「がんサバイバーだからこそわかる」痛みを自らの強みに。がん患者が働き、生活の質を上げるためのサポートをする仕事を選んだ女性がいる。自らの経験を生かした、彼女の生き方とはーー
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治療技術の進歩によって長く付き合う病となったがん。それに伴い、「がんとともに働く」という課題が浮き彫りに。自身もサバイバーである桜井なおみさんは現在、がん患者の就労・復職も含めた社会支援を行っている。
桜井さんが乳がんと診断されたのは、37歳のとき。入院・手術を経て、勤めていた設計事務所に復帰したものの、仕事量が以前と変わらず対応できなくなり、退職した。
「当時、がん患者が働く悩みを相談する場がなかった。特に30代のがん患者は全体の2~3%しかいないので、同世代の人とも出会えなかった」
「ビックリ退社」と「切腹退社」
その後、苦労して再就職した桜井さんは、自らの経験を生かし、サバイバーやその家族に向けた社会・生活支援プロジェクトを立ち上げる。
「就労に関しては、がんと診断されて1か月以内に仕事を辞めてしまう人が2、3割いる。私は“ビックリ退社”と呼んでいます。診断に驚き、まだ治療も始まっていない段階で、仕事を辞めてしまう人も」
しかし、治療中に利用できる社会保障制度は、会社員のほうが手厚いのが現実。
「辞めてしまえば、それらを使う権利もすべて手放してしまうことになる。働きながらでも治療できるので、辞めないことが大事です」
サバイバーが社会復帰をすると、体調と仕事量の調整がむずかしくなる。通院で休むことや治療の副作用の影響を、周囲に受け止めてもらえないこともあり、居づらくなって復職1年ほどで辞めてしまう人も3割近く。これを“切腹退社”と桜井さんは呼ぶ。
「こうならないために、復職前に人事や上司とコミュニケーションをとって、今後の治療の見通しや自分のできること、できないことを伝えて配慮してもらうことが重要です」
そして、もうひとつ大事なのは、自分を病気前の状態に戻そうと思わないことだと、桜井さんは強調する。
「休んだ分を挽回しようなんてムリ。これまで働いてきた“貯蓄”があると思って周囲に頼っていい。それでも、実際に復職してそのまま働くのが難しいと感じたら、割り切って自分自身の希望や条件を下げる。
“できない”とか“つらい”ではなく、自分からどうしたいのか伝えることです。お互い歩み寄って着地点を探して、どうしても合わないなら、気持ちを切りかえて転職を模索するのも一手です」
桜井さんたちが電話で受ける相談では、半分が新規就労について。希望を尋ねると、自分で条件を厳しくしていってしまう人も多いとか。
「自分の現状を客観的に見て。ひとりで考えると混乱して当たり前。まずはどこかに相談して、家庭環境や年収などの状況を踏まえ、どうした働き方がいいのかを考える。
そして就職試験で必要なことは、病気や治療のことを話すより、自分がなぜそこに勤めたくて、何ができるのかをしっかり伝えることです」
桜井さんが現在、ともに働いているのは、ほとんどが「がんサバイバー」。それぞれが自身の体験を糧に、仕事に役立てている。
「誰かが入院したら、寝てないで病院の情報や実態を集めてきて、などと言っています。亡くなった人もいるけれど、最後まで在宅で仕事をしてくれて、誤字が多くなってもみんなが何も言わずに直していました。
人生100年あったら、2度目のがんだってあるでしょう。私はそれを前提に一病息災にすればいいかなと思っています」
桜井なおみさん ◎キャンサー・ソリューションズ代表『キャンサー・ソリューションズ』代表、元厚生労働省がん対策推進協議会委員。乳がん体験者。自らの体験をもとにがん患者の社会支援の活動を開始。社会へのがん啓発や患者・家族の生活実態調査と解決策に関わる情報発信も行う。