新納慎也 撮影/森田晃博

 黒澤明監督の映画の中でも、『生きる』はとりわけ高い評価と人気を誇る作品。60歳の定年を控えたまじめな役人が、がんで余命が少ないことを知ってから、本当に生きる意味を知るという物語だ。

思いついた人天才!

 この作品が、黒澤映画として初めてミュージカルになる。ストーリーテラーの役割も担う小説家役を、小西遼生さんとWキャストで務める新納慎也さんは

この話を聞いた当初は、僕も“これどうだろう、失敗するんじゃないかな?”と思っていました」と笑う。

「だって黒澤監督を好きな人たちは“ミュージカルなんて軟弱だ”と思っている人が多そうじゃないですか。世界観としてもテイストも真逆だし、難しいんじゃないかと。

 でも春に、早い段階でリーディング(本読みと歌合わせ)があったんですね。そのときに稽古場でセリフや歌を聴いて“これミュージカルにしようって思いついた人、誰? 天才!”と180度、意見を変えることとなりました(笑)」

 主人公の渡辺勘治は、口下手ゆえに無口で不器用。

「そんな渡辺さんの心情が、歌になることによってものすごく伝わってくるんです。“そう感じているんだ”って映画を見たときもわかってはいたんですけど、“歌にされるとよけいに揺さぶられる、感動が倍増するよぉ!”と毎日思わされています。『生きる』という作品がまさに“生きて”刺さってくるんです

 渡辺に夜の遊びを教える小説家という役は、映画での登場場面はごくわずか。

「でもこのミュージカルでは、ストーリーテラーであるだけではなく、渡辺さんの人生にも最後までかかわります。彼に影響を与えるだけではなく、彼から影響を受ける人物のひとり。

 それに小説家は、すごく物語を引っ張るんですね。だから映画の印象のまま演じてしまうと、舞台が跳ねない。作品自体が映画の暗いイメージとは違ってカラフルな部分も大きいので、“パワフル”ということを意識しながら作っています

抱きしめたくなったくらい(笑)

新納慎也 撮影/森田晃博

 渡辺役はミュージカル界の大先輩、鹿賀丈史さんと市村正親さん(新納さんが組むのは鹿賀さん)。このおふたりと新納さんとは『ラ・カージュ・オ・フォール』という作品の共演者として、20年近く親交がある。

「僕はもちろん、鹿賀さんが素敵なことは知っていましたよ。でも、こんなに新しい魅力を発見できるなんて思ってもみなかった。初めて読み合わせをしたとき終わった瞬間にムギューって抱きしめたくなったくらい(笑)。

 “鹿賀さん、ものすごく素敵だってご自分で気づいてます?”と言いました。市村さんも、今まで見たことのなかったような、スーパーかわいらしい表情をされていて

 あの年齢で、おふたりがこの役に出会われたこと、うらやましいと思うんですよ。きっと当たり役になりますから」

『真田丸』の秀次も舞台経験あってこそ

 「世界に発信できる日本オリジナルのミュージカルを」という目標をもっての初演だけに、今は“産みの苦しみ”の真っ最中。

「ビックリするほど、日々、台本が変わっているんですよ! 休みの日を1日つぶして、ガッツリ変更された台本を覚えていったことがあるんです。

 朝から晩まで頑張ったのに、翌朝行ったら“これ新しい台本でーす”って渡されて(笑)。“僕の休みを返せー!”って叫びそうになりました(笑)」

 新納さんといえば、忘れられないのが『真田丸』の豊臣秀次役。脚本の三谷幸喜さんが新納さんにあてて書いたこの役は視聴者に愛され、「秀次ロス」まで引き起こした。

「まさかそんなに反響を呼ぶとは思ってもいませんでした。最初は2話くらいかも、と言われていましたし。でも15話も出していただけて、感謝ですね。

 20代のころは映像の仕事を待ってスケジュールを空けていた時期もあったんですが30代で映像をあきらめ“僕は舞台人だ”と自覚するようになったんです。でも40代にしてこの役に出会えてよかった

 これを評価していただけたのも、舞台をやってきたからこそ。若いころにはできなかった芝居ができたんじゃないかと思っています」

三谷幸喜さんとの出会い

新納慎也 撮影/森田晃博

 三谷幸喜さんとの出会いは、三谷さんからの「突然のラブコール」によるものだったという。

「三谷さんが舞台の楽屋にコンコンって訪ねて来られて。“新納さん、僕と一緒にお芝居をしましょう”と言われ、翌日にオファーをいただきました。どこを気に入ってくれたのか、1度聞いたんですよ。

 そうしたら“姿勢がいい役者が僕は好きです”というのと、“悲しみを抱えた人が好きなんです”と。“えっ、僕!?”ってビックリでした(笑)。

 でも三谷さんは“自分では気づいてないかもしれないけど、新納さんは悲しみの塊ですよ”って。

 本当に自覚はないんですけど、ほかの演出家にもそう言われたことがあるんですよ!」

生きる意味とは

 本作は“生きるとは何か”を問うヒューマンドラマだけれど、新納さんにとって“生きる意味”とは?

この作品にちなんでよく聞かれるんですけど“みんなそんなこと考えながら生きてるの?”って思ってしまう(笑)。そんなことを考えずに生きていてもいいんじゃないかな。

 別に歴史に名を残そうとか生きた証がほしいなんて思っていませんし。ただ、僕が死んで何年かして、どこかのおばあちゃんが孫に“昔、新納慎也っていういい役者がいてね、好きだったわ”って語ってくれたらうれしいですね

ミュージカル『生きる』

■ミュージカル『生きる』
1952年に公開された黒澤明監督の代表作『生きる』をミュージカル化。作曲と編曲を手がけるのはブロードウェイで活躍するジェイソン・ハウランド、演出は宮本亜門。惰性で仕事をするだけ、死んだように生きていた市役所の市民課長・渡辺(市村正親/鹿賀丈史(Wキャスト))は、当時、難病だった胃がんにかかったことで、これまでの無為な人生と向き合う。そして市民のための公園作り実現に尽力、生きる意味を見いだしていく。10月8日~28日 TBS赤坂ACTシアターにて上演。
公式サイトは http://www.ikiru-musical.com

にいろ・しんや●1975年4月21日、神戸市生まれ。数多くの舞台で個性と実力を発揮。近年の主な舞台出演作品は、『BENT』『スルース~探偵~』『パレード』『パジャマゲーム』などがある。’16年のNHK大河ドラマ『真田丸』の豊臣秀次を好演以降、EX帯ドラマ劇場『トットちゃん!』、NHK正月時代劇『風雲児たち~蘭学革命篇~』など映像でも活躍中。12月より三谷幸喜作・演出の『日本の歴史』に出演。

(文/若林ゆり)