者は)おらんと思ってるんちゃうか。警察も目を光らせているし、とても地元には帰ってはこれんはず。もう遠くに逃げてしまったやろう」
次の事件が起きる前に一刻も早く捕まることを願う。
※記事の内容を一部修正しました(2018年9月13日16時55分)