『ラステル新横浜』の面会室。壁の奥に20体の遺体を安置可能(同所提供)

 厚生労働省によると2017年の死者は134万人と戦後最多を記録し、うち65歳以上は120万人。高齢者の場合、参列者が少ないことなどから、葬儀のあり方も変化している。告別式をせず火葬のみを行う『直葬』や近親者のみで行う『家族葬』などさまざまだが、その影響か遺体を自宅へ安置せず民間の『遺体安置施設』へ預けるケースが増加している。

広がる安置ビジネス

「ちょうど2年前、火葬場の遺体安置施設がどこもいっぱいで、お断りせざるをえない状況になったことが2度、ありました。もともと葬儀会社ですから、純粋に遺体を安置する施設を何とかせねばと思い、立ち上げました」

 そう話すのは、遺体安置施設『やすらぎ』の小川尚彦社長だ。東京・JR荻窪駅から徒歩で約10分、商店街の一角に同施設はある。火葬場の日程などのためにすぐに火葬できない遺体を一時預かる、いわば「死者のためのホテル」。「ホテル」といえるだけの工夫が、ちゃんと施されている。

 小川社長が続ける。

「火葬場の霊安室というのはステンレス製の冷たい感じの部屋なので、ご遺体を安置するのには抵抗があると思う」

 安置だけでなく、最後のお別れをする場としての機能も、小川社長は同所に込めた。

「以前は仏具のショールームだった1階を改装し、冷蔵設備つきの2部屋を設けました。ひと部屋は遺体を安置するだけの霊安スペース。もうひと部屋は安置ルームで、リビング調の少し広めの部屋です」

『やすらぎ』の安置ルームでは参列者が10人以内であれば葬儀を執り行うことも可能だという

 広めの部屋は家族葬を希望する人にも好評だという。

 費用は1泊7500円。安置ルームを利用したお別れプランでは、棺や火葬までを含めて計約32万円。遺体安置の依頼は年間で70件ほどあり、

「今後はさらに増えていくだろうと思っています」

 と同社は見通す。

 葬祭事情に詳しい国立歴史民俗博物館の山田慎也准教授は、

「最近では自宅で亡くなる人は少なく、病院などの施設死が8割強です。日本の病院も、夜中でもすぐに遺体を出してくれと言う。火葬場にも安置する施設はありますが、夜中の受け入れや面会はできない。1度どこかに預ける場所が必要になってくるため、安置ビジネスが広がってきた」

 と背景を解説し、さらに、

「遺体を見る機会が少ない現代人は、遺体に対する忌避感や嫌悪感も強くなり、自宅に安置するのに抵抗があることも一因でしょう。生前に病院や施設に預け別居状態で距離があったのなら、なおさらだと思います。逆に在宅介護などをしていた人は、遺体になった後も生前と変わらず触れる方が多い」(山田准教授)

自宅か葬儀場「どちらに帰られますか?」

 再び、小川社長の話。

「ご連絡いただいたら、病院にお迎えにあがるのですが、最近は“(自宅か葬儀場の)どちらに帰られますか?”と確認するようにしています。

 マンションなどの集合住宅では、近隣に配慮して連れて帰りにくい。一軒家であっても、物理的にご遺体を自宅に入れることができない、隣近所との付き合いがなく気を遣わせたくないと、当社に安置の依頼をする方もいます。以前は確実に自宅に帰っていましたが」

 自宅からは送れないが、“自宅のようなところで家族だけで送りたい”ーーそんなニーズを見越して『家族葬』を前面に打ち出したのは、JR新横浜駅から徒歩5分のオフィス街にある遺体ホテル『ラステル新横浜』だ。

 運営するニチリョクの横田直彦事業部長は、

「都市部では家族葬が増えています。火葬場は混み合う時間帯があり、ご遺体の安置場所にみなさん困り始めていた。安置でき、ご家族も面会でき、ワンストップで家族葬まで行えるサービスが望まれていたのが開業のキッカケです。9階建ての建物の中には小さな式場もあります」

 と経緯を説明する。

 1泊1万2000円だが、安置だけというケースはほぼないという。小規模の家族葬、通夜・葬儀なしで直接、火葬場へ向かう直葬、そして従前の一般葬も執り行えるが、

「故人様と1泊2日、一緒に過ごされる『リビング家族葬』が好評ですね。ご自宅のマンションのようなお部屋をつくりました。バスルームやキッチンなどもあり、宿泊をしてお別れができます」

 と前出・横田事業部長。

 同施設では、6階の面会室で20体、7階の個室では7体を安置できる。

「面会は24時間可能で、ご家族、ご友人などもお会いいただけます。安置に期限はございません」(同前)

 75歳の夫を亡くした妻は、同社のアンケートに《娘が毎晩、仕事帰りにラステルに寄って、父親に面会をして、徐々にその死を受け入れていったようです。いつでも会えるのがよかったようです》と記入し、満足度を伝えている。

 ゆっくりとしたお別れを望む家族がいる一方で、直葬を望む家族も増えている。

 前出の小川社長は、

「病院から火葬場の安置施設に行って、あくる日に火葬をするのが直葬。ただ、火葬場に預かっていただくと、冷蔵設備から出して火葬前に5分~10分ほどしか時間をもらえないんです。当社からの出棺では、30分ほどお別れの時間を取っていただいています」

葬儀は死者だけのものではない

 東京・江戸川区にある東京都瑞江葬儀所。

瑞江葬儀所の正門からは施設が見えないつくりになっている

「こちらでは火葬を予約された方の棺を8体分、預かることができます」

 と高木康司所長。1日に火葬できるのは25件。1975年に全面改装した際、静寂な環境を守ると、地元と合意したためという。

 10時から14時の間に1回で5件ずつ火葬するが、

「空いている時間帯はないですね。葬儀会社さんから諸事情でキャンセルを受ける場合以外、ほぼ100%埋まっています」(高木所長)

 火葬場での風景にも変化が見られると高木所長が明かす。

「2~3年前から、棺を開けて最後に顔を合わせてお別れしたいと希望されるご葬家が増えていますね。棺保管をすると、そのまま火葬になりますので、最後にお別れをしたいということなのだと思います。ただ、次々にご葬家が来るので、5分~10分程度の時間ですが」

 前出の横田事業部長は、直葬に対しこんな思いを持つ。

「いきなり火葬場に行って一瞬で終わってしまうので、けじめをつけにくい方が出るかもしれません。葬儀を行うことで、けじめをつけられることがある。直葬にしてしまったために後々、“お通夜や告別式をしてちゃんと送りたかった”と後悔される方もいらっしゃいます。よしあしがあるのだと思います」

 厚生労働省によると'17年の死亡者数は134万人、うち65歳以上が120万人を占める。多くの高齢者が人生の終末期を迎えている。

 前出・山田准教授は、

「死にゆく人は子どもに迷惑をかけたくないと思っているため、直葬を希望する。だが、遺族は遺言どおりに行っても、気持ちを込められずモヤモヤする。周囲からはお別れをしたかったと言われる。だからこそ、追悼の区切りをつける必要があると思うのです。

 葬儀は死者だけのものでなく、生者のものでもある。それゆえに事前に納得できる形を話し合う必要がある。従来の葬儀という形がなくなりつつあるのですから

 経済的理由から直葬を選ぶ人もいるというが、費用をかけなくても葬儀はできる。日蓮宗経王院の仲田恵慶住職はそう断言し、次のように話す。

「お骨またはお位牌を持って、“お布施もこれしか用意できないのですが、亡くなった方のその後が心配なので供養をお願いします”と言えば、良心あるお坊さんなら供養してくれるはず。お布施を開けたら500円しか入ってなかったことも実際にあります」

瑞江葬儀所の棺保管室は簡素で冷たい印象だ(同所提供)

 独居老人が増え、孤独死も後を絶たない。隣近所との交流もなく、親の遺体を放置したまま年金の不正受給を続けるという罰当たりなニュースも珍しくない現代ニッポン。

 今後は無縁社会化がすすみ、こんな問題が表面化してくると山田准教授は話す。

「単身者が亡くなったとき親族がいたとしても、希薄な関係性から遺体を引き取らず結局、行政が引き取り火葬をすることがある。縁遠いからといって行政に丸投げするのはどうか。社会がサポートできる新たな葬送のシステムを形成していく必要があります」

 自己責任という言葉だけで片づけられない時代が到来している。

故人をゆかりの地へ……新サービスが人気

 葬儀サービスにおける最前線のトピックをもうひとつ紹介したい。神奈川県川崎市の葬儀社が開始した新サービス『故郷に帰ろう』をご存知だろうか? 主な取り組みは故人のゆかりの地などに遺体を搬送することで、ジワジワと注目度を高めてきている。利用した女性(75)に話を伺った。

「小さいときは狩野川で遊んだんだとか、沼津のアジのひらきは最高だって、折に触れて地元・静岡の話をよくしていました。私にうるさく言うこともなく、自由にやらせてくれるいい主人でした」

 そう静かに心情を吐露するのは内田美紀さん(75、仮名)だ。今年8月、長年連れ添った夫をがんで亡くした。

「夫が亡くなる少し前から葬儀のことを家族と相談していたのですが、遠方の親族は高齢で体調が悪く呼べない。ごく少数の身内による直葬ですませようと思っていました」

 と内田さん。そんなとき娘が『故郷に帰ろう』というサービスを見つけたという。

 同サービスは、故人のゆかりの地などに遺体を搬送する新たな取り組み。提供するのは川崎市にある葬儀会社『花葬』。同社の大屋徹朗社長は、

「近年では故人の親族も高齢化し、本当に近親者のみで葬儀を行うケースが増えています。故人が地方出身者の場合、遠方の親族を呼ぶことが難しい。でも、最後にひと目会いたい。火葬場は混雑し待機時間も長期化している。だったら、その時間を利用してゆかりの地などに連れて行ってはどうかと思ったんです」

 とサービス開始の経緯を明かす。生前には親孝行できなかったから、せめて最後ぐらいはと、葬儀を簡素にすませるかわりに、同サービスを利用する人もいるという。

 前出の内田さんは「沼津へ行きたい」と話していた夫の願いを叶えてあげられなかったことを後悔していた。

「車を運転していても沼津ナンバーを見ると“おっ、沼津だな”とうれしそうに言うぐらい地元が大好きでした。だから主人が生まれ育った沼津にどうしても連れて行ってあげたかったんです」(内田さん)

 息を引き取った翌日の昼、内田さんは夫の亡骸と一緒に車に乗り沼津へ向かった。

「主人がよく話していた千本浜公園や小さいころに遊んだ神社へ行きました。棺は降ろせませんが、窓を開けて“着いたよ”と声をかけました」

 夕方には実家へ到着。遺体と対面した義弟の様子を内田さんが続ける。

「“具合が悪くて行けずに申し訳なかった。にいちゃん、お帰り。まさか会えるとは思わなかった……”と涙ぐみながら話しました。主人が好きだったアジのひらきを供えてくれました」

 1泊して翌日には帰路についた。義弟も、すっきりした表情を浮かべていたという。

「主人が本当に望んでいたかわかりませんが、よかったでしょ? と聞いたら“よかったよ”と言ってくれると思います。夏場でしたがドライアイスもしっかり入れてくれて問題ありませんでした。料金も7万円と良心的な価格ですし、いい供養ができました」

 同サービスは関東近郊を中心に展開しているが、青森県や山口県まで搬送した実績もある。料金は川崎から青森までは約20万円。山口なら約26万円だ。高速料金だけは別途必要になる。大屋社長は、

「正直、あまり利益はありません。スタッフも2人同行しますし宿泊費も会社負担。ただ、お客様から“親孝行ができました”と言ってもらえることがうれしい。ケースによっては応じられない場合もありますが、可能な限りお客様に寄り添っていきたい」