災害の多い今年、すでに記憶の片隅に追いやられているかもしれないが、7月7日に西日本を襲った未曾有の大豪雨を思い出してほしい。
愛媛県西予市・野村町では24時間の降水量が観測史上最大の347mmを越え、野村ダムの放水操作もあって肱川(ひじかわ)が氾濫し、肱川に沿って町は最大5メートル以上も浸水、同町だけで5人が死亡し、686棟の住宅が被害を受けた。
大相撲力士とアマチュアの戦い
その野村町が実は「相撲の里として知られています」と教えてくれたのは、野村町でNPO法人『シルミルのむら』の副理事長で地域おこし協力隊でもある山口聡子さん。現在、野村町の復興のためにクラウドファンディングを立ち上げるなど奮闘している。
「野村町では嘉永5年、1852年に大火に見舞われ、町のほとんどが焼けてしまったんです。
当時の庄屋さんは二度とこのような火災が起こらないようにと愛宕神社を祭祀して“火除けの神”として祈念し、『今後100年の願掛け相撲を奉納する』としたのが『乙亥(おとい)大相撲』始まりで、100年を過ぎてからもずっと開かれてきました」
こうした奉納相撲、日本全国の神社などで行われているけれど、この『乙亥大相撲』は、規模も在り方も他とはだいぶ違うんだそう。
「2日間にわたって相撲大会が開かれます。大相撲の力士とアマチュア(社会人・学生)が戦うのは、おそらく日本で唯一じゃないでしょうか?
毎年、幕内の関取も2人ぐらい来てくれて、町を練り歩きしたり、その年に生まれた赤ちゃんを抱っこしての稚児土俵入りなどをやります。
ほかにも幕下力士たちによる餅つき大会、地域の人たちがちびっ子から大人まで地区ごとに出場しての熱戦も繰り広げられ、町中が相撲に染まります」
2日間にわたる相撲大会? そりゃ、すごい。
過去に参加した関取のリストを見せてもらうと、稀勢の里、照ノ富士、遠藤、琴奨菊、白鵬、安美錦、玉鷲、栃東、武蔵丸、武双山、曙……、そして大鵬!って。豪華な面々!
力士の到着を知らせる町内放送
「乙亥大相撲に出ると出世するって言われてます! 実際、曙が大関の時に出て、『次は横綱になって戻ってきます』と言って、本当に横綱になって戻ってきてくれたんです。
昨年は輝(かがやき)が来てくれましたが、彼は幕下時代にも来てくれていたので『達(幕下時代のしこ名)から輝になって戻ってきました!』って言って、会場中が『輝~!!』と大声援にあふれかえったんです」
そう興奮気味に話してくれたのは、山口さんのお手伝いをしている野村町在住の赤松優子さん。物心ついた時から乙亥相撲を見る、大の相撲ファンという筋金入りのスー女だ。赤松さんによると、
「関取が飛行機で松山空港に着くと、町内放送で『◯◯関が今、空港に到着しました』と流れるほど、町中が盛り上がります。
地区対抗戦が開かれて、毎年、子どもから大人まで100名以上が参加しますが、みんな本気! 3か月ぐらい前から各地域それぞれが稽古を重ねて臨みます。野村町には地域ごとに土俵があるんですよ」
ええっ? 町の中に何か所も土俵がある? どれだけ相撲が好きなんですか!?
「元々は願掛けのために33番相撲を取る、というものだったんです。それが養蚕で町がにぎわっていた時代に周辺から強い力士を呼ぶようになって、戦後からは大相撲の力士を招待するようになりました。
大会前日には触れ太鼓が鳴り、相撲場ではご祝儀が飛び交い、やんよーやんよーの大声援や応援合戦、町中が興奮します。平成17年には乙亥会館ができて、そこに立派な土俵が作られて大会が行われてきたんですが、7月の水害で相撲場の2階まで水に埋まり、今年はそこでは大会が開けません。
毎年、振分親方(元・高見盛)が来て指導してくれて、大なべでチャンコを作ってきましたが、その大なべもダメになってしまいました」(赤松さん)
町を支えてきた伝統ある相撲大会。
多くの関取たち、さらには社会人や中高大学の相撲部も訪れ、ここに出ると出世すると技を競った乙亥相撲。それが今、危機にさらされている。
大鵬の孫、朝青龍の甥も
「社会人相撲で鳴らす和歌山県庁の方々、アイシン軽金属の黒川さん、静岡県の飛龍高校のみんな……乙亥大相撲を盛り上げてきた大勢のアマチュア力士が被災後、ボランティアに駆けつけてくれました。でも、町はまだ復興には時間がかかります。みなさんのお力添えをいただければ!」(山口さん)
「今年は大相撲から勢関がいらっしゃる予定です。さらに幕下で人気の大鵬の孫の納谷さん、横綱朝青龍の甥っ子の豊昇龍さんも参加予定です。
去年の愛媛国体で、野村高校3年でその2人(納谷と豊昇龍)と準決勝、決勝で戦った住木くんとの再戦も見られるのが地元では話題、楽しみです。プロ対アマは、ここでしか見られませんから!」(赤松さん)
今年の乙亥大相撲は、水没した乙亥会館ではなく、近くの公民館を中心に行われる予定だ。開催は11月27日。通常の2日間から1日に短縮。入場無料とした(問:西予市観光協会野村支部 TEL 0894-72-1115)。
「かつて願相撲として始まった乙亥大相撲だからこそ、167回目の今年も絶対に開きたい! と思っています。戦時中にもこの相撲大会は開かれていました。これができないと、町民は本当にがっかりしてしまいます」(山口)
乙亥大相撲開催、町を復興させるためのクラウドファンディングは10月19日まで続けられている(https://faavo.jp/ehime/project/3077)。ご支援、ぜひお願いしたい。
ちなみに今までで一番の思い出といえば?
「関取が子ども達の御神輿といっしょに練り歩きしてくれるんですが、稀勢の里が来たときに握手してもらったこと……も思い出深いし、ほぼ毎年来てくれている玉鷲がうちの娘が出し物で太鼓を叩くときに髪の毛をアップにしてたら『キメてきたねぇ』ってホメてくれたり、ああ、思い出がいっぱいです。
でも一番といったら、私が中学生の頃に曙が来て、宿舎の旅館に彼が1人で戻ろうとしたのを後ろから追っかけて行ったんです。そうしたら、ぽ~んと草履と浴衣を包んだのを渡されて、それを持って追いかけ旅館に着いたら『中学生だろ? 今日学校は?』って言われて、『今日は休み~~!』って叫んで返して。
あぁ、いい思い出です。曙さんとは家族みんなと写真も撮ったんですが、そのときにお婆ちゃんの手を取って『おばあちゃん、元気でいてね』って。本当にステキな人でした」(赤松さん)
相撲の里・野村町。そこで167年続いてきた乙亥大相撲。これは絶やしちゃいけないですよっ!
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。