何が起きたのか公表したがらず、十分な説明をすることもない。隠蔽が疑われるような学校対応は、いじめだけに限らない。授業や部活中の事故でも同様だ。
体育の跳び箱で下半身不随に
'17年5月11日、横浜市鶴見区の市立中学校で、中学2年生だった男子生徒、山下翔くん(15=仮名)が体育の授業中、高さ90センチの跳び箱から落下。胸から下が動かなくなった。
事故を受けて、市の学校保健審議会は「学校安全部会」を設置。原因を調査し、'18年6月、詳細調査報告書にまとめて再発防止策を提言している。これに対し、「個人の責任とも読めるため納得がいかない」という両親が取材に応じた。
報告書によると、翔くんは開脚跳びで5段の跳び箱を跳ぼうとしていた。ロイター板を踏み切ったとき、腰の位置が高くなり、跳び箱に手をついたが体勢が崩れた。そして、勢いをつけたまま、前方に敷かれていたマット(厚さ約20センチ)の上に頭から落ちてしまった。首は強制的にまげられる形になり、頸椎を脱臼。病院に救急搬送され、手術したが、足は動かないままだ。
日本スポーツ振興センターによると、'16年度中の「器械体操・新体操」での事故は1万2622件。このうち跳び箱運動は5046件と半数弱だ。小学校では、学校での事故で最も多いほど頻発している。
当初、両親は大きな後遺症が残るとは思っていなかった。事故当日の11時過ぎ、母親である容子さん(39=仮名)に病院から電話があった。駆けつけると、到着していた体育教師が言う。
「翔くんの足が動かないと言っています」
医師から「歩けるようになりません」との説明があり、呆然とする。父親の篤志さん(47=仮名)と話を聞くうち、涙が出てきた。
校長が病院に来たのは16時ごろだった。救急搬送されてから7時間がたっていた。容子さんは校長の言葉を今でも忘れない。
「今回は残念なことになりまして……」
謝罪の言葉ではない。違和感を覚えたが、学校も市教委も、ケガをした息子の味方だと思っていた。
謝罪なし、口封じを迫る学校へ募る不審
当時、体育館にいた生徒には学校側から事故について話があったが、生徒全体への説明はなかった。容子さんのもとへ、詳しい事情を知らない保護者から“大丈夫?”とのメールが届くようになる。両親は学校に「全校生徒に(事故概要を説明した)プリントを配布してください」と願い出た。
文部科学省は「学校事故対応に関する指針」を'16年3月31日に通知している。それによると、学校管理下の死亡事故、あるいは、30日以上の治療が必要な負傷や疾病を伴う重篤な事故の場合、原則として3日以内に学校が基本調査を行うことになっている。また、最初の説明は、調査から1週間以内が目安とある。
両親が願い出たにもかかわらず、校長は「学校からは説明しません。知りたい場合は、校長室に電話をすればいい」と断ったという。
公になってほしくない姿勢は、ほかの言動でも見え隠れしていた。
「公表しようと思ったときも、校長先生は“公表しないでください”と言ったんです。私が“公表したいです”と言っても、校長先生は“公表しないで”の一点張り。公表しないと言わなければ帰してくれない雰囲気でした」(容子さん)
結局、6月の保護者会では篤志さんが前に出て、事故の経過やケガの様子について話した。
その後、調査のため「学校安全部会」が7月11日、事故から2か月もたって設置された。どこまで何を調査するのか、調査の方法、部会メンバーの選定に関して、両親の意向は考慮されなかった。
報告書が出されたのは、その翌年6月のことだ。授業の環境や事前準備、指導計画、体育の安全に関する校内研修が行われていたことなどが列挙されていた。
一方で、翔くんの体格の変化が一因と書かれていた。
《体格が大きくなって、その体格自体が体の自由度を奪っていたということは考えられる》
両親によると、「体格が大きくなっ」たのは、部活の柔道で階級を上げるため体重を増やしていたから。しかも、体育教師は柔道部の顧問だ。
「階級を上げたほうがトーナメントで勝ちやすいから、と。教師はそれを知っていたはずです」(篤志さん)
隠蔽と見られても仕方のない報告書
報告書では《1年生のときに取り組んでおり、跳べる力があると判断していた》とある。一方、《前の授業でも跳び箱が行われており、本人からの聞き取りによると、1度失敗している》とも書かれている。容子さんは「特別な指導はありませんでした」と言う。
スポーツの危機管理に詳しい、南部さおり・日本体育大学准教授は「跳び箱を跳べるかどうかを教員はどのように見極めたのでしょうか。前の授業で判断したというのなら、報告書ではこの点にも触れる必要があります」と話す。
ちなみに、この体育教師が顧問を務める柔道部でも、部活中に救急搬送があったという情報もある。
「同じ柔道部だった兄の記憶では、少なくとも2年半の間で6回、救急車を呼ぶ事故がありました。確認もとれています」(容子さん)
指導方法には問題はなかったのか。
文科省が作成した、器械運動の「指導の手引き」では、“回転系(台上前転など)”と“切り返し系(開脚跳びなど)”を授業で行う際、技の順番に配慮を求めている。交互に跳ぶ場合は、回転の感覚が残るため、切り返し系を先にすることを求めている。
当日、教師は回転系と切り返し系の両方に取り組むように指示した。翔くんは開脚跳びをしたあと、台上前転をし、その後、開脚跳びをした。そのとき事故は起きたが、報告書では《必ずしも技の順番の問題とは言えない》という。
南部准教授は「報告書では授業の時間経過が書いておらず、状況がはっきりせず、原因究明がなされていません」と指摘する。
一方、再発防止の「提言」には、《同じ授業内で回転系と切り返し系の両方を指導する場合、切り返し系を先に取り上げることが大切》とある。「順番は問題ない」としつつ、順番を守るように提言するのは矛盾ともとれる。容子さんは不満げだ。
「本人が開脚跳びをしようと思っていたから問題ないとなっています。おかしくないでしょうか」
事故発生後の対応についても、報告書は、《すみやかに救急搬送の依頼をし、頸椎の損傷と判断して救急隊の到着まで生徒を動かさないようにした》とあるだけ。南部准教授は言う。
「首を動かすと状態が悪化することがありますが、応急措置の詳細は書いていません。第三者である救急隊の記録と照合した内容を載せていないのは隠しているとみられても仕方がない」
学校事故を軽視しているのではないか
報告書の内容について疑問視する市議もいる。「こども青少年・教育委員会」に属する井上さくら議員は「事の重大さを鑑(かんが)みれば、表面的で、原因究明をしていないのと同じ。指導のあり方にも踏み込んでいません」と指摘し、こう続けた。
「市は指針を承知していません。学校事故を軽視しているのではないでしょうか。学校は当事者。そうした調査では、隠蔽や責任逃れを生じさせやすいのです」
翔くんはいまも県内の病院に入院中だ。胸から下に麻痺(まひ)が残り、腕の自由もきかず、指は動かない。トイレは全介助だ。希望は、通っている中学に復帰すること。「早く友達に会いたい」と話しているという。
「学校に復帰したとき、周囲の反応を受け止められるかどうか……」(篤志さん)
学校から謝罪がなく、横浜市長が「考えづらい。学校の管理下で起きた重大事故と認識し、寄り添った対応を」と苦言を呈したあとも、事故へのお詫びの言葉は伝えられていない。
両親は現在、退院後の生活を考えて、自宅をバリアフリーにする改装中だ。今後の生活を考えた場合、多大な費用が発生するのは必須。裁判も検討している。
◇ ◇ ◇
いじめや事故は地域を問わず、どこの学校でも、誰にでも起こりうる。いざというとき、隠し立てすることのないよう教育現場の体質改善が求められている。
取材・文/渋井哲也
ジャーナリスト。教育問題をはじめ自殺、いじめなど若者の生きづらさを中心に執筆。東日本大震災の被災地でも取材を重ねている。近著に『命を救えなかった』(第三書館)