「いつかは話さなきゃいけないと思っていたので……」
体操女子の騒動はまだ収束の兆しが見えない。
“暴力”と“パワハラ”という2つの問題が浮上し、それぞれに主張が食い違う。真相に迫るため、騒動を近くで見ていた人物を直撃した。塚原夫妻の息子でアテネ五輪金メダリストの塚原直也氏である。
すべては、8月15日に発表された宮川紗江選手に対する速見佑斗元コーチの暴力行為への処分から始まった。29日に宮川選手が記者会見を開き、処分が重すぎると訴え、逆に日本体操協会の塚原千恵子女子強化本部長と夫の光男副会長からパワハラがあったと主張。
9月5日には速見元コーチが謝罪会見を開き今後は日本体操協会が設置した第三者委員会によるパワハラ調査が行われる。
6日の夕方、帰宅した直也氏は朝日生命体操クラブのユニフォーム姿で取材に応じてくれた。
「宮川選手がパワハラで逆告発する話をしたときはびっくりして……。僕の両親は、彼女のために動いていたのを見ていたので、なぜこんなことになっているんだろう、と」
あくまで勘違いであり、パワハラはなかったと話す。
「ズルくて卑怯なことは絶対にしたくない人たちなので。ただ口が悪いんですけど(笑)。逆に言えば、そこだけ。お天道さまに恥じない生き方をしています。悪いことも曲がったこともしないのが彼らの強みなので」
両親には絶対的な信頼を置いている。しかし、本人にその意識がなくても、受け手が感じたらパワハラは成立してしまうのだが……。
「体操を強くしたいという志が根底にあるので、パワハラはありえない。僕はそう思っています。ただ、言葉遣いが荒いので、これを言ったら人が傷つくんじゃないか、そういう想像力を持ってほしい。
自覚してくれればいいんですけど。でも、母は自分のやりたいようにやらなければ選手は強くならないという信念があるので、そこを変えるのは難しい」
パワハラを否定しながらも母親のやり方には多少、疑問を持っていたようだ。
「僕は意見したりしていたんですけどね。でも、本当にパワハラになるような発言はしていないと思います。やると決めたことは貫き通すことが、実績につながっているし。口の悪さは信念の強さを裏づけているともいえます。
なので、周りがちょっと我慢するほうがいいんじゃないかな、と……。僕も子どものころから耐えてきましたから」
直也氏にとっては効果的な指導だとしても、誰もが我慢できるとは限らないが─。また、強引な引き抜きに関しても、明確に否定した。
「こっちから積極的に引き抜いたことはないです。向こうから声をかけてきたら、“よかったらどうぞ”ということはしていますが。声をかけ合うだけなら引き抜きではない。そこの線引きはハッキリしたほうがいいと思います」
指導現場においても、選手との行き違いが生まれたことがあったという。
「相手の立場に立てずに上から言ってしまうところはあるのかな、と。母が選手を指導しているときに“ちょっと言いすぎなんじゃないか”と注意したこともあります。選手が逆に反発してしまうので。
両親とも天才肌で、できない人の気持ちに立つことがちょっと難しい。言いたいことを言ってしまうところがあるので勘違いされてしまう」
結果を出した両親を尊重してほしい
一部のスポーツ紙で千恵子氏の“お金を使って勝つまでやる”というオフレコの発言まで報じられて、ハメられたと感じていると話す。だが、権力が集中して、周りの人が言いたいことを言えない状況があったのではないか?
「そういう空気を作っていたのかもしれませんが、両親の活動は結果が出ているので、そこは尊重してほしい。みんなが意見を言えるようになればよりいいとは思いますし、今後、作っていこうと目指しますけど、両親のやることの妨げになることはどうなのかな、と。
体操界にとって大事な存在なのに、今回の件で、永久追放とか、そういう話が出るのは悲しくなります」
すべては第三者委員会によるパワハラ調査に委ねられている。問題となった暴力的な指導法についても聞いてみた。
「大昔にはそういう部分があったと思います。でも、速見コーチのような度を越えた暴力はなかった。今のコーチはみんな暴力がダメということは認識していますよ。スポーツの目的は、自分の限界に挑戦する、人格を育てること。本質を考えていけば、暴力はなくなるんです」
9月6日放送の『直撃! シンソウ坂上』(フジテレビ系)で、光男氏が「直也を後継者にしたい」と発言した。本人にその気はあるのだろうか?
「リオ五輪から女子体操の指導を始めたばかりで、まだ経験が浅いんです。だから、まだ協会の仕事をやるつもりはないです。母が“協会の仕事をやってほしい”と言っているとチラホラ聞きますけど、僕は体操の技術にしか興味がないので。そうすると協会の仕事は難しいのかな、と」
指導者として、今回いちばんの被害者である宮川選手のことはどう思っているのか。
「追い詰めてしまった周りの責任もあるので、切なくなります。大人たちがああいう状態にならないようにできたはず。彼女がこれからも速見コーチとやりたいというのであれば、それがいちばんいい。
東京五輪まではもう2年しかないですから。彼が反省して指導の仕方も改善して、理想のコーチと選手の関係になることが早いのかな。本当は違うコーチにするべきだとは思うんですが、本人の“やりたい”がいちばん。東京五輪での活躍がすべてではない部分もあるんですけど……」
塚原夫妻が協会の定年まであと1年というときに起きたこの騒動に、もどかしさを感じている直也氏。
第三者委員会の調査結果はいかに─。