大坂なおみ 様
今回、私が勝手に表彰するのはプロテニスプレーヤーの大坂なおみさんである。
日曜、なぜか早朝に目が覚めた。テレビのリモコンをいじっているとテニスをやっていた。そっか、全米オープンで大坂なおみが決勝に進んだんだ……、それくらいの認識だった。
スタジアムの外観が映る。USTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニス・センター。あ、ビリー・ジーン・キングといえば、映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』でエマ・ストーンが演じた主人公の名前だ。
そんな感じでボーッと見ていたが、これはただ事ではないとわかってくる。
遠いニューヨークの地、たった一人で大坂なおみが闘っているのだ。
会場を埋め尽くす観客のほとんどがセリーナ・ウィリアムズを応援。20000対1くらいのアウェー。
スマッシュが決まるとセリーナはライオンのごとく吠える。会場が湧く。大坂なおみはうつむき加減でじっと耐える。
逆に大坂なおみが決めると野太いどよめき。スーパーウルトラブーイング。
よくもまあ、超アウェーで試合できるな、と目をみはる。実況で20歳と聞き、目が点になる。
コロシアムでライオンと闘うグラディエーターのようなタフさだ。この光景を見ると、自分の緊張なんて、ミジンコの前で歌を歌うくらいちんけなものに思える。
コートに立っていられるだけでも褒めてあげたいのに、大坂なおみはセリーナの大砲のようなショットを果敢に打ち返す。足を深く曲げたしなやかなバックハンド。ボールはセリーナの脇を抜けていく。あ、決まった! アニメみたいだ!
互角、いやそれ以上に少女は攻めまくる。え、もしかして勝っちゃうかも。どんどん試合に引き込まれていく。
数年前まで、日本のスポーツ選手が世界を舞台に闘う姿を見ると、心の中で、相手が失敗しろ! と願っていた。リレーならバトン落とさないかな。スキーならコケないかな。相手のミスがないと勝てないという気分で応援していた。それがどうだろう、大坂なおみにはそんな心配な感情は湧かない。いつのまにか自分も強気になり、行け! 行け! と興奮している。
どこにそんなパワーあるの! と思う弾丸サーブ、素早いリターン、果敢なラリー。そして決めちゃう!
凄いプレーを見せたのに、決まっても少女は冷静だ。小刻みなガッツポーズをしながら決して集中力を切らない。
そしてあれよあれよと言う間に優勝してしまった。優勝賞金は380万ドルらしい。大坂なおみは市販のラケットを使用、それが3万3千円、なんだか感覚がわからなくなってきた。
翌日、TVで大坂なおみ特集をやっていた。
え、君があのプレッシャーと闘った子? と思うようなキュートなインタビュー。試合中、すねて泣き出し、ドイツ人コーチが励ます。スポ根的な要素なし。今、日本ではアマチュアスポーツで指導者のパワハラが叫ばれるのに、そんなことはどこ吹く風。どれをとっても規格外なキャラクターだ。あのあどけない瞳は世界しか見ていない。オフシーズン、バラエティ番組に出演するタマじゃない。テニス1本で輝きます!的なオーラを放っている。世界レベルとはこういうことを言うんだと思った。
あー、早く東レ・パンパシフィックが見たい! 典型的なにわかファンの心境になってきた。そんな自分の車のトランクには20年近く放置したテニスラケットが積んだままだ。
<プロフィール>
樋口卓治(ひぐち・たくじ)
古舘プロジェクト所属。『中居正広の金曜のスマイルたちへ』『ぴったんこカン・カン』『Qさま!!』『池上彰のニュースそうだったのか!!』『日本人のおなまえっ!』などのバラエティー番組を手がける。また小説『ボクの妻と結婚してください。』を上梓し、2016年に織田裕二主演で映画化された。著書に『もう一度、お父さんと呼んでくれ。』『続・ボクの妻と結婚してください。』。最新刊は『ファミリーラブストーリー』(講談社文庫)。