キャンサーフィットネス代表理事広瀬真奈美さん(55)

 2人に1人はがんになる時代。そんな身近となってしまったがんだけど、打ち克つことも、当然できる。がんという体験を糧に働く、人にスポットをあて話を聞いてみた。

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 広瀬真奈美さんが乳がんになったのは'08 年。表情研究家として雑誌やテレビなどに頻繁に登場し、カウンセリングや執筆のほかにも活躍の場を広げ始め、まさに“これから!”という時期だった。

「夜中に突然、乳房が痛み、触ってみるとしこりに触れて……。順調だった仕事の予定をすべてキャンセルして、2か月後に手術となりました」

 左乳房の全摘出手術を受け、左リンパ節も切除、抗がん剤治療、放射線治療も行った。しかし、退院してからというもの、手のしびれやまひ、思うように腕が上がらないなどの後遺症に苦しめられたという。

「退院後、病院でのリハビリはなく、それを相談する場所も見つけられませんでした。アメリカでは後遺症の予防には適度な運動が有効という研究もありましたが、どんな運動をどの程度行えばいいのかわからず、途方に暮れました」

 スポーツクラブやクリニックを訪ね歩いたが“がん患者へのリハビリはできない”と、ことごとく断られる。

絶望中で出会った運動療法

「仕事に家事や子育て、さらには親の介護など、やらなければならないことが山積みなのに身体が思うように動かない。以前のように元気に働けない! と絶望的な気持ちになりました」

 そんなとき、ふと手にした雑誌で、米国のがん患者向け運動療法の記事を目にする。

「なんて楽しそうなの! と思って、私もジムで音楽に合わせて身体を動かすようになったんです。すると気持ちが前向きになるだけでなく、腕の可動域も改善しました」

 効果を実感した広瀬さんは、すぐ行動に移す。

 治療をしつつ運動療法を学び、日米両国でフィットネスのインストラクター資格を取得。帰国後、無料のフィットネス講座をブログで募集するところからスタートし、徐々に参加者を増やしていった。そして'13年、『キャンサーフィットネス』を立ち上げた。

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「がんの治療中は、早く社会復帰することがゴールでした。でも、無事に復帰できた今わかるのは、人生はその後も続いていくということ。その後の人生の質を向上させるためには、治療後の心身両面でのセルフケアが大切なのだと痛感させられました」

 日本ではがん患者と運動とは結びつきにくい。“病気になったらおとなしく養生が大事。運動なんて論外”と考える傾向が強い。運動が回復に与える影響も、日本では研究が少ないが、動かないことによる筋力の衰えは身体をさらに動かしにくくする。

 また、運動をすると気持ちが明るくなり、結果として人生の質も向上するという。

「がんになって、治療による体調不良や痛みで精神的に落ち込み、すべてが嫌になる気持ちはわかります。でも、そんなときこそ身体を動かしてほしいのです。外に出て、空を見上げるだけでもいい。そこから、次は歩いてみる、深呼吸してみる、と少しずつ始めて

 がんになっても、がんが治っても人生は続く。サバイバーが笑顔で豊かに生きていける、そんな社会づくりに貢献したいと広瀬さんは言う。

がんになったことで、“今日が最後の日かもしれない”と毎日を一生懸命、丁寧に生きる。そんな自分になることができた。がんにならなければ出会えなかった多くの人々、素晴らしい仲間ができたことが何よりもうれしいです」


広瀬真奈美さん ◎キャンサーフィットネス代表理事 表情研究家として雑誌、テレビで活躍。'08年に乳がんを発症ステージ3。その後、一般社団法人「キャンサーフィットネス」を立ち上げ、がん患者のための各種運動教室、健康管理セミナーを開催。