「幼稚園の年長くらいから、うちの息子は敏感だなと感じるようになりました。特に集団行動がしんどそうで、大きな音やにおい、砂を触れないなど過敏な部分がありました。でも、周囲を観察し、周りが何を求めているのかを察することにはたけていました」
13歳、中学2年の悟君(仮名)の母親、山下亜由美さん(仮名)は、ずっと「発達障害のグレー」と息子を理解していたのだが……。
HSCとは?
「小学5年のときに、HSCを取り上げた本を読みました。すると息子の状況がHSCに当てはまっていて、発達障害とは少し違うなと思っていたので長年の謎が解けてホッとしました」(山下さん)
と振り返り、悟君の気質について説明する。
「息子はうるさい場所では疲れてしまったり、ケンカは特にダメ。その場にいるだけで緊張してしまい、怖さで動くこともできないそうです」
HSC(ハイリー・センシティブ・チャイルド)。人一倍敏感な子どものことをそう呼ぶ。米国の心理学者、エレイン・N・アーロン氏が2002年に発表したもので、日本でいち早くHSCを取り上げた心療内科医の明橋大二医師が解説する。
「HSCの子どもの大きな特徴は“敏感”ということ。ひとつは感覚や刺激、変化に敏感。聴覚、嗅覚、味覚、触覚など五感が敏感ということです。もうひとつは人の気持ちに敏感です。場の空気を読みすぎてしまうんです」
さらにアーロン氏は子どもの5人に1人がそういう気質を持っていると報告している。
「人種や男女差はなく、日本でも同比率います。HSCは生まれ持った気質、性格です。大事なことは病気や障害ではありません」(明橋医師)
不登校について専門的に取り扱う、全国不登校新聞社の石井志昴編集長は、
「そうした気質を持つ人は今までも一定数いましたが、(HSCへの理解がない)これまでは、むしろ甘えや臆病として片づけられてきました」
冒頭の山下さんも、
「息子は小さいことを気にしすぎるので“気にしなくていいよ”と強めに言ったり、私もイライラすることがありました。やたら怖がるので強くしなきゃいけないと思い、空手を習わせたこともあります」
と、誤解に基づいて子どもに接していたと省みる。
そのような気質を有する子どもたちは、
「集団が苦手。1対1を好むんです。大人数だと周囲に圧倒されています」 そう説明するのはHSCの8歳の息子たけるくん(仮名)を持つ精神科医の斎藤裕さん。妻で心理カウンセラーの暁子さんとともにHSCの相談や研究などを続けてきた。
学校はとても過酷な環境
「うちの息子もですが、遊びの主導権を持っている子に対し、自分の意見を言えないんです。“場に適応しよう”と頑張り、譲るのですが、不満が残る。欲求や怒りなどを抑えているので、帰宅すると家で爆発します。親がちゃんと受け止めないと、体調不良やアトピーなどの症状として出るんです」(斎藤暁子さん)
HSCの子にとっては、集団生活を強いられる幼稚園や学校は苦手な場所になる。前出の石井編集長は、
「学校はとても過酷な環境です。チャイムの音、先生の怒鳴り声だけで苦しくなります。“廊下を走らないで!”などと他の生徒に向けられた注意でも身体が硬直し、震えるように怖がるそうです」
と、子どもに表出する変化を明かす。HSCの知識を持たない大人は、子どものそのような様子を見誤る。
さらに前出・石井編集長は「HSCとの関連性はわかりませんが」と前置きをし、
「以前、自殺した中部地方の中学生がいました。理由は“同級生が先生に体罰を受けているのを見たことだった”と聞きました。もしかしたらこの子はHSCだったのかもしれません。友人に向けられる罵倒や体罰を自分のこととして受け止めたのではないでしょうか。HSCの子は他人のいじめでも自分のことのようにとらえ耐えられない気持ちになる可能性があります」
と明かす。さらに、
「正義感が強いのも特徴です。親に、放っておきなさいって言われても、自分がされていなくても放っておけない。気になってしまうんです」
と前出・明橋医師。その結果、ストレスが蓄積され、
「学校に行きたくない、お腹や頭が痛い、熱が出たりします。さらに喜怒哀楽がなくなる、癇癪を起こすなどの症状が出ます」(前出・明橋医師)
対応策は「親が知ること」と前出・明橋医師。そして、
「非HSCの人からするとその気質は理解しがたいので否定しがち。しかし“お腹が痛い”“疲れた”などと子どもが訴えたら、その子が言うからそうなんだと考えることです。体調不良は子どもの身体が発するサイン、疲労感もHSCの子はそうとう神経を遣っているので疲れやすいんです」
と全面的に子どもの気持ちを受け入れることを提唱する。
冒頭の山下さんの息子・悟君は、「親や先生の期待に応えないといけないと頑張りすぎてしまい、体調不良などの症状が出るまで苦しんで限界」を迎えた結果、小学4年のときに学校に通うことをやめた。
「不登校になった直後は苦しくて、外に一歩も出られませんでしたが、今は中学に通っています。学校がHSCを理解してくれているので、安心できる環境になりました。息子はカメラが好きで、今ではひとりで電車に乗って出かけるようにもなりました」
と変化を喜び、
「とにかく、あのころ、親が何も知らなかったので根性論で乗り越えられるものと考えていました。今は親がまずこの気質を知ることが大切だと思います」(前出・山下さん)
と、しみじみ振り返る。
前出・暁子さんは自身の経験から母親の葛藤を明かした。
「お母さんからすると、自分の子が“みんなができることができない”とか“落ちこぼれてかわいそう”とか思っちゃうんです。今、思うのは、徹底的に待っていいってことです。お箸を持つのも、自転車に乗るのも、ある日いきなりできるようになるんです。親は後ろから押しちゃダメです。できるようになったときに手伝ってください」
と呼びかける。
前出・斎藤医師は、
「親は“あなたの自由だよ”と伝えることが大切です。(学校なども)“友達がいるから行ってみる”“楽しかったら続ける”“合わなかったらやめていい”くらいの感覚でいいと思う。無理をさせるより好きなことを徹底してやったほうがスキルとなる。そして子どもがどんな道を選んでも親が肯定して信じて認めてあげることが大切です」
前出・石井編集長によれば「必要なのは環境調整と正しい知識」。その2つを理解することが親の役目だ。
HSCの特徴10項目
(1)すぐに驚き、刺激に対して敏感。細かいことに気がつく
(2)過剰な刺激で圧倒されると、普段の力を発揮できなかったり、人より早く疲労を感じることがある。人の集まる場所や騒がしいところが苦手。大声や怒鳴り声、叱られているのを目にするだけでつらい
(3)目の前の状況をじっくり観察し、情報を記憶と照らし合わせて安全かどうか確認するなど、情報を徹底的に処理してから行動する。そのため行動に時間がかかったり、新しいことや初対面の人と接することをあまり好まない。慣れた環境や状況が変わることを嫌がる傾向にある。急に予定が変わったときや突発的な出来事で混乱しやすい
(4)人の気持ちに寄り添い深く思いやる力や、人の気持ちを読み取る力など『共感する能力』に秀でている。細かな配慮ができる
(5)自分と他人との間を隔てる「境界」がとても薄く、他人の影響を受けやすい。他人のネガティブな気持ちや感情を受け止めやすい
(6)直感力に優れている。場の空気や気配・雰囲気などを素早く感じ取る。先のことまでわかってしまうことがある。物事の本質を見抜いたり、深く考える傾向にある。思慮深い。モラルや秩序を重視し、正義感が強い。不公平なことや、強要を嫌う。年齢のわりに難しい言葉を使う
(7)内面の世界に意識が向き、豊かなイマジネーションを持つ。想像性・芸術性に優れる。クリエイティブな仕事に向いている
(8)静かに遊ぶことを好む。集団よりひとりや少人数を好む。大人数の前や中では、力を発揮しにくい。自分のペースで思索・行動することを好む。観察や評価、急かされたり、競争を嫌う傾向にある
(9)自己肯定感が育ちにくい。外向性を重要視する学校や社会の中で、敏感な気質ゆえに求められることを苦手に感じることが多く、人と比較したり、うまくいかない場合に自信を失いやすい
(10)自分の気質に合わないことに対して、ストレス反応が出やすい。感受性が強すぎ、繊細すぎるために、学校や職場での環境や人間関係で強いストレスを感じてしまい、不適応を起こしやすい。人の些細な言葉や態度に傷つきやすく、小さな出来事でもトラウマとなりやすい
※斎藤裕氏が研究、まとめたものを参考に編集部で作成