大浦湾に生息する珊瑚と亜熱帯の魚たち(牧志治氏撮影)

 那覇市中心部。メインストリートの国際通りの街灯には16日に引退した歌手・安室奈美恵さん(41)のポスターがはためき、名残惜しそうにスマホで撮影する県外のファンの姿が目立った。県民は安室ロスにひたる間もなく、30日投開票の県知事選候補者の訴えに耳を傾けている。

「辺野古への移設を容認するか否か」が最大の争点に

 8月8日に膵がんで急逝した翁長雄志知事(享年67)の後任をめぐる戦いは、翁長氏が後継に指名した自由党の前衆議院議員・玉城デニー氏(58=基地反対の野党などを中心とした「オール沖縄」が擁立)と、前宜野湾市長・佐喜真淳氏(54=自民、公明、維新、希望が推薦)の一騎打ちの様相をみせている。

 最大の争点は、住宅街のど真ん中にある危険な在日米軍・普天間飛行場(宜野湾市)の返還後、名護市辺野古への移設を容認するか否か。

「両候補とも『普天間基地返還』では一致している。辺野古移設については玉城氏は『認めない』と歯切れがいい一方、佐喜真氏は態度を明確にしていない」(地元記者)

琉球新報社(那覇市久茂地)に掲示された安室さんの巨大なポスター

 安室さんは翁長氏が亡くなった際、

《沖縄のことを考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ、これからも多くの人に愛される沖縄であることを願っております》

 と異例のコメントを発表し、その死を悼んでいる。

 両候補の選挙戦は対照的だ。玉城氏は街頭演説を繰り返して無党派層への浸透をはかり、佐喜真氏は支持者回りを中心とする組織選挙を展開する。

 県南部の豊見城市で17日に演説した玉城氏は、

「翁長さんの辺野古埋め立て承認撤回を支持し、新しい基地はつくらせない。国会議員時代に訪米し、米国議会に対し、辺野古の工事の状況や大浦湾の自然の多様性、米軍の事故などで要請・意見交換してきた。知事になったら直接、米国に訴えていく」

 と有権者に約束した。

 那覇市内で18日に支援者集会を開いた佐喜真氏は、

「政府と県は常に法廷闘争をしてきた。(当選後は)法廷闘争の内容を精査してどんなことが起こっているのか、しっかりと見極めながら県民が思い描く基地整備縮小や問題の解決に向けたい」

 と述べて辺野古への言及を避けた。

 16日には自民党の小泉進次郎氏が佐喜真氏の応援演説に駆けつけ、女性有権者から「カッコいい~!」などと黄色い声援を受けた。しかし、はっきりモノを言う進次郎氏も、「辺野古の『へ』の字も言わず、生活向上の話題ばかりだった」(那覇市の20代女性)という。

埋め立てられたらもとの海には戻らない

玉城デニー氏

 安倍政権は昨年4月、辺野古沖の新基地予定地で、反対派住民の抵抗を無視して埋め立て護岸工事に着工。現在は沿岸部からのびるコンクリート・ブロックの護岸で一部の海域は囲われ、その中に土砂を投入する本格的な埋め立て工事が目前に迫る。徹底抗戦してきた翁長氏は亡くなるわずか12日前、「承認撤回」という最後の切り札をきった。

 移設に反対する名護市議会の東恩納琢磨市議は、

「完全に埋め立てられると元の状態の海に戻すことはできません。ただし土砂が入っていない今ならまだ間に合います。工事の完成度は4%ほどですし、元に近い海に戻せる可能性があります」

 と説明する。

 辺野古の海はコバルトブルーに輝き、小さな魚が群れをなして泳いでいた。沖合の白いコンクリート・ブロック壁が痛々しい。ここは国の天然記念物で絶滅危惧種のジュゴンのすみかでもある。

佐喜真淳氏

 世界約100か国で活動する環境保護団体、WWFジャパンの権田雅之氏は、

「辺野古沖や大浦湾周辺は手つかずの自然が残り、貝や魚などの固有種や希少な生物が数多く生息し、新種も発見されています。ジュゴンは匂いや音、人の気配に敏感です。国は生態調査のためヘリやソナーを使ったり、ブイの打ち込みなどを行いましたが、ジュゴンはそれさえも嫌って離れてしまった可能性がある」

 と嘆く。

「護岸による弊害がすでに起きている」

 沖縄で確認されているジュゴンは3頭。体長やヒレの形などで個体を識別しており、子どものジュゴンが'15年6月に辺野古沖で目撃されたのを最後に姿を消したという。

ウミガメと泳ぐジュゴン。ジュゴンの好物は海底に生える海草のアマモ(沖縄県提供)

 辺野古はジュゴンが主食とする海草が豊かに生える一帯があり、いわば食堂だ。

 ダイバーで写真家の牧志治氏は「護岸による弊害がすでに起きている」と指摘する。

「海草7種類のうちベニアマモが生息地で見つからなくなりました。護岸ができたことで潮の流れが変わり、海草に影響を与えたことが考えられます。引き潮で海底の砂が持っていかれ、浅瀬で砂がなくなると海草は根を張ることができなくなる」(牧志氏)

 さらに、海流の変化は珊瑚礁にも影響し、破壊されるおそれがあるという。

「珊瑚は移植できますが、潮の流れや塩分濃度が合わないと生存できません。時期や移動方法によっては一気に死滅する可能性が高いと専門家は指摘しています」

 と前出・権田氏。

 大浦湾では'07年にアオサンゴ群集が発見されている。表面は褐色だが、骨格は藍青色という青い珊瑚礁だ。基地建設予定地の辺野古崎から約3キロ、水深約2~14メートル地点にあり長さ約50メートル、幅約30メートル、高さ約12メートルと大きいため移植はきわめて難しい。

 前出・牧志さんは言う。

「辺野古には海草を食べに絶滅危惧種のアオウミガメも時々やってきます。産卵のために帰ってきたとみられるアカウミガメは湾内に入れず迷っていました。生まれ育った浜はすでに護岸工事が進み、帰りたくても帰れないんです」

2015年に辺野古で座り込みをするテントを訪れた樹木さん=写真中央(読者提供)

 辺野古の浜では、基地建設に反対する住民らがこんな話をしてくれた。15日に亡くなった女優・樹木希林さん(享年75)が'15年7月、ドキュメンタリー番組の撮影のため辺野古を訪れ、住民らと一緒に座り込みをしたという。

「樹木さんは遠慮がちにテントに来られ、基地や辺野古のこと、沖縄の話に真剣に耳を傾けてくれました。座り込み参加者の歌に合わせて、手拍子を打ってくれたりと貴重な時間でした。亡くなられたのはとても残念です」

 と70代の女性。

 ジュゴンや珊瑚礁の命は県民の1票にかかっている。