国会議事堂

  のどあめを口に含んで質疑をしていたことで、議会審議が8時間も中断となり、さらには出席停止処分が下された熊本市議会の緒方夕佳市議(43)。昨年11月、生後7か月の長男を連れて議場に入り、厳重注意を受けて退場させられたことでも話題を集め、賛否を巻き起こした。

 一連の騒動に対して、「融通の利かない議会」「(日本社会で)子育てと仕事の両立に多くの親たちが悩んでいることを象徴するような出来事」と報じた海外メディアもある。

 現にイギリスでは、スピーチ中にせきこむメイ首相が財務相からのどあめを渡され、ニュージーランドのアーダーン首相は生後3か月の長女を連れて国連の会議に出席している。子連れでの議場入りや、“授乳の権利”まで認められている国もある。日本との違いを思わずにはいられない。

 渦中の市議と、女性活躍が掲げられながら実際には難しい理由について、一緒に考えてみた。

子育ては「個人の事情」といわれて

「妊娠がわかった直後から、赤ちゃんがいても議員活動ができるようにサポートしてほしい、と議会事務局に相談してきたんです。ところが、返ってくるのは“なぜ、あなたの子育てのサポートをしなければならないのか”という回答ばかりでした」

 そう振り返る緒方市議は2015年、熊本市議選に出馬、初当選を果たした。アメリカ留学や国連での仕事を経て、「子どもの貧困や格差の拡大をなんとかしなければ、アメリカみたいな世の中になる」と考え政治を志すように。その思いは子どもができたことで、さらに強くなったという。

「わが家は、夫がパソコンを使って自宅でできる仕事をしているため、なんとか私も議員活動を続けられています。イクメンとして子育てを手伝うレベルではありません。家事も子育ても、どうにか2人で回しています。

 それでも、私が産休をとらずに無理をしてしまったため、ヘルニアになって動けなくなり、議会を休まざるをえなくなった時期もありました」

 緒方市議は、熊本市議会において任期中に出産した初のケース。そもそも市議47人中、女性議員は6人、そのうち子育て世代は1人にすぎない。風当たりは強かった。

「議会事務局に相談しても、“子どもを議場に連れてくるのは難しい”“託児所は作れない”“保育者の確保もできない、公的補助もしない”……、そう言われるばかり。

 子育ては個人の事情だと言われるんです。自分で解決したうえで、みんなと同じように働くことを求められる。少子化対策と言いながら、当事者がいくら声をあげても通らない。大きな壁にぶち当たってしまうんです」

 熊本市では、保育園の待機児童はゼロと言われているが、希望する保育園に入れない「保留児童」が403人いて、あきらめた場合は保留児童にすらカウントされない。仕事をしたくてもできない母親たちの悲痛な声は多数ある。

緒方夕佳熊本市議

 当事者の声を聞いてもらうためには、前例をつくるしか手段がない。そう考えた緒方市議は、乳児連れで議場に姿を現した。男性議員に囲まれた緒方市議の姿は世界中に発信され、熊本市議会は国内外から批判を受けた。その結果、風当たりは一層強くなっていったという。

 前述した「のどあめ事件」は、そんななかで起きた。

「議員の発言権を奪うことは、市民の権利を奪うこと。せきをすれば“出て行け”と言い、のどあめを口に含めば“出席停止”にする議会に、驚きを隠せませんでした」

「女性活躍」は労働力不足を補うため?

 男女格差の度合いを示す指標に『ジェンダーギャップ指数』がある。日本は144か国中、114位。なかでも政治分野での格差が大きい。例えば、女性議員の割合は世界平均の23・4%に比べて、日本の場合、衆院で10・1%と少ない。

 特に地方議会では悲惨といえる状況で、女性議員が1人もいない市町村議会が全体の2割にのぼっている。

政府のいう“女性活躍”とは結局、労働力不足を補う意味でしかなかったのではないでしょうか。この間、政策決定の場に女性が増えることはなく、非正規雇用の女性ばかりが増えました。

 今年5月には女性議員を増やそうとする法律もできましたが、あくまで努力義務。本気で取り組んでいるようには思えません。女性議員を増やす努力すらしていない政党も見受けられるほどです」

 暮らしと政治は密接な関係にある。地方議会ではなおさら、と緒方市議は言う。

「女性議員を増やさなければ政治に女性の声が生かされなくなります。子どもたちにも影響がおよぶでしょう。なぜなら、子どもの声をよりよく代弁できるのは、子育てを担っている母親なのだから」


《PROFILE》
緒方夕佳熊本市議 ◎1975年生まれ。東京外国語大学を卒業後、米大学院留学を経て国連などで働く。2015年、熊本市議会議員選挙で初当選。家族は夫と子ども2人