NHK朝の連続テレビ小説(朝ドラ)『まんぷく』が好調である。
初回第1話が23.8%と好発進、週間平均視聴率も、第1週:21.9%→第2週:21.6%→第3週:22.3%、そして先週第4週も22.0%。全話が20%の大台を超え、高水準を保っている(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。
そこで今回は、『まんぷく』ロケットスタートの理由を探ってみたいと思う。
まず、初速の高まりに寄与したのは、前作『半分、青い。』からの「段差」だろう。『まんぷく』開始当時のツイートを眺めていると「普通の朝ドラが帰ってきた」という内容の書き込みが多かった。
確かに『まんぷく』では、『半分、青い。』が回避し続けた「普通の朝ドラらしさ」が堂々と復権している。
ここでいう「朝ドラらしさ」を分解すれば、第一に、戦争をはさむ近現代の日本において成功を収める女性の一代記であること、そして「恋愛」と「笑い」と「シリアス」のトライアングル構造が、しっかりと構築されていることだ。
後者について、「恋愛」はもちろん、主人公=今井福子(安藤サクラ)と立花萬平(長谷川博己)の関係の中で十分に表現されている。
布団の上で萬平が「おいで」と言って福子を引き寄せるシーンなどは、女性視聴者をキュンキュンさせるに十分なものだった(「おいで砲」と言われた)。
ロケットスタートに成功した要因?
また「笑い」の側面では、なぜか馬に乗って登場する牧善之介(浜野謙太)がいい味を出しているし、「シリアス」系シーンでは、萬平が憲兵から拷問されるシーンや、疎開先のあぜ道の上で、自らの身体的問題によって徴兵を外れされた自らを恥じて慟哭(どうこく)する萬平を、福子が励ますシーンに極まる。
つまり『まんぷく』は、「普通の朝ドラらしさ」を確実に満たすことによって、ロケットスタートに成功したのだ――と、こう書きながら私は、少しばかりの疑念を持つのである。
『まんぷく』って「普通の朝ドラ」かなぁ?
確かに、額面上は「普通の朝ドラらしさ」に満ちているのだが、それでも、そこから逸脱した部分も多いのだ。
たとえば、いわゆる「美人女優」ではない安藤サクラが、32歳という比較的高齢でヒロインに抜擢されたことや、主人公の幼年~少女時代を飛ばして、いきなり成人しているところからのスタートだったこと、また、DREAMS COME TRUEによるテーマ曲をバックとしたオープニングが、言わば「福子(安藤サクラ)のプロモーションビデオ」のような作りになっていることなど。
そう、『まんぷく』成功の本質的な理由として私が注目したいのは、ヒロイン・安藤サクラへの「朝ドラらしからぬ」過度な傾倒ぶり、重い負荷のかけ方である。言わば「安藤サクラ心中」とでも言えるキャスティング戦略である。
オープニングの最後で、安藤サクラが、海に向かって大の字のポーズをとるシーンなど、「そんな負荷なんて、私が全身で受け止めるわよ」という宣言のようにも見えてくるのだが。
ここで確認したいのは、これまでの安藤サクラと、『まんぷく』での安藤サクラとの違いである。
言うまでもなく、安藤サクラは、日本を代表する若手演技派女優の1人。私は、NHKのテレビドラマ『書店員ミチルの身の上話』(2013年)で、その不思議な存在感に着目し、映画『百円の恋』(2014年)で才能に驚嘆、そして、2016年のテレビドラマ=NTV『ゆとりですがなにか』で完全に魅了されてしまったのだ。
この3作品における安藤サクラの魅力を一言で言えば、「日常の疲労感を身体全体から発する演技ができること」。
この点、日本の女優としては屈指と言えるのではないか(これは、『書店員ミチルの身の上話』『百円の恋』で安藤サクラと共演した新井浩文にも共通する。新井は「男・安藤サクラ」の風情がある)。
しかし、『まんぷく』の安藤サクラは、これら3作品における彼女とは、180度異なる。天真爛漫、前向き、快活、そして見てくれについても、前髪ぱっつん、明るい色の可愛らしい洋服に、初回では何と、セーラー服姿まで披露した。
「安藤サクラ心中」の本質
ここで1つの考えが浮かぶ――「『まんぷく』は、安藤サクラのコスプレドラマ」ではないか。
そしてその「コスプレ」性こそが「安藤サクラ心中」の本質であり、また『まんぷく』を「普通の朝ドラ」から「普通よりも魅力的な朝ドラ」に仕立てているのではないか、と。
そもそも朝ドラ自体に「コスプレ化」の流れがあったという見方がある。芸人としても俳優としても名高いマキタスポーツは、自著『越境芸人』(東京ニュース通信社)で、最近の朝ドラについて「方言のコスプレ感がハンパじゃなくなってきました。
もっと言うと、衣装も文字通りコスにしか見えない」と看破している。
その流れの中でも、「日常の疲労感」を演じ続け、発し続けてきた32歳の安藤サクラによる、前髪ぱっつん・セーラー服姿などは、朝ドラ史上破格のコスプレ感だと思うのだ。
そして、抜群の演技力と見事な関西弁を携えながら、その「プレイ」を安定的に見せ続ける安藤サクラもまた素晴らしい。
ここで話をまとめると、「恋愛」と「笑い」と「シリアス」のトライアングルのバランスに配慮し、「普通の朝ドラらしさ」を満たした脚本の上で、「安藤サクラ心中」とでも言える、大胆なキャスティング戦略を採用、あの安藤サクラに天真爛漫な「コスプレ」を課したことによって、『まんぷく』のロケットスタートがあったということになる。
安藤サクラが重なる樹木希林
さて、エンタメ愛好者として注目したいのは、『まんぷく』の今後に加えて、女優・安藤サクラの今後である。
今回の『まんぷく』での(コスプレの)経験は、彼女にとっての、1つのエポックとなると思う。そして、この経験を栄養として、さらに日本を代表する女優になってほしいと思う。
では、安藤サクラが向かっていく先には誰がいるのか。私は1人の巨星を想起する。それは――故・樹木希林だ。
最近、BS12トゥエルビで、昭和を代表する名作ドラマTBS『時間ですよ』の第2シリーズ(1971~1972年)が再放送されている。そこに脇役として型破りの存在感を示しているのが、悠木千帆(樹木希林の旧名)である。
驚くべきことに、まだ20代後半の樹木希林は、強烈な疲労感の漂う、くたびれた銭湯の従業員を見事に演じきっている。そこに感じるのは、「昭和の安藤サクラ」としての存在感だ。
そして樹木希林は、ご存知の通り、疲労感を超えて、日常におけるささいな生活感をまるごと演じきることができる大女優となって、今年を代表する傑作映画『万引き家族』で、安藤サクラと共演する。
その共演を通じて樹木希林は安藤サクラを、「こういう役者さんがたくさん、これから出てくるといいな」とWebマガジン「FILMAGA」のインタビューでも絶賛している。
名人は名人を知る。
『まんぷく』での経験も栄養としながら、安藤サクラには「平成の樹木希林」、いや「新元号の樹木希林」に、ずんずんと向かってほしいと強く願う。
願えば願うほど、オープニング最後の大の字のポーズも「『新元号の樹木希林』なんて、私が全身で受け止めるわよ」という宣言のように見えてくる――。
スージー鈴木(すーじー すずき)◎評論家 音楽評論家・野球評論家。歌謡曲からテレビドラマ、映画や野球など数多くのコンテンツをカバーする。著書に『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト・プレス)、『1979年の歌謡曲』『【F】を3本の弦で弾くギター超カンタン奏法』(ともに彩流社)。連載は『週刊ベースボール』「水道橋博士のメルマ旬報」「Re:minder」、東京スポーツなど。